【村井 真子】上司の指示は無視「やりたい仕事だけやる」26歳の問題社員を「揉めずに辞めさせた」まさかの解決策
労務相談やハラスメント対応を主力業務として扱っている社労士である私が、企業の皆様から受けるご相談は年々多様化しています。近年は採用コストも上がっており、「採用した社員が思っていた人物像と違って困っている」という相談も少なくありません。採用のミスマッチはどの会社にも起こり得ますが、ミスマッチが起ってしまった場合、どのように対応すべきでしょうか。今回は物流会社で採用した人材をめぐるトラブルを例に解説します。
(なお、ご相談事例は個人の特定を防ぐため、複数のエピソードを組み合わせて再構成したものです)
【前編】『「忙しいから無理です」遅刻、仕事放棄、逆ギレ…現場が凍りついた26歳「高スキルSE」が職場で放った衝撃の一言』よりつづく
指導側が整理すべきポイント
では、P社はBさんに対してどのような対応を取れるのでしょうか。実務上取りうる選択肢を整理しておきます。
まず前提として重要なのは、「いきなり解雇」という選択は基本的には取りにくいという点です。特にBさんのように、重大な不正行為があるわけではなく、業務姿勢や協調性に問題があるケースでは、改善機会を与えた経緯が極めて重要になります。
まず最優先で行うべきは、指導を正式なプロセスに乗せることです。P社はすでにBさんに対してOJTや口頭指導を行っていますが、それを「会社としての正式な指導」に引き上げる必要があります。具体的には下記のような対応です。
・何が問題か(遅刻・業務未実施・指示拒否等)を明文化する
・期待される行動を具体的に示す
・改善期限を設定する
・これらの情報を面談・書面で伝え、テキストの記録として残す
ここでのポイントは、Bさんの「性格・態度の問題」として整理するのではなく、雇用されている者として義務を果たさない「業務上の義務違反」に焦点をあてて指導側も問題を整理し伝えていく必要があります。
次に行うべきは、Bさんからの反省文書の提出です。こうした文書は一般的に「顛末書」や「始末書」と呼ばれます。なお、業務指導として提出を求める場合と、懲戒処分の一種として提出を命じる場合とがあり、両者を区別するため、前者を「顛末書」「是正報告書」、後者を「始末書」と呼び分けることもあります。
懲戒処分は、ひとつの事案に対して原則として1度しか科すことができません。そのため、まずは業務指導として反省文書の提出を求め、本人に改善を促したうえで、それでも改善が見られない場合に懲戒処分を検討するという流れが望ましいでしょう。
代表的な懲戒処分は軽いものから「戒告・譴責→減給→出勤停止→降格→諭旨解雇→懲戒解雇」 の6段階あり、軽度の処分から段階的に重い処分を科していくのがポイントです。懲戒処分をおこなうには就業規則上の根拠が必要なため、問題となる言動はその都度規則を見直して更新していくとよいでしょう。
P社がおこなった慎重な対応
P社は、対応の第一歩として、まずBさんの問題行動を具体的にリストアップすることから始めました。「あいつは問題を起こす人間だ」という先入観をもって接してしまうと、問題視できる言動ばかりが目についてしまうからです。
いずれ解雇も検討している状況だからこそ、感情や印象ではなく、事実を丁寧に確認していくことが重要な手順となりました。調査・観察をおこなった結果、以下のような事実が確認されました。
・入社してからの5か月で、5分程度の遅刻が10回ほどみられる。
・業務指示の一部に従わない。具体的には、業務に必要な下準備にかかる工程は「自分の仕事ではない」と拒否することがある。また、上司が業務を依頼しても無視する、「忙しいから無理」と断るといった行動がこの1カ月で2回ほどみられる。
・OJT担当の社員に対し、「教え方が下手だから身に付かないです」「もう勝手にやるのでマニュアルをください」「マニュアルを作るのがあなたの仕事ではないですか」「自分で勉強するのでいいです」といった発言をする。担当社員が教えても無視をしている。
・担当社員から相談を受けた上司の面談はすでに4回に及んでいる。指導を受け入れるのも仕事のひとつであること、ヒアリングやアンケートの設計などの前提調整も業務であることを説明したが、「それはやりたくない」「向いている人も暇な人もいるんだから、そちらがやったほうがいいのではないですか」など反抗的な応答をし、その後も態度に改善は見られない。
Aさんは、Bさんの上司であるシステム部の課長と、その上席者にあたる管理部門長にこの調査結果を共有しました。
そのうえで今後は、単なる口頭注意にとどめず、注意・指導を行った際のBさんの反応についても、課長を通じて部門長とAさんにテキストで共有してもらうことにしました。
また、指導の際には、あくまで「指示された業務に着手していない」という事実に基づいて注意・指導を行うことを徹底。さらに、面談記録をその都度作成し、Bさんが改善に向けて話した内容や、会社側が提示した内容を整理したうえで、改善期限も明確に設定するよう求めました。
こうした記録は、のちに懲戒処分を検討する際、「会社として段階的な指導や改善機会を与えてきた」という経緯を示す重要な資料になるからです。
相談を受けて以降、システム部の課長とBさんは3回にわたって面談をおこないました。その結果、遅刻については改善が見られたものの、不得意な業務については「やります」と返答する一方で実際には着手していなかったり、大幅な遅れが生じたりする状況が続き、根本的な改善には至りませんでした。
八方ふさがりの状況
「どうしましょう。やはり懲戒処分をしないといけないでしょうか」
