「スズキさん!スズキさん!」日本ではありふれた苗字が、インドでは“絶大な信頼”の代名詞になっているワケ
14億人市場のインドで、年間1,000億円もの利益を上げるスズキ。デリーの街中で車を呼べば「5割以上の確率」でスズキが来る背景には、先人が築いた「信頼」という最強のアドバンテージがあります。本記事は、中川コージ氏の著書『インドビジネスのオモテとウラ 14億人市場の「世界でいちばん面倒くさい国」』(ウェッジ)より一部を抜粋・編集し、インドの自動車産業の状況について解説します。
インドで走り続ける「ニッポン車」
全盛期よりも多少の競争力が落ちたとはいえ、トヨタを筆頭に自動車産業は今日でも日本のお家芸です。今のところ唯一の基幹産業と言えるでしょう。日本はインドの自動車産業にとって最も重要なパートナーの一つでありまして、両国は経済連携協定(EPA)を締結しています。
スズキ、ホンダ、トヨタらがインド市場に積極的に参入し、現地生産を進めています。スズキ(インド内では合弁企業のマルチスズキ)がインドで快進撃を続け、一時はシェア50%を占めるほどに大成功しているという話を聞いたことのある方も多いのではないでしょうか。
遡れば1980年代前半に、スズキがインド国営のマルチ・ウドヨグ社と合弁したことから始まります。
僕がデリーの街中でウーバー配車(スマフォアプリで依頼するタクシーです)を依頼すると、控えめに言っても5割以上の確率でマルチスズキに乗ったドライバーが「ハイSir!」とやってきます。
2024年度マルチスズキの推定年間純利益は約2,460億円(約1,370億ルピー、1ルピー=1.8円で計算)、スズキ本社のマルチスズキ株式保有比率は58.19%です(2023年11月24日に従来の56.48%から株式追加取得)。
スズキ本社がマルチスズキから純粋に配当を得るという仮定に立ったとしても(実際にはそんな単純なことはしませんが)、インド内法人税(軽減税率22〜30%程度)や非居住者配当源泉徴収税率は20%(日印租税条約により10%に軽減?)などを考慮し超簡便に計算すれば、約2,460億円×70%×58.19%×90%=約900億円の配当をスズキは名目上得ることができます。
ただし、この数値は配当性向を考慮していないもので、目一杯配当すれば、という仮定です
スズキ本社に支払われた金額は1,000億円以上
報道によれば、2022年度にマルチスズキが支払った配当総額は約300億ルピー(約540億円)だったとされ、これは当期純利益の約30%ですので、配当性向を調整すれば、計算上約2,460億円×30%×58.19%×90%=約386億円の配当になります。
実際に2022年度は約168億ルピー(約300億円)がスズキ本社に支払われたそうです。配当を日本に移転する場合には配当金不算入で5%課税や越境送金手数料などがかかってきますし、そもそも戦略的重要拠点と見なすインド内で再投資する事業メリットが多分にあるので、単年の配当云々で長期的リターンを計算するのも意味が希薄なわけですが、一つの参考数字として考慮できます。
さらにスズキ本社は、マルチスズキを戦略的な国際市場への部品輸出拠点(トライアングルトレードも含む)として利用したり、マルチスズキへの技術供与で利益を上げたり(例えば、2022年度は約400億ルピー=約720億円のロイヤルティ料)、インド内でのその他事業進出からも売上増加を期待することができます。
そのためスズキ本社は本年度にマルチスズキを通じて少なくとも1,000億円から千数百億円程度の現実的な利益、便益を得ていると考えられます。
スズキ本社(連結)の2025年3月期通期業績が売上収益5兆8251億円、営業利益6,428億円、当期利益(非支配含む)5,297億円・親会社株主に帰属する当期利益4,161億円と発表(2025年5月)されている金額の規模を考慮すれば、そのうちのマルチスズキのスズキ本社に対する貢献度の高さが窺えるでしょう。
インドの自動車産業でも「EVシフト」が鍵
そして、これからはEVシフトの波の乗りこなし術が問われます。今後も安定的に日本の自動車関連企業がインド内でシェアを確保できるかは、EV化社会に対しどれだけ適応できるかということになりそうです。
日本国内ではややもすると、右派を中心に、「EV産業はヨーロッパと中国が仕掛けた非合理的な概念」「宇露戦争でエネルギー安全保障環境が厳しくなった今や、EV社会はオワコンだ」といった風潮がありますが、メガサプライヤー含めすでに世界規模のサプライチェーン全体がEVシフトしている中で、「EVオワコン」説は幻想でしょう。
良かれ悪しかれEV化社会は避けられず、自動車生産企業にとっての勝負は、EVを重視するか否かではなく、社会のEV化「速度」を分析する優劣が反映されるだけに過ぎません。
