「燃やされた中世写本」 [著]ロバート・バートレット 

 人の死後も、その記憶は本のなかに残る。本が失われたとき、記憶は2度目の死を迎える。僕が去年翻訳した小説で、中世末期のビザンツ帝国に暮らす老教師はそう語っていた。
 中世ヨーロッパで作成され、近現代まで保存されてきた写本が、一瞬にして破壊されてしまう。その代表的事例を集めた本書は、失われた写本への真摯(しんし)な挽歌(ばんか)である。
 粘土板からパピルスの巻物、そして羊皮紙の冊子本へと、古代から中世にかけて写本の素材と形態は変化していった。そして、修道院の図書室や個人の蔵書コレクションに保管されていた写本が、その後は近代国家によって設立された公文書館に集約されていく。そうした写本の何世紀にもわたる旅路を、本書は無数の例を挙げながら生き生きと描き出す。
 そこに、破壊の手が伸びる。近代以降、多くの写本が都市中心部に集まったことで、民衆の起、戦争による砲撃や空襲がそこに降りかかれば、一瞬で焼失する危険が生まれた。普仏戦争、アイルランド内戦、第2次世界大戦では、人命だけでなく貴重な写本も犠牲になったのだ。
 古英語の叙事詩『ベーオウルフ』のように、火災を生き延びて今日に残った写本もある。一方で、第2次世界大戦中の空襲によって、1300年頃に羊皮紙で作成された巨大な世界地図「エプストルフの世界図」は大きな損傷を受け、その全貌(ぜんぼう)は古い複製技術によって不鮮明に残っているにすぎない。
 気が遠くなるほどの時間をかけて守られてきても、一瞬で破壊されてしまう。だが、写本の物語はそれで終わりではない。その後、失われた写本をよみがえらせようとする、これまた気が遠くなる努力が開始されることを、本書は繰り返し強調している。写本の旅路は、破壊をもたらす人間の弱さと同時に、破局の後も生き延びようとする人間の粘り強さの両方を物語っている。
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Robert Bartlett 英セント・アンドリュース大名誉教授。専門は中世の植民地主義。著書に『ヨーロッパの形成』など。
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大津祥子