【問題発覚から2年】記者を挑発する斎藤元彦知事が「立花」という名前を絶対に口にしない理由

定例記者会見でかみ合わない質疑応答を続ける斎藤元彦・兵庫県知事。写真は2025年12月3日に筆者撮影
兵庫県を揺るがした斎藤元彦知事に対する告発文書の発覚から3月27日で2年になる。出直し選で再選されたものの、県政の混乱はいまだ収まっていない。第三者委員会が指摘した公益通報者保護法違反や情報漏洩の指示、また逮捕・起訴された立花孝志被告との「二馬力選挙」についても斎藤知事が一切認めず、毎週の知事定例会見は記者との質疑がまともに成立しない。何を聞いても「真摯に受け止める」「個人的な見解として承る」などと繰り返す前代未聞の「反マスコミ」戦略はどこまで続くのか。(文中敬称略)
ジョージ・オーウェルの『1984』化する知事定例会見
「知事に要望します。『よくわからない』との発言で質疑応答を終わらせようとするのではなく、質問の主旨を的確に汲み取り、回答していただくようにお願いします」
3月24日の兵庫県知事定例記者会見は、記者クラブ幹事社による斎藤元彦への申し入れから始まった。前回会見でフリーランス記者の質問に対し、「おっしゃっていることがよくわからない」と回答拒否を繰り返したことを問題視し、わからない質問ではなかった、会見は県民が聞いているのだから誠実に答えてほしいと釘を刺したのである。
申し入れは初めてではない。斎藤が回答拒否や実質何も答えない「テンプレ回答」を連発し、抗議で会見が荒れるたびに行われてきた。私も斎藤が再選された2024年11月以降ほぼ毎回出席してきたが、まともな質疑が成立せず、圧倒的なディスコミュニケーションを痛感する。質疑途中で退出されたこともある。「記者の技量の問題」という声もあるが、それは最低限の対話が成立する場合だろう。
私はかつて橋下徹が大阪市長や大阪府知事だった時代、記者が橋下に「言葉を奪われている」と書いたが、斎藤は「言葉を崩壊させている」と感じる。聞かれたくない、都合の悪い質問には、あらかじめ用意した定型句をひたすら繰り返す。言葉は空洞化し、やり取りは無効化される。いわゆる官僚答弁なのだが、通常のレベルをはるかに超えて、ジョージ・オーウェルの『1984』のような“斎藤式ニュースピーク”になっている。
それはいったいどのようなものか。
〈真摯に受け止め〉ても主張は一切譲らず
県ホームページの記者会見録から斎藤の「頻出フレーズ」を拾い出してみた。期間は再選1年となった昨年11月から今年3月11日まで計17回分。約40万字のテキストから文字列検索とAIによる検索、さらに目視確認を行い、ピックアップした。
「ご指摘は〈真摯に受け止め〉ます」
斎藤の定型句で、おそらく最も知られるこのフレーズは59回あった。同じ意味の〈重く受け止め〉は11回、〈しっかり受け止め〉は9回で、合計79回。会見1回あたり平均4.6回になる。
だが、それで行動や見解が変わることはない。実際には「受け流す・受け入れない」という反対の意味になっている。
最たる例は、自ら設置した第三者委員会から公益通報者保護法違反--告発文書は3号通報(報道機関など外部への公益通報)であり、告発者を探索して文書の作成・配布を理由に懲戒処分したのは違法・無効--だと結論づけられても「真摯に受け止める」と言うのみで、「県の対応は適切だった」との主張を一切譲らないことだ。
文書問題の根幹がここにあるため、多くの記者があらゆる角度から斎藤の主張の根拠を問うているが、まともに答えたためしがない。
本人に「テンプレ連発」の自覚あり
私との質疑では、告発者の処分を撤回しない理由を問うた時、私的行動(YouTube撮影)で公務に遅刻した件を聞いた時、情報発信の偏りや県庁組織の風通しの悪さを指摘した時などに出てきた。
「真摯に受け止めて、具体的に何をどう改めるのか」と何度か聞いたが、「様々な課題について様々なご指摘やご批判があった場合、様々な対応をさせていただく」と空虚な言葉しか返ってこない。
自らの判断や対応の正しさを主張する〈適切〉は211回、これを強調して〈適正・適切・適法〉と2つ以上の語を重ねるフレーズは58回で計269回あった。平均15.8回。だが、なぜ適切と言えるのか根拠は示さず、ただ強弁するのみだ。
本人にテンプレを連発している自覚はあるらしく、「〈繰り返しになって〉申し訳ないんですが」も72回と頻出。同趣旨の〈先ほど来(これまで)申し上げているとおり〉22回、〈先ほど(これまで)お答えした〉16回、〈同じ答えになります〉13回と合わせると計123回で平均7.2回。だが、実際には何も答えていないことがほとんどだ。
「繰り返さないでください」「同じ答えになるのはおかしいのでは」「答えになっていないから何度も聞いています」と、こちらもその都度言うのだが、「ですから、これまで答えさせていただいているとおり」と返ってくるから話にならない。
回答の冒頭を〈ですから〉で始めることも多く、計89回で平均5.2回あった。何度も同じことを聞くな・言わせるなと苛立つニュアンスがあり、いかにも記者が執拗で物分かりが悪い印象を与えるが、実際には前後の文脈とは無関係に口にしている。
この〈ですから〉の使い方に関西テレビの記者が苦言を呈すると、こう答えた。
苦言には〈個人的な見解として承る〉
「ご指摘は〈真摯に受け止め〉たいと思いますけども、私としては、説明を尽くさせる形で、できるだけ説明をさせていただいたということですので、ご指摘については〈真摯に受け止め〉ていきたいと思います」
トートロジー(同語反復)というのか、もはや意味不明である。
斎藤の初当選時から取材するこの関テレ記者は、こうした苦言を再々ぶつけている。記者の質問や指摘を〈個人的な見解として承る〉と矮小化する定型句を批判し、「何でも個人の意見ということにすれば、いくらでも逃げられてしまう」と改善を求めると、斎藤は目を見開いて言い放った。
「〈個人的な見解として承って〉おきます」
明らかな挑発である。ただ答えに窮して自動的にテンプレを口にしているばかりではないことがわかる。
都合の悪い指摘を〈個別の事案・問題〉と矮小化する回答は94回(平均5.5回)、そして〈コメントを差し控える・お答えできない〉は121回(平均7.1回)を数えた。
典型は、今年から施行されたネットの誹謗中傷・差別等防止条例について、私が複数回にわたり質問を重ねた時だ。条例の立法事実を問う趣旨だった。
斎藤がネット条例に初めて言及したのは2023年10月の会見だった。当時、明石市長だった泉房穂(現・参院議員)のツイッター投稿で自身に関する誤情報が拡散され、「大変恐ろしい」と感じたことから条例の検討を表明した。当時の県議会でも泉の実名を挙げ、「身の毛のよだつ思い」をしたと条例の必要性を語っている。
ところが条例案の検討が始まった翌24年、告発文書問題を発端に出直し選に突入。「二馬力選挙」で斎藤を応援した候補者の立花孝志が、まさにネット上で、告発者や県議らに関するデマと誹謗中傷の嵐を巻き起こした。
自死した県議らへの誹謗中傷にはコメントせず一般論に終始
これにより1人の県議が辞職と自死に追い込まれ、立花は逮捕・起訴された。残る2人の県議も名誉毀損の民事訴訟を起こしている。県のネット条例は、県知事選で起きたこの深刻な事案を踏まえているのか、いないのか--そう質問したのである。
だが、斎藤はまったく正面から答えない。立花がまき散らしたデマ・誹謗中傷の投稿や動画は見てない・知らない・コメントしないで押し通し、「誰であってもSNSで人を傷つけてはいけない」と一般論に終始した。
何度問いを重ねても「適切な条例内容」「ご質問の趣旨が分からない」と定型句で逃げ続けた昨年12月3日の会見では、複数の記者から抗議の声が上がった。混乱の中、会見は一方的に打ち切られ、斎藤は不敵な笑みを浮かべ足早に退室していった。