例えば、10年で世界5割のEV化なのか、25年で世界5割のEV化なのかといったシナリオのどちらに賭けるのか、移行中間フェーズの対応はどんなエンジン、モーターでいくのかが大手企業戦略の選択であって、「EVオワコン」説が選択肢にあるわけではありません。
2024年3月期の連結決算によると、自社製品ラインナップのEVシフトが緩慢だったトヨタの売上高が45兆953億円、営業利益は5兆3,529億円、そして当期利益は4兆9,449億円となり、いずれも過去最高を記録しています。
ただしこれはトヨタがEV化を単純忌避したから叩き出した最高益ではなく、他社に比べてトヨタはHV開発に経営資源を投下しており、同時に宇露戦争などの影響により世界規模でEVシフトが低速化したため、トヨタの生産販売戦略がグローバルな需要にちょうどマッチした結果ということになります。
一方で、EV化にフルスロットルで資源投下したヨーロッパの自動車企業勢は痛手を受けています。
インドが求める社会の変化
インド政府は「電気自動車の迅速な普及と製造促進(FAME)」政策を導入し、2030年までに新車販売に占めるEVの割合を30%に引き上げる目標を掲げ、EVの普及を加速しています。
補助金や税制優遇策が実施され、まだまだ十分とは言えないもののEVの充電インフラ整備も進めていまして、EV生産企業としては、タタモーターズやマヒンドラのようなインド資本企業がEV市場での競争力を高めつつあります。
余談になりますが、インドのクラシックな雰囲気をビンビンに発している車種として有名なヒンドゥスタン・モーターズの「アンバサダー」。
1958年から生産が始まり、残念ながら2014年で生産中止になっておりますが、祖父の代から内燃機関自動車の関連零細工場を経営してきた僕としては、このフォルムは萌えます。
2022年にヒンドゥスタン・モーターズ(の親会社)がプジョーと協力し「アンバサダー」のEV版、「Ambassador2.0(仮称)」の開発を進めていると報じました。続報が待たれるところです。
深刻な環境汚染もEV普及を推し進める要因に
また、インドは急速な都市化にともない深刻な大気汚染問題に直面しておりまして、インド国民もSNS上でブーブーと文句を言っています(その割には皆さんマスクをあまり着用しません)。
僕自身もデリーの大気汚染には大変苦しめられております。冬場の10月から数カ月間は、外出するときにはN95マスクが必須なほどで、マスクを忘れますと喉が痛むだけではなく肺が悲鳴を上げます。
デリーは工場や排ガスの問題というよりも、周辺州の農民による野焼きが大気汚染の原因とのことですが、冗談抜きに大気汚染問題は大きな政治課題です。
こうした大気汚染対策のために、政府はヨーロッパの「Euro 6」規制と同等レベルのBS―此Bharat Stage VI)排出規制を2020年4月から施行し、ガソリン車・ディーゼル車の規制を強化しています。充電ステーションの不足がEV普及の大きな障害となっていますが、EVやHVの需要が高まることは必至でしょう。
先人が築いた「日本製品」のアドバンテージ
僕もインドで生活している日本人のひとりとして、日本の自動車ブランドがほとんどのインド人に知られていることを誇らしく思います。
以前「スズキさん」という方が日本からデリーにいらっしゃったときに、僕のインドの友人に紹介しましたことがありました。彼の名前を一発で「スズキさん! スズキさん!」と覚えてもらえたのは、インドでエリート層に限らず「スズキ」が有名だからです。
ナカガワさんよりスズキさんのほうがスグに覚えてもらえます(※日本全国の鈴木さん、おめでとうございます。日本でありふれた名前と思いきや、皆さんのネームバリューはインドで大逆転しました)。
EV化社会を迎えるインド市場で、日本の自動車関連企業の競争優位を、引き続きピッカピカに確立して欲しいところです。
すでに抜群に(!)成功した日本企業が多数存在することは、これからインド進出を考える日本企業にとっても、大きな意味で「日本企業への信頼性」が醸成されていることになりますので、ラッキーな状況です。
個人の僕でさえ現地にいますと、まずは「日本人」であることによってファーストインプレッションで好感をもたれるケースは多かったです。それと同様のこと(ポジティブなシグナリング効果。国家に結びついた「のれん」)はビジネスシーンでも起こり得ます。
インド内で先人たちの切り拓いた日本への信頼の道をたどっていけることは名実ともにアドバンテージがあります。
中川 コージ
IIMインド管理大学ラクナウノイダ 日印研究・産業開発センター
シニアリサーチアソシエイト(上席研究員)