Aさんは「社内は懲戒処分には及び腰だ」と困った様子でした。P社は過去に懲戒処分を行った事例がなく、Bさんは不得手な業務はおざなりにする一方で、基幹システムの改修自体は非常に積極的に取り組み、成果も出しているため、懲戒処分を科せば退職してしまうのではないかと懸念していたのです。
「当初は解雇も考えていましたが、少なくとも勤怠の部分は改善しましたし、向いているところはとても仕事が早い。部長はその点を非常に買っていて、やめられるのは困ると考えているようです」
「課の皆さんはいかがですか。勤怠の面だけでなく、Bさんは誠実に就労しているとはいいがたく、特にOJTを担当されている社員の方はつらい状況ではないでしょうか」
「実は、Bに指示をしても無視されることが多く、OJT担当者は同期に『辞めたい』と漏らしているそうです。
チームで進める業務である以上、Bのところで仕事が止まれば、周囲の影響も避けられない。そのため、OJT担当者が強めに注意すると、「パワハラではないですか」と反発されるそうで。このままでは、指導担当者が退職あるいは休職に追い込まれてしまうのも時間の問題のように思います」
「異動で様子を見ることはできないでしょうか」
「Bから異動希望はないですし、会社も能力面を踏まえるとSE業務が適していると考えています。辞めたいといっているOJT担当者は、家庭の事情から拠点を変えることができません。もっとも、うちのような規模の会社では、課を変えるといっても狭いフロアに一緒にいるので、異動の効果はほぼないんです」
Aさんの話は、多くの中小企業に共通する悩みです。異動が実質的に機能しない、というのは規模の小さな企業ではよくあります。
ほかの社員が真面目に業務へ取り組んでいるなかで、仕事をしないBさんに対してなんの対応もしなければ、組織として示しがつきません。その一方で、特定の分野では高い能力を発揮するBさんを、簡単に手放したくないという思いも理解できました。
そこで私たちは、案を出し合い、まずはBさんに顛末書の提出を求めました。これには、懲戒処分に掛けるかどうかの判断材料を集めるという意図がありました。Bさんがこれに素直に従い、業務の改善されるならそれは喜ばしいことですし、そうでなければ懲戒処分を科せば良いと考えたのです。
ところが、Bさんは期限を過ぎても顛末書を提出してきませんでした。現場では、「課のメンバーを守るためにも何らかの対応が必要だ」と考える課長と、「Bさんに辞められては困る」という思いを抱く部門長、そしてAさんとの間で、対応方針について何度も話し合いが重ねられました。これに並行して、会社側はBさんの勤務態度について継続的に観察を実施。課長やOJT担当社員に対する態度にも大きな変化が見られませんでした。
最終的にP社は、Bさんに次の2案を提示して選択を委ねることとしました。
・業務を限定し、給与については見直しを行う。ヒアリングや他部署との調整はもともと採用時に課していた業務であり、入社前にも説明済みのものである。その業務を限定的にするため、労使協議のうえ、給与額を含め雇用契約について見直しを行ったうえで、雇用を継続する。
・雇用契約を合意で解消し、現在行っている業務だけを取り出して業務委託契約に切り替える。プロジェクト終了まで額面は現在の給与額よりも上乗せした額を保証する。
労働契約の変更は合意がなければできません。また、会社から一方的に通告するという性質のものでもありません。そのため、本人にも合理的な理由を伝え、選択してもらうようにしたのです。
Bさんは淡々と話を聞いていたものの「1週間ほどで回答を出してほしい」と伝えると動揺が現れたようでしたが、翌日にはAさんに「業務委託契約にしてください」と直接申し出てきたそうです。
「あまりに回答が早かったので心配になりましたが、将来はフリーランスになりたいという考えもあったようです。コミュニケーションが苦手で、入社時は無理をしたようでした。業務に負担を感じていたそうです」
円満解決、とは言えませんが、Aさんは胸をなでおろしていました。
正しさよりも「プロセス」が重要
今回の事例から見えてくるのは、「問題社員への対応」というテーマの難しさと同時に、その本質です。
Bさんは、すべての業務をこなせない社員ではありません。むしろ一部の業務では高い能力を発揮していましたが、組織のなかではそれだけでは不十分です。組織で働く以上、求められるのは「できること」だけではなく、「やるべきことを引き受ける姿勢」だからです。
企業が能力の高い社員を簡単に手放したくないことも理解できます。しかし一方で、Bさんのような存在によってほかの社員が疲弊し、組織全体の生産性が下がってしまうのであれば、その状態を放置することはできません。結果として守るべきは個人ではなく、組織全体であるという視点が必要になります。
今回P社が行った対応は、いきなり結論を出すのではなく、事実を整理し、段階的に対応し、最終的に本人の意思も尊重した形で解決に至ったという点に特徴があります。ここには、企業としての責任ある判断プロセスが表れています。
採用のミスマッチは避けられないものです。しかし、その後の対応によって、組織の健全性は大きく左右されます。問題を見て見ぬふりをするのか、それとも事実に向き合い、必要な対応を積み重ねていくのか。その違いが、結果として企業を守ることにつながります。
企業に求められているのは、正しい判断そのものではなく、「正しいプロセスを踏んだ判断」です。今回の事例は、そのことを改めて示しているように思います。
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