「このままでは法の正義に反する」勝率数%の「公共訴訟」で相次ぎ勝訴、小川隆太郎弁護士のまなざし
原告が勝つ確率は数パーセントという「公共訴訟」(個人の被害救済にとどまらない、制度変革などを求めて自治体や国などを相手に提起する裁判)の世界で、2025年、3件の勝訴判決を得た弁護士がいる。小川隆太郎さんだ。
警察署での戒具使用が原因で取調べ中に死亡した事件に関する訴訟や、赤ちゃんの取り違え(出自を知る権利)訴訟など、いずれも自治体や国を相手にした難事件に、国際人権法を“武器”として挑んできた。
国際人権NGOの事務局長をつとめつつ、目の前の依頼者の救済にも奔走する小川さんの原動力はどこにあるのだろうか。(取材・文/塚田恭子)
●目の前の人を助けながら「公共問題」に関わりたい
小川さんが人権問題に関心を持ったのは、高校時代に起きた9.11同時多発テロがきっかけだった。
「あの事件を機に、国際ニュースを意識して見るようになりました。今で言えばベネズエラへの攻撃もそうですが、アフガニスタン侵攻やイラク戦争など、その後の戦争で犠牲になる人の多くは一般市民です。
国際的な犯罪や人権侵害は、法の支配のもとで裁かれるべきではないか。そう考えていたときに国際刑事裁判所が設立され(2002年)、『これは一つの答えになるかもしれない』と思い、国際公務員を目指して法学部に進みました」
だが、大学入学後、バックパッカーとしてインドを旅した経験が、職業観に変化をもたらした。
「カルカッタの路上で物乞いをするストリートチルドレンや、物乞いのために手足を失った高齢者を目の当たりにし、日本では想像できないほどの貧富の差に衝撃を受けて。目の前で苦しんでいる人を、直接助けられないかと考えるようになったんです」
●進路を決めた「両立」への模索
友人がストーカー被害に遭った際、十分に力になれなかったことも、弁護士という職業を意識する契機になった。
国際公務員として大きな枠組みで人権問題に取り組むことと、目の前の人を助けること──。そのどちらかではなく、両立できないか。自分が何をしたいか整理するため、オーストラリア国立大学へ1年間留学。
その後、NGOで人権問題に取り組む伊藤和子弁護士の存在を知り、「この道なら両立できる」と、弁護士を志す決意を固めた。
●渡邉彰悟弁護士との出会い
帰国後は早稲田大学法科大学院に進学。ローレビュー雑誌編集や留学生との交流など活動の幅を広げる中で、最も大きかったのが、難民問題の第一人者、渡邉彰悟弁護士との出会いだったという。
「早稲田を選んだのは、他校にはない外国人法クリニックの授業があったからです。実務家教員だった渡邉先生と一緒に事件を担当させてもらい、難民事件に取り組みたいと思うようになりました」
在学時、難民申請中のコンゴ出身者と出会った経験も、その思いを後押しした。
「難民が国外に逃れざるを得ないのは、その国に深刻な人権問題があるからです。難民事件を担当しながら、ビルマの人権状況改善にも取り組む渡邉先生の姿は、弁護士として一つの理想像でした」
●国内法では難しい問題に「国際的」にアプローチする
司法試験合格後は、東京共同法律事務所に入所した。
「外からは“労働問題に強い事務所”という印象を持たれがちですが、国内の人権問題を議論していても国際人権条約の話題が出るくらい、実は国際派の事務所です」
これまで日本の裁判所は、国際人権法の主張を積極的に採用してこなかった。そのため、実務で役に立たないと考える弁護士は少なくなかった。
だが、小川さんは、国内法だけでは解決が難しい問題こそ、国際的な視点が必要だと語る。
「東京共同では、原発事故、監獄や入管収容、基地問題、霊感商法など、人権に関わる難しい案件を多く受任しています。国際人権条約を使うのは、国内法だけでは突破できない壁を越えるためです」
●裁判官を動かすのは“法の正義の感覚”
2025年4月に勝訴した「出自を知る権利」訴訟でも、事務所の先輩である海渡雄一弁護士とともに、子どもの権利条約や自由権規約への違反を主張。東京都には産みの親を調査する義務があるとする判断を引き出した。
「人権侵害の実態を理解してもらうため、欧州人権裁判所の事例を紹介しながら、『他国ではこうして救済している』と訴えました。判決文には、私自身も驚きました。おそらく裁判官にも、救済の必要性が伝わったのだと思います。
救済の道筋を示すうえで、法的な理論は不可欠です。ただ、よい判決を得た訴訟はいずれも論理に加え、裁判官に『この人を救済しないのは法の正義(リーガルマインド)に反する』と感じてもらえたからだと思っています」
●国際人権基準と国内実務のギャップを埋めたい
手間も時間もかかる国家賠償訴訟に関わるのは、事務所の方針でもある。
「東京共同は、いわば“駆け込み寺”なんです。『出自を知る権利』訴訟の原告も、何人もの弁護士に断られ、最後に私たちのところへ来たという経緯でした」
他では難しいと言われる案件を引き受けるのは、「これはおかしい」と感じる自身のリーガルマインドによるところが大きい。
「入管収容の恣意的拘禁や人質司法について、日本は国連から何度も勧告を受けていますが、状況はほとんど変わっていません。
無実を訴えるほど身体拘束が長引き、自白を強要される刑事司法は、“中世のようだ”と言われています。
国際人権基準と国内実務、判例のあいだには乖離があるので、そのギャップを埋めていきたいですね」
小川さんは、東京五輪汚職事件で逮捕・長期勾留された出版大手元会長、角川歴彦氏が提起した「人質司法は違憲だ」訴訟の弁護団メンバーでもある。
「この訴訟では、憲法と国際人権法を前面に出しています。入管収容と同じように、恣意的拘禁の違法性を指摘していますが、人質司法に真正面から国際人権法で挑む訴訟は、これまであまり例がなかったかもしれません」
●若手弁護士に人権問題に関わってもらうために
多くの公共訴訟を手がけながら、国際NGOの事務局長もつとめる小川さんだが、仕事の配分は特に意識していないという。
「NGOでは組織の維持や運営をフォローしつつ、最近は『ビジネスと人権』の分野に力を入れています。企業のほうが国よりも反応が早く、人権意識は高まっていると感じます」
2026年度からは、渡邉弁護士の後任として早稲田大学法科大学院で外国人法クリニックの講義を担当する。
「まだ早いのではないか、と思いつつ引き受けたのは、人権分野に関わる若手弁護士が減っているからです。今、弁護士は忙しさから余裕がなくなっています。学生のうちから関わることで、“忙しくても、一定の時間は人権活動に当てるもの”と、そんな意識を持ってもらえることを期待しています」
人質司法、格差、戦争、気候変動──。子ども世代の未来を考え、問題を先送りせず、少しでも改善したいという思いが原動力だという。
「大学時代はNGOで活動しながら法律を学び、弁護士になってからは勉強が実務に変わりましたが、やっていることはあまり変わっていないんです。振り返ると、いろいろなことがつながっていますね」
【プロフィール】おがわ・りゅうたろう/1984年東京生まれ。早稲田大学法学部、早稲田大学法科大学院卒業。2013年弁護士登録。東京共同法律事務所に在籍。認定NPO法人ヒューマンライツ・ナウ事務局長、日本弁護士連合会国際人権条約WG自由権規約PT事務局次長、全国難民弁護団連絡会議世話人、国際人権法学会理事などをつとめる。
