玉袋筋太郎さん(左)と毒蝮三太夫さん(右)。(写真提供:『愛し、愛され。』毒蝮三太夫、玉袋筋太郎:著/KADOKAWA/撮影:榎本壯三)

写真拡大 (全3枚)

戦前生まれで卒寿を目前にした「生けるレジェンド」毒蝮三太夫と、還暦を目前にした「時代遅れな昭和の粋芸人」玉袋筋太郎が、令和の社会の生きづらさ、お笑い、幸福論、老いなど、軽妙な掛け合いで語り合う。毒蝮の「毒」と、玉袋の「粋」が融合した対談本『愛し、愛され。』より、一部を抜粋して紹介します。

【写真】玉袋筋太郎「ある朝目覚めたら、カミさんがいなくなっていた」

* * * * * * *

コンプライアンス至上主義のいまを蝮はどう見る?

玉袋 そういえば、蝮師匠には現代のコンプライアンスについても伺いたいと思っていたんです。

それこそ、メインテーマである「毒」に関わってくる大事なテーマですからね。どうです、最近のコンプライアンス至上主義については?

毒蝮 なんだよ、その「天ぷらアイス」ってのは?

玉袋 コンプライアンスですって(笑)。

毒蝮 なんだか聞くところによると、インターネットの世界でもよくそんなことがいわれているそうだよな。俺は古い人間だからインターネットはまったくやらないけど、ラジオでもテレビでも、「コンプライアンス、コンプライアンス」って、バカのひとつ覚えのようにみんなで叫んでいるよな。

玉袋 こんな世の中だと、よく蝮師匠のことを知らない人の場合、「毒蝮三太夫はひどいことばっかりいっているとんでもない奴だ!」なんて批判されることもないですか?

毒蝮 被害者意識の強い人間ほど、そう考えるものなんだろうな。例えば、いつもの流れで「うるさいよこのブス!」なんていったとする。自分のことを「美人だ」と思っている人はなんとも思わないし、笑って受け流せるよな? でも、自分に自信のない人間は、「なんてひどいことをいうの! このじいさんは!」って怒るだろうな。

玉袋 いや、そもそもいまの時代に「このブス」なんていったら、もう一発でアウト、レッドカードで退場ですよ(笑)。「デブ」とか「ハゲ」とか「ブス」とか、見た目で人を判断するルッキズムを言い表す代表的な言葉ですから。

毒蝮 「それぐらい、いいじゃねぇか。それもコミュニケーションの一種だよ」って思いもあるにせよ、玉のいう通り、いまでは時代がそれを許さないよな。

あまりむかし話をしたくはないけれど、確実にむかしといまとでは俺たちを取り巻く環境も変わったよな。『ミュージックプレゼント』をやっていても、それはつくづく感じるから。

玉袋 例えば、どういう点が大きく変わりましたか?

毒蝮 『ミュージックプレゼント』でいえば、元々は東食の一社提供だったんだ。「東食」っていうのはさ、むかしの「東京食品」のことで、いまでは会社更生手続きを経て「カーギルジャパン」って名前を変えたのだけど、一社提供だったわけだ。

玉袋 確かに、俺も聴きはじめてからしばらくのあいだは、「東食」のイメージでした。


『愛し、愛され。』(毒蝮三太夫、玉袋筋太郎:著/KADOKAWA)

毒蝮 『ミュージックプレゼント』に限らず、むかしはラジオもテレビも一社提供の番組が多かったんだ。

玉袋 そうですね。俺がむかしから観ていたテレビでなら、『サザエさん』(フジテレビ系)は東芝の一社提供だったし、『東芝日曜劇場』(TBS系)なんて、そのものズバリ番組名に会社名が入っていましたもんね。

大橋巨泉さんの『クイズダービー』(TBS系)は、ハトの群れが飛び立っていくロート製薬、『日立 世界ふしぎ発見!』(TBS系)は日立製作所、日立グループの単独提供で、『花王名人劇場』(フジテレビ系)は花王だった。確かにむかしは、一社提供、単独提供の番組はたくさんありましたよね。

毒蝮 いまは企業も経営の体力が落ちてきて、なかなか一社提供の番組はつくれなくなった。だから、何社かでお金を出し合ってスポンサーになって番組をつくっているだろ?そうなると、番組に対する発言権も変わってくるんだよ。

玉袋 当然、一社提供のほうが発言権は強くなりますよね?

