パリッコ 埼玉・東松山「大松屋」の「やきとり」

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10年ぶりに「やきとり」と呼ばれる局所的カルチャーを味わうために東松山へ一泊で出かけた。1軒目に向かったのは、駅から徒歩10分ほどの場所にある「大松屋」。東松山やきとりの元祖と言われる店だ。

埼玉県の東松山という街に、豚のカシラ肉を串に刺して焼き、辛みそをつけて食べるメニューを「やきとり」と呼ぶ局地的カルチャーがあることは、当連載の「かしら屋の豚焼肉」の回に書いた。この「東松山やきとり」は、今や街を代表する名物となっていて、駅前の観光案内所ではマップが配られているほどだ。

そんなやきとりを食べ歩いてみようと、漫画家のラズウェル細木先生らとともに初めてハシゴ取材をしたのが、2016年のことだった。その夜はあまりにも楽しく、また、東松山までは都内から1時間ほどかかることもあり、「次回は泊まりで来ましょう!」と盛り上がりつつ解散した。

その約束がとうとう実現したのが、つい先日のこと。その間、東松山を訪れることもなく、実に10年も間が開いてしまった。

今回もラズウェル先生にお声がけいただき、メンバーは、漫画『酒のほそ道』の担当編集K氏、古くからの飲み仲間でライターの大先輩、安田理央さん、そして僕と一緒にYouTubeチャンネルをやっている小玉さんの、計5人。午後3時に集合して駅前のホテルにチェックインし、ホテルには大浴場があったので、それぞれにひとっ風呂浴び、4時にロビーに集合。快晴の街にくり出す。酒飲みとして考えうる最高のシチュエーションだ。

まず1軒目に向かったのは、駅から徒歩10分ほどの場所にある「大松屋」。こここそが、東松山やきとりの元祖と言われる店。

創業は昭和31(1956)年。ご主人は韓国出身で、紆余曲折を経てこの地にたどり着き、屋台で串焼き屋を始めた。まだ戦後で物資の少なかった時代、安く手に入った豚のカシラ肉を使いはじめたのが起源となったのは以前に書いたとおり。

が、この味が人気となったのにはもうひとつのポイントがあって、それが、ご主人のルーツである朝鮮料理をベースとした辛みそ。その組み合わせが人気を呼び、やがて周囲の店の店主たちからもレシピを聞かれるようになると、ご主人はそれを秘密にせず、誰にでも教えてあげたのだそう。その人柄のおかげで、現在も東松山には独自のやきとり文化が残っているのだ。なんと心温まる酒場史だろうか。

現在、大松屋は初代の娘さんが引き継ぎ、ふたりの妹さんとともに3人体制で営業されている。営業開始の午後4時15分ちょうどに入店。平日の口開けとあって我々の貸切状態。席に着き、さっそく「生ビール 中」(税込800円)を注文すると、ビールの到着とほぼ同時に、焼きたてのやきとり(230円)も到着する。もちろん、まだ料理の注文はしていない。実は、東松山やきとりの多くの店がこの“わんこスタイル”で、ストップというまでカシラ串が出続けるという特徴があるのだ。とはいえ、あまり構える必要はない。たいていの店では「もう1本食べますか? お腹がいっぱいになったら言ってくださいね」と確認しながら出してくれるので。

ところで、10年ぶりにこの店を訪れて、以前の感動が鮮明に甦った。その理由は、ちょっと信じがたいほどの手入れの行き届っぷり。広々とした店内に、席は横に広い大きなコの字カウンターのみ。大理石調のその表面が、まるで鏡のように磨き上げられている。その奥は広い厨房で、これまた細部までぴかぴか。さらに驚くべきは天井近くの排気フードやダクトで、まるで昨日新品に取り替えた? というくらいに光り輝いているのだ。

