【戸塚啓コラム】カタールW杯を終えて。冬の移籍マーケットの目玉は誰か
カタールW杯は「いい大会」だった。
取材をする立場で言うと、移動がとにかく便利だった。僕は98年のフランス大会からW杯を取材しているが、移動手段で国内便を使わなかったのは06年のドイツだけだ。10年の南アフリカ、14年のブラジル、18年のロシアは、早朝や深夜のフライトで心身ともにクタクタになった(4年おきにトシを重ねているからでもあるが)。
今回はメディアシャトルとメトロで、すべて移動できた。日本がドイツ、スペインと戦ったハリファ国際スタジアムは、滞在先のメトロの最寄り駅から三つ先だった。アパートを出て30分後には、スタジアムに着いていた。コスタリカ戦が行なわれたスタジアムはそのひとつ先で、これもアパートを出てから40分ほどで着いた。Jリーグの取材に出かけているような気軽さだった。
スタジアムからの帰りは、メトロがかなり混雑する。そこで、メディアシャトルを使う。試合終了後すぐから深夜まで運行されているので、帰りの「足」を気にしなくていいのは助かった。
カタール市内からもっとも遠いのは、開幕戦やイングランド対フランスの準々決勝が行なわれたアルバイト・スタジアムだ。それにしても、カタール市内のメインメディアセンターからバスで1時間強である。帰りは1時間を切る。
夜10時キックオフの試合は、90分で試合が終わっても日付をまたぐ。延長戦やPK戦までもつれると、滞在先に戻るのは深夜2時から3時を過ぎるのも当たり前なのだが、それも、コンパクトな大会だからこそだっただろう。普通なら泊まりなのだから。
ピッチ内へ視線を移すと、「いい試合」が多かった。
参加国の実力がそのまま表われ、勝ち上がるべきチームが勝ち上がっていった。ドイツのグループステージ敗退は驚きを誘ったが、それを引き起こしたのは日本なのだから、これほど嬉しいことはない。
グループFをモロッコが首位通過したのも驚きだった。前回大会3位のベルギーを押しのけたのである。
改めて振り返ると、ベルギーのピークは18年だったのだろう。主砲ルカクがケガ明けだったこともあるが、このチームの冒険は14年を起点としている。3大会連続で世界の8強や4強へ食い込むのは、ベルギーでも簡単ではない。
「いい試合」の大前提は、活躍すべき選手が躍動することだ。決勝戦で激突したレオ・メッシとエムバペはもちろん、クロアチアのモドリッチ、モロッコのアクラフ・ハキミとハキム・ツィエク、ブラジルならネイマールだ。イングランドはハリー・ケインが得点を伸ばせなかったが、ゴールへの流れにはきっちりと関わっている。
ビッグネームのなかでは、クリスティアーノ・ロナウドが深い失望を味わったか。出場機会を十分に得られないまま、ベスト8で大会を去ったからだ。とはいえ、37歳が衰えを感じさせたのは事実だ。彼とポルトガルには残念な結果となったが、巡り合わせがうまくいかないこともW杯である。
主力に刺激を受けて、若手や中堅の台頭もあった。アルゼンチンでメッシに次ぐ4ゴールをあげたフリアン・アルバレスは22歳、3得点を記録したイングランドのサカは21歳だ。オランダのグループステージ突破を後押ししたガクポは23歳である。
クロアチアのグヴァルディオルにも触れるべきだ。ライプツィヒ所属の20歳は、大会前から「期待の若手」のひとりにあげられていた。彼を知っていた人にとっても、予想以上の働きだったのではないだろうか。CBとして対人プレーに強く、左足から長短のフィードを繰り出した。自ら持ち出すこともでき、右足も無理なく使える。冬の移籍マーケットの「目玉」だ。