毒蝮 当然だよ。で、むかしはその一社提供のスポンサーが、「金は出すから、どうぞご自由に」という太っ腹な考えだったんだよ。でも、いまは複数の会社がお金を出し合っているから、制作者サイドが「スポンサーに迷惑が掛からないように……」と過剰な気遣いをして、コンプライアンスだなんだといって、自分で自分の首を絞めるような番組づくりをしているってことだよな。


写真提供:『愛し、愛され。』(毒蝮三太夫、玉袋筋太郎:著/KADOKAWA/撮影:榎本壯三)

玉袋 そんなスタンスで番組づくりをしているうちに、それがスタンダードな考えになっていって、過剰にコンプライアンスを気にするようになっていくというわけですよね。

そして、その考えが広まっていくうちに、視聴者サイド、消費者サイドも「それはコンプライアンス的に問題があると思うぞ!」とモンスタークレーマー化していく。

毒蝮 そうだよ。ラジオ局、テレビ局としてはスポンサーに気遣いをしつつも、同時に視聴者の顔色も窺う必要が出てくる。そうなると、コンプライアンスを無視したタレントは使われなくなっていくよな。

だからタレントとしては無難な発言、ふるまいに終始してしまう。制作者サイドとしては、「代わりなんかいくらでもいる」って考えているんじゃないか? 

これは別に批判とかではなくてさ、例えばいまのお笑い界の中心にある吉本興業だって、「いくらでも代わりはいますよ」と、まるで工場のように芸人を大量生産しているよな? まぁ、それだけの育成ができるという裏返しでもあるわけだけどさ。

ただ、むかしは一度起用したら、「番組と一緒にこのタレントを一流に育てよう」といって、命懸けでタレントを守るようなプロデューサーがたくさんいたもんだよ。でも、いまはそんなプロデューサーは皆無だよな。それじゃあ、「色」のある番組づくりはできないよ。

玉袋 「色のある番組」か……。確かにいまは無色透明、無味無臭な番組、タレントが多くなりましたよね。当事者である俺が他人事のようにいう資格はないにせよ、一視聴者として見た場合は、本当に個性的で、いわゆる毒がある番組は絶滅状態にありますね。

人権意識の高まりと令和の笑い

毒蝮 あと、むかしと比べて大きく変わったのは「人権意識」だよな。これは悪いことではなくて、世の中がいい方向に変わったのは事実だよ。さっきも話したけど、高齢者や障がい者に対するケア、セクシャルマイノリティや在日外国人に対する気遣い。

それだけでなく、いわゆる、「ブラック企業」みたいなものも淘汰されていって、働く人に優しい世の中になってきた。それはおおいに結構なことだよ。

玉袋 俺たち芸人の世界ですら、どんどん「ホワイト」化していますからね。それこそ、崖の上から転がり落ちたり、海に沈められたり、燃え盛る車から飛び降りたり……身体を張って笑いを取るような時代じゃなくなってきていることを強く感じますよ。

俺なんか、「たけし軍団」でしたから、若い頃は何度も死にそうな目に遭っていました(苦笑)。

毒蝮 「むかしが懐かしいなぁ」と思うことはあるけれど、いまはいまでいい時代になったのは間違いないよな。だけど、こんな時代だからこそ、すべての人に喜んでもらえるような番組、すべての人に満足してもらえるような番組を目指していると、どうしてもあたり障りのないものしかつくれなくなるよな。

あらゆる人々の人権に配慮して番組をつくって、それで面白くするのは難しいことだと思うよ。

玉袋 ほぼ不可能だといってもいいでしょうね。俺の頭じゃ考えつかないです。

毒蝮 俺はさ、この年まで仕事をしてきたから、いまさら「もっと人気者になりたい」とか「大きな仕事をしたい」とはまったく思っていないんだよ。いってみれば、「点」としてこの仕事を続けていくつもりでいる。いわば、それは俺なりの「終活」だよ。

だけど、玉は違うよな? まだ50代だろ? これから還暦を迎え、60代、70代と円熟味のある芸人になっていく必要がある年齢だ。まだまだ、「点」になるには早い。いまはまだ、「点と点」を積み重ねていって、少しずつ「面」として、仕事の幅を広げていかなきゃいけない。

おまえのやっている『町中華で飲ろうぜ』も「点」のひとつだし、ラジオだって「点」だし、居酒屋で酒を呑んでるだけのYouTubeだってそうだろ?

玉袋 呑んでるだけっていわれれば……確かにそうですね(笑)。

毒蝮 そうしたものを積み重ねていって、「面」を目指さなければいけない。そこが俺とおまえの違うところだよ。

玉袋 俺、これからどうすればいいですかね?

毒蝮 知らないよ、そんなこと! おまえの足りない頭で必死に考えろよ。

玉袋 (笑)。真面目な話、他人を貶めて笑わせるようなやり方はこの時代ではもう通用しないでしょうね。人権意識がこれだけ高まったなかで、どうやって笑いをつくっていくのか? すべての芸人が試されているし、俺もこれから挑戦していくべき課題だと思っています。

※本稿は、『愛し、愛され。』(毒蝮三太夫、玉袋筋太郎:著/KADOKAWA)の一部を再編集したものです。