(※写真はイメージです/PIXTA)

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人生100年時代といわれるなか、老後に備えて資産形成を行っている人は多いでしょう。しかし、「貯めること」に執着しすぎると、思わぬ後悔に直面するかもしれません。60歳で資産1億円を築いた男性の事例をもとに、資産形成の際の注意点を見ていきましょう。

定年までに「1億円」を築いた“おひとりさま”会社員

現在無職のタダシさん(仮名・60歳)は、食品メーカーに勤務する会社員でした。年収は約700万円でパートナーはおらず、親から相続した実家で一人暮らしをしています。

徹底した倹約生活を続けてきたタダシさんの総資産は、定年退職金を含めて約1億円にのぼります。退職を機に、投資信託を売却して現金化。振り込まれた入金額と通帳残高の数字を見つめながら、タダシさんは静かに思います。

「ついにここまで来たか……」

もともと、裕福とは言い難い家庭環境で育ったタダシさん。子ども時代に味わった「お金がない不安」が強烈な記憶として残り、社会人になってからは「お金に困らない人生を送ること」を最優先にしてきました。

趣味や交友関係にお金を使うことはほとんどなく、外食も最小限。旅行にも行かず、給与の大半を貯金に回しながら、一部は投資信託などで堅実に運用してきました。

近年の金融市場の上昇も追い風となり、資産は着実に増加、さらに親の相続と退職金によって、1億円の大台に到達したのでした。

1億円の大台に到達して生まれた「思わぬ悩み」

しかし、予想とは裏腹に、1億円の資産を前にタダシさんは安心よりも不安が勝っています。

「ここまで築いた資産を減らすわけにはいかない」

定年後、自由な時間が増えたタダシさんですが、年金受給開始は65歳から。それまでの生活費は、資産を取り崩すしかありません。1億円もあるのですから頭では「問題ない」とわかっていても、残高が減る恐怖になかなか財布の紐を緩める気になれません。

その結果、タダシさんは現役のとき以上に、日々の生活にほとんどお金を使わなくなってしまいました。多くの人が「定年後の夢」として挙げる旅行や趣味はもちろん、食費や光熱費にいたるまで、タダシさんは以前にもまして徹底的に節約するようになったそうです。

「総資産1億円」タダシさんの日常

とはいえ、お金を使わずにできることは限られます。無料でできるスマートフォンのゲームを始めてみたり、動画を見てみたりしますが、時間がありすぎるせいかすぐに飽きてしまいます。

お金も使えない。友達もいない。やりたいこともない……。静まり返った自宅で、タダシさんはふと考えました。

「俺、なんのためにお金を貯めてきたんだろう」

貯めれば貯めるだけ安心できると思っていたのに、心が満たされることはなく、タダシさんは自分でも説明のつかない虚しさに押しつぶされそうになっているといいます。

老後資金は「貯める」と同じくらい「使う」ことも重要

人生100年時代といわれるなか、老後に向けて資産形成に励む人は多いでしょう。しかし、老後資金は貯めるだけでは十分とはいえません。資産形成を行ううえでは、自身の理想のライフプランを見据えて「いくら必要なのか」「なにに使うのか」といった具体的な目標を設定することが重要です。

そのためには、毎月の生活費とは別に、どのような支出が想定されるのかを整理しておく必要があります。考えられる主な項目は下記のとおりです。

・介護費・医療費

・住宅関連費(修繕費や固定資産税など)

・レジャー費

・葬儀関連費

・車の買い替え費用

自身の年金見込み額や現在の資産、想定される老後期間などと照らし合わせて、それぞれいくら必要か考えていきます。

このとき役立つのが、「ライフプランシミュレーション」です。将来を正確に予測することはできませんが、数値で可視化することで、いまのままで足りるのか、あるいは今後いくら貯めるべきかといった過不足を客観的に判断できます。

もし資金が不足すると見込まれる場合は、支出の見直しや収入源の確保を行うなど、改善策を模索します。反対に、現在の資産で十分賄える見込みの場合には、過度に節約する必要はありません。旅行や趣味といった生活に彩りを加える支出を前向きに検討しましょう。

老後資金の確保はもちろん重要ですが、それと同時に、元気なうちにやりたいことを叶えるために健康にお金を使うことも、人生において大きな意味があります。

タダシさんが60歳から始めた“新たな趣味”

「貯めたお金を使えない」と思い悩んだ末、タダシさんはファイナンシャルプランナー(FP)に相談。これまでの悩みを相談したうえでライフプランシミュレーションを行い、年金や生活費、医療費などを見積もってもらいました。

すると、厳しく計算しても最終的に約4,000万円は残るという結果に。

「好きに使ってもこんなに残るんですか? それなら若い頃に、もう少し使っておけばよかった」

試算してもなお後悔するタダシさんに、FPはこう言いました。

「これまで倹約生活を頑張ってこられた成果ですよ。タダシさんはまだ60歳。人生100年と考えると、あと40年もあります。焦らずゆっくりと、やりたいことを探してみてはいかがでしょうか」

後日、タダシさんは一眼レフカメラを購入。散歩に出かけては道端の花や公園にいる虫などを写真に収め、老後の退屈な日々に小さな楽しみが生まれました。

「損したくない、それだけだったんです。でも、いつの間にか『貯めること』自体に執着するようになっていました。後悔は消えませんが、せめてこれからは『使うこと』を意識してみます」

備えるだけではなく、使うことも人生の一部です。タダシさんはいま、以前よりも穏やかな表情で、前向きな日々を送っています。

辻本 剛士
神戸・辻本FP合同会社
代表/CFP