20年近く経っても変わらない…なぜ日本は「調書依存の裁判」から抜け出せないのか

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約1分の勾留質問で164日間勾留、検事の作文で作られる供述調書、証拠改竄や捏造……。

おどろきの刑事司法 “犯罪者”の作り方』(村木厚子 著)では、冤罪に巻き込まれた著者がみた驚愕の刑事司法の実態が明かされています。

本記事では、〈「日本では絶対に裁判を受けたくない」…外国人が驚く、日本の刑事裁判における「有罪ハードル」の低さ〉に引き続き、高い有罪率を生み出すシステムの歪みについて詳しく見ていきます。

(※本記事は村木厚子『おどろきの刑事司法』より抜粋・編集したものです)

抜け出せていない「精密司法・調書裁判」

2009(平成21)年に裁判員裁判が始まった時、「精密司法・調書裁判から、核心司法・公判中心主義へ」というキャッチフレーズがよく使われました。裁判員制度の導入を機に、「精密司法」や調書依存の裁判からの脱却が期待されていたのです。

「精密司法」の下では、捜査段階で作成された被疑者や参考人の供述調書や、その内容を裏付ける証拠書類が大量に裁判所に提出されます。裁判官はそれらを読み解く作業を中心に心証を形成して判決を下しますが、すでに述べてきたとおり、調書のなかには真実でないこともたくさん書かれています。こうしたやり方は「調書裁判」と呼ばれ、批判の的になっていました。

一方、裁判員として審理に加わる人たちには日々の生活があるので、何10時間もかけて膨大な書証類を全部読むわけにはいきません。被告人や参考人の供述調書を読み比べて整合性をチェックし、心証を形成することなど現実として不可能です。仕事を休んで長期間法廷に来ることもできないので、短期間で集中的な審理をしなければなりません。

市民が裁判員として参加するには、その事件で本当に判断しなければならない「核心」(争点)をあらかじめ整理し、その点について法廷で当事者同士が直接やり合い、その内容を裁判員と裁判官が見聞きし、理解する「公判中心主義」によって、有罪、無罪の判断を出す必要がありました。そして、こうしたシンプルでわかりやすい審理が通常の裁判でも行われるようになれば、「精密司法」や調書依存の弊害を解消できるのではないかと期待されていたのです。

しかし、現実はどうでしょうか。

調書の証拠能力については、従前のルールと変わっていません。

被告人の供述調書で、被告人に不利な事実を認める内容のものは、任意性が否定されない限り証拠能力が認められます。「任意性」とは強制、拷問または脅迫による供述や、不当に長く抑留または拘禁された後の供述ではないという意味ですが、裁判所が「任意性」を否定することは非常に稀です。そのため、被告人の自白調書のほとんどは、証拠能力が認められることになります。

被告人以外の人が検察官の面前で供述した内容を記した調書(検面調書)も、法廷での証言と内容が異なる場合、法廷証言に比べて「前の供述を信用すべき特別の情況(特信性)」があれば、証拠能力が認められます(詳細は次項)。

裁判員裁判になっても、被告人や参考人の供述調書が証拠として使われる可能性がある以上、検察官としては以前のやり方を変えるわけにいかず、相変わらず取調べで細かなことまで聞いています。なぜそんなことをするかというと、『おどろきの刑事司法』第2章でも述べたとおり、細かい事実や発言をちりばめた調書は「迫真性がある」として裁判官が信憑性を高めに評価する傾向があるのに加え、次の項に書くように「特信性がある」と裁判官に認めさせる助けになるからです。

裁判員裁判が始まってやがて20年になろうとしていますが、結局、日本の刑事司法は「精密司法・調書裁判」から抜け出せていないのです。

法廷の言葉より調書を信用する「特信性」

「特信性」とは何でしょうか。刑訴法第321条は原則として法廷での供述に代えて調書を証拠にすることを禁じていますが、被告人以外の検面調書についていうと、次の3つの条件を満たせば、例外的に調書を証拠として採用することが認められています。

「供述が任意になされたこと」

「調書の内容が法廷の供述と相反するか実質的に違うこと(つまり法廷での供述を否定する内容であること)」

「調書の方を信用すべき特別の情況があること」

この3番目の条件が「特信性」と呼ばれています。

「信用すべき特別の情況」とは極めて抽象的ですが、裁判所が「特信性」を認めたケースをいくつか並べると次のようになります。

「調書を作ったのは公判での供述より半年前で、供述者の記憶が比較的新しい時期だから特信性がある」

「被告人と供述者が特殊な関係にある場合──親と子とか、親分・兄貴分と子分とか、恐喝の加害者と被害者とか──には、取調官しかいない取調室での供述に特信性を認める」

「公判での供述に比べ、より自然で整然としているので調書に特信性を認める」

例外的に供述調書の証拠能力を認める条件である「特信性」は、裁判所の裁量で判断されているのが実情で、最高裁は、右にあげた最後の例のように、調書の内容自体から「特信性」を判断することも是認しています。そこで検察官は、「迫真性」「具体性」「他の証拠(もちろん調書を含む)との整合性」などを意識して、「特信性あり」と判断してもらえるように調書を作るのです。そして現実の裁判所の判断は、検察官作成調書に「特信性」を認める方向に大きく傾いています。

それに加えて、供述調書の多くは、被告側の「同意」という例外規定により、証拠として採用されています。無罪を訴える裁判では、弁護人は、検察のストーリーに沿って作られている供述調書の証拠採用に「同意」できないのが当然ですが、被告人が長期間勾留されることを避けるために、やむを得ず「同意」することがよくあります。

検察側は、供述調書に「同意」しなければ、その証人に「口裏合わせ」の働きかけをするおそれがあるとして保釈に頑として反対し、裁判所もそれを認めがちです。すなわち、「人質司法」によって、無罪を訴えている事件においてすら、被告人側はぎりぎりまで供述調書に「同意」することを余儀なくされています。

私の場合も、何人もの関係者の供述調書の証拠採用に「同意」することで、ようやく保釈されました。しかし、関係者がどのような取調べを受けて供述調書にサインしたのか、その内容は本当に記憶に基づくものであったのかは、まったく確認されていません。

このように、本項の冒頭に書いた刑訴法上の「例外」は、実務上はまるで「原則」のようになっています。日本の刑事手続の重心が公判よりも捜査に偏ってしまい、有罪率が驚異的に高くなる原因の一つが、ここにあります。

さらに〈誠実な公務員だったのに突然の逮捕…村木厚子氏が驚き、怒り、絶望した日本刑事司法の「暗部」〉では、村木氏が逮捕された経緯を詳しくみていきます。

●特に言及のない限り、登場人物の所属・肩書、法律や制度の名称・内容は、すべて当時のものである

【つづきを読む】誠実な公務員だったのに突然の逮捕…村木厚子氏が驚き、怒り、絶望した日本刑事司法の「暗部」