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2025年は各地でクマによる深刻な被害が相次ぎました。そんななか、20年以上にわたってツキノワグマの生態を研究してきた東京農工大学大学院農学研究院教授の小池伸介先生は、「クマは付き合い方を間違えると、命を奪われる存在である」としつつも、「正しく理解し、適切に対処すれば、共存は可能」と語ります。そこで今回は、小池先生の著書『クマは都心に現れるのか?』から抜粋し、クマに関する最新情報をお伝えします。

【図】東京都でのツキノワグマの分布域の変化

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クマはかなり長距離を移動することができる

低くなった人間への警戒心、持ち前の好奇心や探索能力、そしてドングリの凶作に伴う食べ物不足による大量出没。これらが重なり合い、本来の生息域から移動してくれば、これまで想定していなかった場所へクマが出現する。

では、クマはどれくらい移動することができるのだろうか。一般的に、クマは潜在的にかなり長距離を移動することができる動物だとされている。

これまでの私たちの研究では、オスであれば夏や秋に数日で数十km移動することも珍しくない。親離れした直後の若いオスも、母親の行動圏から数十km離れたところまで移動し、そこで新たな生活圏を築くこともある。

メスでも、ドングリの凶作の年の秋には、その年に生まれた子供を連れて数十kmも移動したこともある。クマにとって数十kmの移動は日常の範囲であろう。

東京湾近くではイノシシやシカが出没している

実は、クマ以外の大型哺乳類は、すでに首都圏でも人口密集地の意外な場所まで出てきている。

私の職場がある東京・府中市では、10年ほど前にイノシシが電車に轢かれるという事故が起き、数年前には多摩川の河川敷にシカが現れた。イノシシは立川市では頻繁に姿を現し、福生市には常駐的にいて、まれに出てきているような状況ではない。


『クマは都心に現れるのか?』(著:小池伸介/扶桑社)

神奈川県でも新百合ヶ丘のほうから移動してきたと考えられるイノシシが川崎市に出ている。多摩丘陵の読売ランドの近くまでイノシシが来ているのも事実なのだ。

都心であっても、数年に一度、東京湾近くでイノシシやシカが出没することも珍しくなくなった。シカやイノシシが現れるということは、クマも現れる可能性があるということになる。これはあくまで個人的な感覚だが、いくつかの都市での状況を見ると、シカやイノシシが出てくると、それに続いて5年後、遅くても10年ほど経つとクマが姿を現すような印象を持っている。

東京はすでにクマに囲まれている

航空写真で俯瞰すればわかるが、関東平野の周りを山林が取り囲んでいる。現在のクマの分布と重ねると、千葉県と茨城県を除く関東平野を取り囲む山林とクマの分布は見事に一致している。すでに、首都圏の私たちはクマに取り囲まれている。

さらに、札幌や富山をはじめとする市街地へのクマの出没の過程を見ると、クマは本来生息する山間部から線上に延びた河川敷や河岸段丘をつたって移動することで、本来の生息地から遠く離れた市街地の真ん中に突如として姿を現す。こういった事例からクマは自分の身が隠せる背丈ほどの雑草や灌木などがある場所で、それが連続している状態なら、抵抗なくその中を移動することができる動物であることがわかる。

東京の航空写真(図)を見ると、クマの生息地である東京西部から関東平野に向かい、河川が縦横に流れ、丘陵がつながっているような地形となっている。

近年は治水事業の効果もあり、大雨時に以前のような河川敷いっぱいに濁流が流れるといった機会も減ってきた。そのため、河川敷の中には、以前のような砂利の河川敷ではなく、もはや樹林化した河川敷も珍しくない。

そのため、こういった河川敷はクマからすると、本来の生息地である奥多摩のような山間部の森林から線上につながった細長い森林でしかなく、日常の活動として森の中をただ探索しているうちに、細長い森林に入り込んでしまうことは十分にあり得る。そして、廊下のような細長い森林を進むうちに、気付いたら本来の生息場所から遠く離れた場所に移動することができてしまうわけだ。

首都圏の人口密集地や市街地であっても……

都市部だからといって何の対策もしなければ、活動的で、好奇心が旺盛な若いオスのクマが、例えば多摩川の河川敷をたどり、そのまま下流へ移動して行くことは十分に考えられる。

クマが普通に移動できる数十kmの距離を首都圏でいえば、現在の東京都のクマの分布の最東端の一つである青梅市や日の出町周辺、高尾山のクマは、河川敷沿いに立川市、ひょっとすると府中市や調布市あたりまで移動できる可能性は、十分にあるということだ。その先には世田谷区、大田区が控えている。

実際、青梅市では多摩川の河川敷でのクマの目撃がある。また、何かのきっかけで、周囲から目隠しするように両岸に雑草が生い茂った玉川上水や立川崖線や国分寺崖線といった河岸段丘に形成された線状の緑地に入り込むと、さらに東進できてしまうかもしれない。

青梅周辺から続く加治丘陵、高尾周辺から続く多摩丘陵なども、現在のクマの分布域との間には鉄道や大きな道路などの障壁はあるものの、そこさえ乗り越えてしまえば、その先にはクマが身を隠すことができる森林が存在する。

もちろん、武蔵野の森や新宿区、渋谷区まで人に見つからずに移動できるかどうかというのは難しいところだが、首都圏の人口密集地や市街地であっても河川敷や藪、雑木林などが連続する場所であれば、クマが移動してくることは非現実的なことではない。

※本稿は、『クマは都心に現れるのか?』(扶桑社)の一部を再編集したものです。