かつての師である関塚隆氏を囲んでの一枚。吉原(写真後列左から2番目)と井川(写真後列左から3番目)の姿も。

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 2023年の冬。懐かしの面々が顔を揃えていた。中心にはかつての師・関塚隆の姿があった。

「セキさんを囲む会が事の発端なんですよ。それこそ新宿で、ケンゴ(中村憲剛)、(寺田)周平くん、森勇介、(伊藤)宏樹、そしてイガちゃん(井川祐輔)らと集まって。それで来年(2026年)、フロンターレは30周年を迎えるなかで、そろそろOBも増えてきたねという話をしていたんです。

 ただ一方で、庄子(春男/元GM)さん、天野(春果/元プロモーション部)さんら長年クラブを支えた方々が徐々にチームからいなくなっている。特に俺らをつないでくれる存在として、長年、広報を務めたクマさん(熊谷直人)がいなくなった影響も大きかった。

 未来に向けて変わっていく、変えていくことも大事だけど、積み上げてきたモノを受け継ぐことも大切。その意味でOBはクラブの歴史を象徴する存在で、フロンターレがフロンターレらしくあるために、何かできることがないかと、みんなで話したのがこのOB会のスタートでした。そこで『イガちゃんまとめ役をやってくれ。俺がサポートするから』と。そういう流れだったよね?」

 隣の席の井川に向かって話しかけるのは、かつて川崎のゴールマウスを守ってみせた吉原慎也である。

「ケンゴ、いつか監督やるだろう? じゃあケンゴが監督になるまでに軌道に乗せようぜ」

 そんな冗談を言いながら“セキさんを囲む会”が、OB会結束への決起集会となったことを吉原は明かす。

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 実際に2024年5月15日には正式にOBによる「FOB会」(KAWASAKI Frontale OB会/通称:フォブ会)が発足。Jリーグが開幕して30年以上が経ち、各クラブでOB会がすでに組まれていたなか、川崎でも遅ればせながら会が立ち上がったのである。

 件の経緯通り、かつて最終ラインを預かった井川祐輔が副会長を務め(会長は中西哲生)、吉原は伊藤宏樹、中村憲剛とともに理事に名を連ね、実務の多くを今はサッカー界から離れた分野で活躍する井川と吉原が中心となって担うことになった。

 吉原は建物の改修工事などを行なう会社の代表取締役、井川は不動者会社の社員として日々、多忙を極めるが、フロンターレのためにと、そして「僕らはサッカー界から離れ一般社会で揉まれ、いろいろな知識も身に付けてきたので実務的なところもできる。顔として表に出る人には出てもらって役割分担をしながら」(吉原)と、OB会発足へ様々なハードルを越えてきた。井川が振り返る。

「今、ヨシくん(吉原)が話したように、クラブとして様々な変化、新陳代謝が進むなかで、それは悪い事ばかりではないですが、フロンターレらしさが失われるキッカケになるのではないかという懸念もありました。そこで、先ほどのセキさんたちとの食事をキッカケに資料を作り、フロンターレに行かせてもらい、吉田(明宏)社長らにプレゼンをさせてもらい、『ぜひともやってほしい』との返答をいただきました。

 そこからクラブとは月イチで打ち合わせをさせてもらっています。福岡で働くヨシくんは行ったり来たりで大変ですが、規約作りや口座開設など、できることから少しずつ進めようと。イベントをやるにしても誰を呼んで何が必要で…と、分からないことばかり。でも良い勉強になっていますね。

 また、僕はガンバのOB会にも入っていて、木場(昌雄)さんが実務を担当していたので、そのノウハウも学ばせてもらいました。顧問に吉田社長にも入ってもらいながら役職を決めつつ、名簿作りも大変でした。過去に在籍した選手の元になるようなデータはありましたが、どうやって誰に連絡するかなど。今は130人ほど、全員で連絡を共有できるグループも設けました。

 一方で個々によってレスの速さ、遅さも出てしまったり、それこそ期日を守れない人や、一度連絡をした後に、どうやってやるんだっけ?、と、聞いてくる人なども(苦笑)...。今後はみんなにどうやって主体的に参加してもらうのかが課題ですね。

 口座開設だって所在地をどこにするかという点から始まり、会長が現場にいないとダメということで銀行に中西哲生さんに来てもらったりだとか、紆余曲折がありましたね」

 ふたりが試行錯誤しながら前に進むなか、昨年の10月12日に想いがひとつの形となった。Ankerフロンタウン生田で開催したファン交流会だ。500人の観客を呼び、OBたちがエキシビションマッチのように11人制の試合を戦い、オリジナルグッズ購入者に向けたサイン会なども行なった。

「手弁当でやってきたのでかなり大変でしたよ。発案から8か月くらいかかったんですかね。でもサポーターの方々は本当に喜んでくれましたし、OBのみんなも久しぶりに会ってサッカーができると、楽しみにしてくれていた。そういう意味でも大成功だった。武田(信平元社長)名誉顧問はずっとユニホーム姿でアップしてくれていて、吉田社長も出てくれた。いかにもフロンターレらしい内容で、収穫はかなりあったのかなと」

 吉原は笑顔で振り返る。井川も語る。

「最初は1000人を呼ぼうかと考えていましたが、観覧スペースの問題もあり、500人にしたら募集開始からすぐに定員に達してしまって、ありがたかったですね」
 
 かつて応援してきたスターたちが久々にボールを追い、ピッチには笑顔が溢れる。サポーターにとっては貴重な場だったに違いない。会社運営において“人こそ財産”という言葉があるが、それはクラブにとっても同様だろう。スタッフを含め、川崎にはこれまで歴史を紡いできた“人”の力が多くある。それこそ井川も未来を見据える。

「FOB会の伸びしろはこれから引退してくる選手がわんさかいるところにもあると思うんです。それこそ板倉滉くんとか三笘(薫)くんとか、そういう人材がいるのもフロンターレの強みですよね」

 川崎のOB会はまだ始まったばかり。それでも目指すのは、他のクラブでは見ないようなアイデア満載の形である。

(第2回に続く)

■FOB会情報
2024のJリーグの日にあたる2024年5月15日、川崎フロンターレが川崎市民・地域に愛され、親しまれ、誇りとなるクラブになるよう協力すること、川崎フロンターレを川崎市の文化として定着させ、川崎市民・川崎市を笑顔にし、川崎フロンターレと川崎市のさらなる発展に貢献すること、そして、川崎フロンターレの活動支援や、クラブを通じた社会貢献活動やホームタウン活動、チャリティ活動等に寄与することを目的とし、川崎フロンターレ選手OBによって「FOB会」(KAWASAKI Frontale OB会)として発足。

取材・文●本田健介(サッカーダイジェスト編集部)