最優秀若手選手に選ばれたアルゼンチンのエンソ・フェルナンデスは、試合を重ねるごとに成長していった。21歳の彼と22歳のフリアン・アルバレス、23歳のアレクシス・マカリステル(彼は三笘薫のチームメイトだ)らは、今大会を経てひと際逞しくなった。
取材をする立場で言うと、移動がとにかく便利だった。僕は98年のフランス大会からW杯を取材しているが、移動手段で国内便を使わなかったのは06年のドイツだけだ。10年の南アフリカ、14年のブラジル、18年のロシアは、早朝や深夜のフライトで心身ともにクタクタになった(4年おきにトシを重ねているからでもあるが)。
今回はメディアシャトルとメトロで、すべて移動できた。日本がドイツ、スペインと戦ったハリファ国際スタジアムは、滞在先のメトロの最寄り駅から三つ先だった。アパートを出て30分後には、スタジアムに着いていた。コスタリカ戦が行なわれたスタジアムはそのひとつ先で、これもアパートを出てから40分ほどで着いた。Jリーグの取材に出かけているような気軽さだった。
カタール市内からもっとも遠いのは、開幕戦やイングランド対フランスの準々決勝が行なわれたアルバイト・スタジアムだ。それにしても、カタール市内のメインメディアセンターからバスで1時間強である。帰りは1時間を切る。
夜10時キックオフの試合は、90分で試合が終わっても日付をまたぐ。延長戦やPK戦までもつれると、滞在先に戻るのは深夜2時から3時を過ぎるのも当たり前なのだが、それも、コンパクトな大会だからこそだっただろう。普通なら泊まりなのだから。
ピッチ内へ視線を移すと、「いい試合」が多かった。
参加国の実力がそのまま表われ、勝ち上がるべきチームが勝ち上がっていった。ドイツのグループステージ敗退は驚きを誘ったが、それを引き起こしたのは日本なのだから、これほど嬉しいことはない。
グループFをモロッコが首位通過したのも驚きだった。前回大会3位のベルギーを押しのけたのである。
改めて振り返ると、ベルギーのピークは18年だったのだろう。主砲ルカクがケガ明けだったこともあるが、このチームの冒険は14年を起点としている。3大会連続で世界の8強や4強へ食い込むのは、ベルギーでも簡単ではない。
「いい試合」の大前提は、活躍すべき選手が躍動することだ。決勝戦で激突したレオ・メッシとエムバペはもちろん、クロアチアのモドリッチ、モロッコのアクラフ・ハキミとハキム・ツィエク、ブラジルならネイマールだ。イングランドはハリー・ケインが得点を伸ばせなかったが、ゴールへの流れにはきっちりと関わっている。
ビッグネームのなかでは、クリスティアーノ・ロナウドが深い失望を味わったか。出場機会を十分に得られないまま、ベスト8で大会を去ったからだ。とはいえ、37歳が衰えを感じさせたのは事実だ。彼とポルトガルには残念な結果となったが、巡り合わせがうまくいかないこともW杯である。
主力に刺激を受けて、若手や中堅の台頭もあった。アルゼンチンでメッシに次ぐ4ゴールをあげたフリアン・アルバレスは22歳、3得点を記録したイングランドのサカは21歳だ。オランダのグループステージ突破を後押ししたガクポは23歳である。
クロアチアのグヴァルディオルにも触れるべきだ。ライプツィヒ所属の20歳は、大会前から「期待の若手」のひとりにあげられていた。彼を知っていた人にとっても、予想以上の働きだったのではないだろうか。CBとして対人プレーに強く、左足から長短のフィードを繰り出した。自ら持ち出すこともでき、右足も無理なく使える。冬の移籍マーケットの「目玉」だ。
最優秀若手選手に選ばれたアルゼンチンのエンソ・フェルナンデスは、試合を重ねるごとに成長していった。21歳の彼と22歳のフリアン・アルバレス、23歳のアレクシス・マカリステル(彼は三笘薫のチームメイトだ)らは、今大会を経てひと際逞しくなった。