出光興産の公式サイトより

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29日、出光興産傘下の出光タンカーの原油タンカーがホルムズ海峡を通過したことが報じられた。同日、駐日イラン大使館が公式X(旧Twitter)で1953年の「日章丸事件」について言及し、話題になっている。

イラン情勢により2月から封鎖されていたホルムズ海峡。直接日本に向かう原油タンカーが、ペルシャ湾を出たのはこれがはじめてとなる。

高市早苗首相も同日、公式Xでこのことを報告。「我が国としては、残りの日本関係船舶を含め、全ての国の船舶がホルムズ海峡を自由で安全に通過できるよう、引き続きイラン側に働きかけてまいります」とつづった。

一方、駐日イラン大使館は同日にXで、「出光興産が所有する日章丸の1953年の歴史的な任務--イラン産石油を日本へ輸送したこと--は、両国間の長年にわたる友情の証として残っています。この遺産は今なお大きな意義を有しています」と、「日章丸事件」と呼ばれている出来事に言及。

1953年の「日章丸事件」は、当時国際紛争の渦中で石油を売ることのできなくなったイランに対し、出光興産の創業者である出光佐三氏がイランと直接買い付けを行ったというもの。

出光の「日章丸三世」はイランに対し経済封鎖を行っていたイギリスの海軍の監視網をかいくぐって石油を積んで帰国したものの、イギリス側は「石油の所有権はイギリスにある」として東京地裁に仮処分を申し立てたが、裁判所はイギリスの申し立てを却下した。

なお、百田尚樹著の「海賊とよばれた男」(講談社)にはこの事件をモデルに描かれた箇所がある。

ポストには、「令和の日章丸が運んできたのは、原油以上に重い日本人の誇りだったんじゃないですかね」「感動的ですね」「出光佐三さんは偉かった!そしてイランありがとう!」という声が集まっている一方、イラン革命前の出来事と結びつけることに対する「都合よく当時の何を誇らしげに言ってるんだ」「それ革命前の話だろ」という指摘も寄せられていた。