「家族の話をすると記憶が消える」「手に熱湯をかけても何も感じない」24歳・虐待サバイバーが語る“PTSDのリアル”<後編>
あくまでも私の主観ですが、危機的な状況に置かれると、無意識に現実を遮断してしまう。だから自分が傷ついていることを認知できないのだと思います。いまだに『つらい』という感情がどういうものなのか、自分でもよくわからないんです」
山本さんは、父の虐待を放置していた母や、家庭内の鬱屈とした空気を自分にぶつけてくる姉の加害性に気づけなかった。そうした過去も、自身の感情に蓋をする要因となったのかもしれない。
解離症状とは、トラウマ体験が強烈すぎるため、心を守るための防衛反応として、意識や記憶、感情などを一時的に分断してしまう状態を指す。代表的な症例としては、記憶を失う「解離性健忘」や、自分の感情や身体感覚が遠のいたように感じる「離人症」、周囲の世界が現実ではないかのように感じられる「現実感喪失」などが挙げられる。
これらは本人の意思や性格によるものではない。逃げ場のない過酷な環境下で、自分を保ち、生き延びるために身につけざるを得なかった「命を守るための反応」なのだろう。
◆暗闇にワープしたような感覚
カウンセリングにより、山本さんは虐待サバイバーだと自覚できた。ただ厄介だったのは、これまで感じてこなかった痛みが、徐々にわかるようになったことだ。虐待を受けてきたと自覚が芽生えたことで、皮肉にもPTSDの症状がよりはっきりと現れるようになる。
特に顕著にみられたのが、フラッシュバックだった。
「フラッシュバックを起こすと、視界が急に暗くなったり、周りの物音が一切聞こえなくなります。喩えるなら、急に真っ暗闇の部屋にワープするような感じでしょうか。いったんその状態に陥ってしまうと、暗闇のなかでひたすら耐えるか、気づいたら自傷行為をしています」
これまでに示した「会食恐怖症」や「過呼吸」、「家族の話をすると記憶が抜け落ちる現象」も、フラッシュバックと併発する場合が多いという。虐待の渦中を抜けてなお、日常生活の随所で過去の記憶が顔を覗かせる。
山本さんを困らせたのは、こうした症状が周囲に理解されづらく、実生活に支障をきたす場面があることだ。
会社での会食はなるべく断らざるを得ない。たまに参加した際は、周りから食べないことを指摘されるも誤魔化す他ない。会議室などで他の社員と密室にいる環境では、急に上司が父と重なり、父の怒鳴り声が思い出されることもあった。
現在は、社内の産業保健師を通じて、一部の上司にPTSDであることをカミングアウトしている。現在はほぼテレワークで、対面で人と関わる局面を減らしつつ、安心して仕事をこなせる環境を整えているが、PTSDの症状がおさまる気配はない。
◆家族とはほぼ絶縁状態
家族のことを思い出さないよう、どうしても必要な場合を除き極力連絡は取らず、母や姉からの着信も拒否している。
「母や姉は『家族なんだから連絡ぐらい取りなさい』と、何とかして連絡を取ろうとしてくるのですが、私は断固として拒否しています。
役所などの手続きなど必要な場合のみ、実家に連絡するのですが、その際はほぼ必ずフラッシュバックを起こすんです。私が一人暮らししている部屋に、母と姉が駆けつける幻覚を見て、気づけば記憶が失われて自傷行為に走っているんです」
治療に取り組みたいと考える一方で、状態によっては「家族等の関わりが必要になるのでは」と不安が付きまとい、通院に踏み出せない日々が続くという。
山本さんは関わりを断ちたいと考えているが、家族は接触を図ろうとする。加害者である家族が、被害者である山本さんの心情を汲み取れていないことで、余計に傷を深めているようにも映る。
ただ、こうしたもどかしさは、山本さんのケースに限った話ではない。言わずもがな、多くの虐待は家族間や夫婦間など近しい関係で起こるからこそ、虐待サバイバーが抱える感情は複雑になり、傷も根深く残り続けていくのかもしれない。
<取材・文/佐藤隼秀>

