『週刊少年ジャンプ』で1976年から2016年まで連載した長寿マンガ『こちら葛飾区亀有公園前派出所』。

単行本は200巻まで発売されており、「最も発行巻数が多い単一漫画シリーズ」として「ギネス世界記録(TM)」に認定されました。

作者である秋本治先生は、40年間一度も休載せずに連載を続け、現在も新作の執筆にいそしんでいます。

いったいどうやって40年間も週刊連載を続けられたのか?

秋本先生が執筆した著書「秋本治の仕事術 『こち亀』作者が40年間休まず週刊連載を続けられた理由」に、その答えが書いてあります。

新R25では「アイデアを出しつづける発想術」「連載を続けられた時間術」の2つを抜粋してお届けします。


変化を恐れない『こち亀』も変化したからこれだけ長く続いた

連載が長く続くうちに、初期のハードボイルド風味のギャグマンガテイストのままでは先が見えてこなくなってきました。

そんなとき、担当編集者から思わぬ提案がありました。

下町をテーマに描くのがいいのではないかというのです。

僕は東京の下町生まれですので、ただ身近だったという理由で『こち亀』の舞台も下町に設定していましたが、それまで下町のこと自体をテーマに描くなんていう頭はなかったのです。

「そんな、自分の近所の話でいいんですか?」と半信半疑でした。でも、一度ベーゴマのことや浅草の話などを描いてみたら、読者の子どもたちから意外な好反応がありました。

僕にとってはあまりにも当たり前だった下町の日常が、当時の現代っ子には珍しいものとして映ったのでしょう。

下町の話だったら、ネタは腐るほどありましたから、『こち亀』は下町路線へと大きく舵を切ったのです。

それ以降も、『こち亀』は最初に設定した路線にこだわらず、そのときどきに僕の好きだったもの、たとえばミリタリーやゲーム、デジタル機器などをテーマとして取り入れ、少しずつ内容を変化させていきました。

もし僕が、『こち亀』はハードボイルド風味のギャグマンガだという初期設定にこだわり、頑に内容を変化させなかったとしたら、ここまで続くことには決してならなかったでしょう。

変化を恐れないこと、これはマンガ以外の仕事にもいえるのではないかと思います。


どんどん変化する世の中に興味を持ち、新しいことに臆せず首を突っ込んでいく

世の中はどんどん変化していますから、新しいことに対する興味は尽きることがありません。

100巻目あたりから、『こち亀』の中にもどんどん新しいものを落とし込むようになりました。デジタル機器などを、マンガの中で描くようになったのです。

それまでの『こち亀』は、身近な出来事や下町の日常生活を描くようなマンガでした。

個人的にはその前からハイテクものに興味があったのですが、マンガに描いてしまうと、後で読んだときに古くさく感じてしまうかもしれないと思ったので、意識的に避けていたのです。

ちょうど電子手帳が発売されたころでした。その電子手帳も、手書き入力やタッチパネルで動くようになったり、データ交換ができるようになったりと、短期間で劇的に進化していきました。

それは大変な衝撃で、やはり歴史の一幕としてマンガに描いて残さなければいけないと思うようになりました。

当時、電子手帳はザウルスが人気。またポケベルが全盛期で、携帯電話やピッチ(PHS)を使う人も出てきました。

たまごっちのようなハイテクおもちゃも次々に発売され、ゲームセンターではプリクラが大人気。

わずか数年の間に、堰を切ったように世の中がデジタル化していると感じたものです。時代は大きく変わろうとしていました。新しいもの好きとしては、ずっと興奮状態です。

マンガの中でそうしたことを紹介すると、大きな反響がありました。

『こち亀』の両さんというフィルターを通して、読者の子どもたちに世の中の変化を伝えられたことは、それなりに意義があったと思っています。


自発的な興味と遊び心こそが仕事の出発点であり原動力である

新しい体験をすると、すぐにマンガのネタにならないかと考えます。

もしなりそうだと思ったら、どんなストーリーにしようか、どんな風に見せたら効果的かと考えはじめ、とてもワクワクしてきます。

新しい体験=勉強だという感覚はいっさいありません。ただ自分が楽しんでいるだけ。その楽しさを、自分だけではもったいないからみんなに伝える手段が、僕にとってはマンガなのです。

本や雑誌を読んだり、テレビを観たり、ラジオを聴いたりしていて新しいものを発見すると、「ふーん、いま、こんなのがあるのか」。

その次に考えるのは「じゃあ、みんなにどうやって見せようかな」ということ。とにかく人に見せたい、発表したいという欲求が、僕は人一倍強いのかもしれません。

たとえば、ボーカロイドの存在を初めて知ったときもすごく興奮しました。そして「これは日本のすごい発明だから、すぐみんなに見せたいなぁ」と思い、『こち亀』のストーリーが頭の中にわいてきました。

自分が楽しいと思ったら描かずにはいられない。これが自分の性格です。だから逆に、人から提案されたネタは描きにくいものです。

もちろん、すぐに興味が持てるようなものだったらいいのですが、なかなか楽しいと思えないようなことだとマンガのアイデアが出てきません。

自発的な興味と遊び心こそが、出発点であり原動力である。

これはマンガ以外の仕事でも同じなのではないかと思います。


発想術 崗し寝かせるといい結果につながる」

楽しく取材をすると、たくさんのことを聞きすぎてしまい、終わってから改めて考えると「えーっ、こんなにいっぱい入らないな」と悩んでしまうことがあります。

『こち亀』という週刊連載を持っていたころは、取材で得た内容を少しのあいだ寝かせ、別の回で活かすこともありました。

仕事で大変な荷物をたくさん背負いこんでしまった場合、この“少し寝かせる”という行為も大事なのです。

『こち亀』の中でも特に高い評価をいただいた、「希望の煙突」の回がまさにそのパターンでした。

実際におばけ煙突の中で働いていた人を取材したのですが、たくさん聞きすぎてしまった上に、写真などの資料も膨大になってしまいました。

帰ってから考えてみると、情報が多すぎてとても処理しきれないと感じたので、そのまま何もせずに半年以上も放置しました。

冷静になってみると、徐々に頭の整理がついてきました。あの話は両さんではなく、紅月灯という女の子がメインになります。そして現在ではなく、両さんの子ども時代という設定になりました。