話上手な女将さんがいろいろと教えてくれたところによれば、店内の清掃は常に自分たちでされているそう。朝から大量の串の仕込みをし、店の清掃をし、早めの時間に店を開け、営業は夜8時まで。7時を超えて入店するお客は、基本的に断ってしまう。そうやってメリハリをつけて仕事をするのが、長く続けるコツなのだと教えてくれた。

ふとカウンター上に等間隔に置かれた辛みそに視線を落とす。50年以上現役だという青い大きなホーローの容器に入っていて、年季は入っているがこれまたピカピカ。そこに、まるで今日作りたてのように、たっぷりのみそが盛られ、木製のヘラが刺さっている。これも日々ていねいに手入れをし、仕込みをされているのだろう。酒場なんて少々汚くたって、調味料が古くたって気にしない酒飲みは多い。けれども、ここにそんな妥協は一切存在しない。大げさでなく、商売人の、いや、人間の鏡だなと感動した。自分も、できる範囲だけでも、少しずつでも見習わなければ。

とはいえ、今我々のすることは、楽しく酒を飲むことだ。キンキンの生でいったんのどを潤し、いざやきとり。辛みそはヘラで直接串に塗ってよく、なんだか容器を汚してしまいそうで恐縮だが、女将さんが「いいのよいいのよ! そうやって食べるもんなんだから」と言うので従う。

長い特製の焼き台で、もくもくと煙を上げながら炭火で焼かれた串は、香りからして香ばしく、かぶりつくと豚肉のほどよい歯ごたえとじゅわりとした脂が口に広がる。そこに、たっぷり塗ったみその、すっきりと爽快な辛さ。味が濃すぎたり、辛すぎたりということはなく、かなり多めに塗ったほうがうまい。

東松山やきとりのもうひとつの特徴は、かならずと言っていいほど、あいだにねぎが挟まれていること。表面が焦げ、なかはとろりと蒸され、豚の脂が染みたねぎが、これまた最高だ。

前回、そしてこの日と合わせて数軒ハシゴをした結果、生意気だがほんの少しだけ理解できた気がすることがある。それは、本格的な東松山やきとりを出す店に共通した特徴。ひと口に豚のカシラ肉と言っても、豚のこめかみからほほにかけてだから、位置ごとに肉質には差がある。それをていねいに切り分けてから、肉っぽい部分と脂身っぽい部分を、ミルフィーユ状に、バランス良く交互に串に刺してゆく。それによって、ぷりぷりとした食感とジューシーさを兼ね備えた極上のひと串になるのだ。それが、一般的なやきとん屋などでカシラと頼んで出てくる串との違いかもしれない。

なんて御託はあとから気づいたことで、このときはとにかくひたすらうまいだけ。女将さんの「どうする? もう1本食べる?」の問いに抗うことができず、かなり巨大なその串をみんなで数本ずつ食べた。串入れなどはなく、女将さんは「そのままカウンターに置いておいて。うちではそうするの」と言う。ぴかぴかのカウンターに食べ終わった串をそのまま置くことにかなりの抵抗があるが、ルールに従いそうする。会計は、その串を数えてするのだそう。

ところで串メニューには、実はカシラ意外に「ハツ」「レバー」「タン」「Pシロ」の4種類がある。それらも味わっておきたく、いったんカシラをお休みして注文。どの串もレベルが高すぎて驚くしかないが、特にPシロ(ポークのシロの略らしい)の、くさみなく、とろりと甘い脂のうまさには悶絶した。

2杯目からは「チューハイ」(550円)をおかわりしつつ、ハシゴ取材だというのに全員がお腹いっぱいになるまで食べてしまう。なんとこのあと、各自がホテルの部屋に戻って、1時間の休憩を挟んだくらいだ。しかしそれこそが、大松屋がそれだけ名店であるという証拠だろう。日本の貴重な酒場文化を象徴する店として末長く営業を続けてほしいし、これからは10年と言わず、もっと頻繁に訪れたい。

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次回第47回は2026年5月7日(木)17時公開予定です。

Credit:
文・イラスト=パリッコ