「二馬力選挙」で斎藤知事再選を“後押し”した立花孝志氏は後に逮捕・起訴される(写真:共同通信社)
その後も同じ質問を重ねたが、「私は知事という立場だから〈個別の事案・投稿〉への〈コメントは差し控える〉」と繰り返した。だが、条例制定を指示した当初は、泉の個人名と投稿内容にはっきり言及していた。完全に矛盾していると詰めても、答えにならない答えばかりで、最後には「条例制定の趣旨については〈先ほど来申し上げているとおり〉ですね。〈ご指摘は承ります〉」と、やはりテンプレで終わった。
一連のやり取りを見ていた県幹部の一人は、「立花という名前を絶対に口にしたくない、関わりがあったと言われたくないから、ああいう答えになるんでしょう」と言った。いくら詰めても無駄だという諦めが漂っていた。
神戸新聞が先日報じたところによれば、県職員のエンゲージメント調査で、全64項目のうち「首長に対する信頼」が最も低かった。14年ぶりに起債許可団体に転落する財政悪化とともに、組織の弱みと指摘されている。
まともに答えないという「反マスコミ」戦略
定例会見の日になると、県庁前の歩道橋に県内外から数十人の人たちが集まり、「斎藤辞めろ」「法律守れ」とシュプレヒコールを上げる。抗議活動はもう1年近く続いているが、参加者数も、怒りの勢いも衰える気配はない。3月22日には、神戸市内で斎藤への抗議デモが行われ、主催者によれば800人以上が参加した。

3月22日の抗議デモには800人以上が参加
その参加者に、知事会見をどう見ているのか聞いてみた。
「質疑が成立せず、ひどい対応だと私たちは思いますが、あの状況がどこまで広く知られているのかな、と。斎藤知事に限らず、国会の野党質疑でも答弁にならないやり取りが繰り返され、ああいう対応が許される空気ができていることに危惧を感じます」(30代女性、団体職員)
「的確な質問にもまともに取り合わず、なんやねんと腹立たしいですが、反対の立場(斎藤支持者)から見れば、しょうもないことばかり聞いている、取り合わないのが一番と見えるのでしょうね。こんな会見を見ても仕方がないと、関心を持たせない(斎藤の)戦略のような気がします」(30代男性、学校職員)
彼らが言うように、言葉を崩壊させ、質疑を無効化する斎藤の対応は意図的なものだろう。まともな記者対応をしなくても、自分専用のチャンネルで思い通りに発信できる。そう考えるようになった背景には「SNS選挙」となった兵庫県知事選の成功体験と、その最大要因である「反マスコミ」感情がある。
ここに歯止めをかけない限り、記者会見の深刻な機能不全は続いてゆくだろう。
筆者:松本 創