これらのアイデアは、半年寝かせて冷静になれたからこそ出てきたと思っています。

もしも取材直後に描いていたら、膨大な情報に翻弄され、下手したら「マンガでわかるおばけ煙突の歴史」のようなドキュメントで片付けたと思うのです。

これは、様々な仕事の人に応用してもらえることではないかと思います。
 
何かをたくさん背負いこんだときは気持ちも昂ぶっているので、無理に処理してもあまりいい結果につながらないことが多いものです。

そんなときは、とにかく一旦荷物を降ろし、しばらく横に置いておくことです。

「後で片付ければいいや」というズボラさも、少しは持っていた方が生きやすいのではないかと思います。

会社で上司にいわれたことを、全部本気でやっていたら、きっとおかしくなっちゃいます。

少し寝かせれば、よりいい結果につながるはずですよ。


発想術◆峽擇笋に切り替える」

マンガのアイデアはどうやって出てくるのか、という質問を受けることがよくあります。

僕の場合、最初の作業はテーマ決めです。『こち亀』を例にすると、社会的なものにするか、流行りものにするか、あるいは身近な商店街ものにするか、人物寄りのものにするかなどなど…。

テーマの種類は多岐にわたりますが、最近描いたものとのバランスや季節感などを考え、担当編集者と打ち合わせをしてテーマを絞り込みます。

テーマが決まったら、次の作業はネームです。

ネームというのはマンガの専門用語で、コマ割りやコマの中の構図、キャラクターの配置、セリフなどをラフに描いた、絵コンテのようなものです。

ネームを描くための白い紙を前にすると、自然といろいろなアイデアが浮かぶので、それを描いていくだけです。

シンプルな作業のようですけど、いくらテーマが決まっていても頭の中がゼロだと、白い紙の前でウンウン唸ることになります。

僕はそのテーマに関する情報を十分に頭の中に入れてからはじめるので、それほど悩むことなく、ネームを描き進めることができます。

白い紙に向かってもどうしても面白いアイデアが出ないときは、悩む前にすっぱりと諦めます。

悩むのは時間の無駄、アイデアが出ないときはいくら時間をかけてもダメなことを知っているので、粘らずに切り替えるようにしています。

このとき、最初に決めたテーマ自体を変えて、全然違うものにしてしまうこともあります。
 
何事も結果オーライ。マンガの場合は面白いものさえ描ければいいのです。

最初に決めたことに変にこだわり、無理やりまとめようとすると、よい結果につながらないのではないかと思います。


年齢を重ねることは何の問題でもない知識も発想力も洗練されたものになる

年齢を重ねることを悲しいと思う人もいるかもしれませんが、僕にとっては何も問題ではありません。

なぜなら、若いころは若いなりの発想、中年になると中年なりの発想ができるからです。

発想力においてももちろん、若者の方が瞬発力に優れています。でも歳をとった人は、積み重ねてきた経験に裏打ちされた深い発想ができるはずなのです。

絵や文章に関しては、歳をとってきてからの方が洗練されたものをつくれるという感触もあります。

たとえば、車が好きな僕も20代のころはあまりよく知らずに、いい加減なことを色々と描き散らしていました。

「ターボは速い」という漠然とした知識をもとに、勢いだけで描いていたような感じなのです。でもいまの僕はよりリアルに、ターボエンジンの技術を描くことができます。
 
銃の描写も若いころは、無闇に「バン! バン!」というものでしたが、いまはより詳しく正確に、銃の性能についての解説だって入れることができます。

オートバイに乗れなかったころに描いたものは、いま考えると乗り方も壊れ方もまったくおかしなものでした。ハーレーについても「これは、300万円もするものよ」と値段でしか表現できなかったり。

それを、より正確に深い描写ができるようになったのは、まさに年の功というべきかもしれません。

ただ、ものを知らない若さゆえの瞬発力も、素晴らしいものがあると思います。

僕はポルシェなんて触れたことすらなかったころに、ポルシェを買いに行く人の話を描いたことがあります。そのとき、見たこともなかったポルシェのキーを、想像でめちゃくちゃゴージャスに描いてギャグにしました。

無知を笑いにつなげたのです。

若いなりの発想、中年なりの発想、年寄りなりの発想、それぞれに価値がある。

そう考えればいいのではないかと思っているのです。

40年以上も続けているプロフェッショナルな仕事術がここに

"「なぜ、40年間も週刊連載を休まずに持続できたのか」 これは僕がよく聞かれる質問です。

対する僕の答えは、“目の前にあることをこなし、ひとつひとつ積み重ねること”。月並みかもしれませんが、これしかないのです。"

出典 『秋本治の仕事術』

秋本先生は「はじめに」でこのように書いていますが、実際に本を読んでみると、日々の働き方や仕事のコントロールの仕方など、40年の経験をもとにしたたくさんの学びが詰まっていました。

今の自分の働き方に、少しでも疑問に思っている方はぜひ手に取ってみてください。

巻末には、本書のために描き下ろした特別漫画「両津勘吉の仕事術」も掲載されていますよ!

(C)秋本治・アトリエびーだま/集英社