戦力外となった千葉ロッテの元エースが一喜一憂した「思わせぶりな報道」
7日、TBS「バース・デイ」では「32歳で戦力外通告 ファンに愛された元抑えエースの苦悩」と題し、昨年10月、千葉ロッテマリーンズから戦力外通告を受けた萩野忠寛に密着した様子を伝えた。
プロ1年目から58試合に登板、翌年から抑えのエースに抜擢された荻野は30セーブを挙げる活躍を見せる。しかし、2010年、2011年とケガ&手術の影響で出場することができず、2012年に復帰を果たすも、2013年には右肩に腫瘍が見つかり、またしても手術を行ったと思いきや、その年末には左膝前十字靱帯を断裂する負傷を負ってしまった。
それでも昨年9月、2軍で登板を果たすまでに回復した荻野だったが、翌月、戦力外を言い渡される。番組のカメラに対し「仕方ないというのが一番ですかね。本来ならもっとはやく戦力外になってもおかしくない状況で今まで本当に我慢して面倒みて頂いた」とまず球団へ感謝を述べた。
その上で「(悔いは)やっぱりありますね。あれだけ応援して貰ってそういうところでプレーできるっていうのは本当に幸せ。もう一度そこでやりたいというのはあります」とプロを諦めない荻野だったが、12球団合同トライアウトでは打者4人に対し、1安打を打たれ死球と四球を出してしまう。
すると、散々な結果となったトライアウトから3日後、荻野の周りが騒がしくなる。スポーツ報知が投手の補強を急務とするヤクルトの荻野獲得を報じたからだ。
友人達が次々とお祝いメールが届く中、「さすがに今日は電話が来るんじゃないですか?(携帯の)音を大きくしておきます」と嬉しそうな顔を見せる荻野だが、「実際、連絡がきていないので何ともいえない。まだちょっと分からないですね」とどこか不安げ。翌日、自ら電話で確認を入れたという荻野は「ヤクルトは厳しいみたいですね」呟くように話すと、「思わせぶりな報道ですね」と声を落とした。
結局、古巣・日立製作所から声がかかり会社員として野球を続けることになった荻野。プロ復帰は叶わなかったが、「まだ、野球を続けられるチャンスがあったので若い選手にうまく伝えて、チーム全体としてレベルアップできるように」と前を向いた。
●関連リンク
・「球団にすぐ来て下さい。以上です」 新山千春が語った元夫の戦力外通告
・「ショックで泣きそうになった」 阿部慎之助が子供に言われた一言
プロ1年目から58試合に登板、翌年から抑えのエースに抜擢された荻野は30セーブを挙げる活躍を見せる。しかし、2010年、2011年とケガ&手術の影響で出場することができず、2012年に復帰を果たすも、2013年には右肩に腫瘍が見つかり、またしても手術を行ったと思いきや、その年末には左膝前十字靱帯を断裂する負傷を負ってしまった。
その上で「(悔いは)やっぱりありますね。あれだけ応援して貰ってそういうところでプレーできるっていうのは本当に幸せ。もう一度そこでやりたいというのはあります」とプロを諦めない荻野だったが、12球団合同トライアウトでは打者4人に対し、1安打を打たれ死球と四球を出してしまう。
すると、散々な結果となったトライアウトから3日後、荻野の周りが騒がしくなる。スポーツ報知が投手の補強を急務とするヤクルトの荻野獲得を報じたからだ。
友人達が次々とお祝いメールが届く中、「さすがに今日は電話が来るんじゃないですか?(携帯の)音を大きくしておきます」と嬉しそうな顔を見せる荻野だが、「実際、連絡がきていないので何ともいえない。まだちょっと分からないですね」とどこか不安げ。翌日、自ら電話で確認を入れたという荻野は「ヤクルトは厳しいみたいですね」呟くように話すと、「思わせぶりな報道ですね」と声を落とした。
結局、古巣・日立製作所から声がかかり会社員として野球を続けることになった荻野。プロ復帰は叶わなかったが、「まだ、野球を続けられるチャンスがあったので若い選手にうまく伝えて、チーム全体としてレベルアップできるように」と前を向いた。
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