テレビの音量を巡って家族とトラブルになる例も…(kaka / PIXTA)

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「テレビの音大きくない?」

在宅介護の現場では、そんな何気ないご家族のやりとりから“聞こえ”の問題に気づくことが少なくありません。耳が遠くなり、会話の輪から少しずつ離れ、気づけば人とのやり取りそのものが減ってしまう――。現場のヘルパーとして、このような静かな孤立を目にすることもあります。

近年では、いくつかの自治体で高齢者を対象に補聴器購入の助成制度が導入されつつありますが、自治体ごとの補助金額の差や高額な補聴器の紛失など、現場にはまだまだ課題が山積しています。今回は、在宅介護の現場で見えてきた「難聴と補聴器」の課題を、ひとつの事例を通して考えてみたいと思います。(介護ヘルパー・藤原るか)

国民の10~11%が「難聴」自覚

介護保険の要介護認定調査には「聞こえ」に関する調査項目がありますが、その判定基準は、

①普通に聞こえる
②耳元でやっと聞こえる程度
③大きい声ならなんとか聞こえる程度
④ほとんど聞こえない
⑤判断不能

の5段階に分かれるだけです。

たとえば、コミュニケーションがとりにくいほど進行した認知症状の場合、調査時に本人の生活実態をよく知る家族や職員の立ち会いがないと、正確な「聞こえ」の判断が難しいこともあるでしょう。

また、調査で難聴が見つかっても、その後の対応は、本人や家族任せというのが現状です。

一方で、要介護3以上で入居可能な特別養護老人ホームなどでは入居者の多くに難聴が見られますし、統計的にも国民の10~11%が難聴を自覚するという身近な問題です。若い世代でもヘッドホンなどによる聴力低下が懸念されています。

私はこれまで17か国の介護現場を訪ねて聞き取りをしてきましたが、北欧などでは、聴力や視力を「その人の生活を支える力」として、デイサービスなどで定期的にチェックし、支援するシステムがありました。こうした「聞こえ」や「見え方」のケアを生活の一部として扱う姿勢は、日本がまだ追いついていないと感じます。

介護現場“補聴器あるある”

要介護3の米良さん(仮名・87歳)は、自宅で息子さんと暮らしています。「耳が遠い」と自覚されており、確かにテレビの音量はかなりの大きさです。

このテレビの音量をめぐって「おやじ!音がうるさい!」と親子げんかになり、ヘルパーが仲裁に入る事もありました。

この親子げんかは結局、手元に置くタイプのスピーカーを導入したことで少しの間は落ち着いていたのですが、米良さんの聴力は普段の会話を聞き取る事が出来ないレベルにまで落ちてきています。

そこで耳鼻科の診断を受け、補聴器を購入する事になりました。耳の形に合うようオーダーメイドで作ったので、片耳36万円もしたそうです。われわれヘルパーも、息子さんから「デイサービスの送迎時に、(紛失していないか)必ず確認してください」とお願いされました。

起床時には息子さんが確認して耳に入れますから、ヘルパーは顔を洗ったり、着替えたりしている最中などに、米良さんの後をそれとなくついて回っては両耳に補聴器が入っているか…と目視して、お迎えにきたデイサービスの職員さんに「両耳入っています」と伝えて送り出す、緊張の毎日となったわけです。

デイサービスからの帰宅時も、送迎のワゴン車から降りてくる米良さんの両耳を、デイサービスの職員と一緒に確認します。

若い頃は飛行機の設計をしていたという米良さんは慎重で生真面目な方で、いつもなら手順通り収納BOXに戻すことが出来ますが、認知症状が出てしまうとそうはいきません。

ある日、補聴器が見当たらず大騒ぎになりました。あちこち探して、最終的には家のトイレットペーパーの棚の上にちょこんと乗っていました。なにしろ片耳36万円の補聴器です。見つけた時はついつい大きな声で「見つかりました!」と叫んでいました。

ティッシュに包んでゴミ箱へ、ズボンのポケットに入れたまま洗濯機へ――。介護の現場では補聴器紛失は“あるある”です。

紛失用の保険に入っている方もいますが、高額品だけに、ヘルパーにとってもご家族にとっても毎日緊張が伴います。今朝も米良さんの歩行器の上には「補聴器は外さない事!」と大きなメモが置かれていました。

「聞こえる環境」は人権

最近の研究では、聴力の低下が認知症やうつ、社会的孤立のリスクを高める可能性が指摘されています。

実際に現場で介護をしていると、ご家族との間でも聴力の低下によって、会話がうまくかみ合わなくなると「言ってもしょうがない」「どうせ聞こえない」「何度も聞きなおして悪いから」と互いに関わり(コミュニケーション)を諦めてしまう傾向が見られます。

お互いにはっきり、ゆっくり伝え合える“余裕”のある環境こそが、その人の暮らしの質を支える基盤だと思うのですが…。分刻みの現状は逆行、国・自治体への働きかけをしています。

国・自治体でも、身体障害者手帳や障害者総合支援法の枠組みと高齢者施策によって、補聴器購入への補助金が少しずつ整備されてきています。

たとえば「障害者総合支援法」に基づく補装具費支給制度で、聴覚障害(両側の聴力が70デシベル以上)と認定された方に対して、補聴器の購入費負担の9割を公費で負担しています。しかし一部の自治体では、片耳の難聴の場合、助成の対象外となることもあるようです。

一方、より対象者の多い高齢者施策については、自治体によって助成金の上限額に大きな差があります。たとえば東京都内では、千代田区(14万4900円)、港区(14万4900円)などが比較的高い助成額を設定しており、北区(7万円)や文京区(7万2450円)、他の自治体ではそれより低めの2万~5万円の額となっています。

年々助成額を上げている自治体もありますが、AIの最先端技術を駆使した高級品は片耳だけで100万円近くするものもあります。そこまでの高級品でなくとも、助成金ではとても賄えません。

安価なものもありますが、まだまだ使用感が悪く「いろいろな音を拾ってしまって、雑音を聞いているようだ!」と利用者からの評判が悪いのが実情です。また、前述したように認知症状のある人にとっては紛失リスクも高く、コストや扱いの課題が残されています。

「聞こえ」のケアは、単なる福祉や医療の問題ではなく、人が社会とつながる権利を支えるものです。難聴で引きこもりやうつにつながるケースもある中、「聞こえる環境」は、介護の現場においてはインフラでもあり、人としての尊厳を守る取り組みでもある――その視点を、もっと社会に根付かせていく必要があると思います。

■藤原るか
訪問介護事業所のヘルパー。学生時代に障害児の水泳指導ボランティアに参加したことから福祉の仕事に興味を持ち、区役所の福祉事務所でヘルパーとして勤務。介護保険スタートにあわせて退職し、以来訪問ヘルパーとして20年以上活動している。「共に介護を学び合い・励まし合いネットワーク」主宰。