「なんとかやりくりしているのが現実です」。会津推しが高じて、現在は東京と福島の二拠点生活を送る大林素子さん。タレントの優雅な生活スタイルにも思えますが、実情は「おしゃれや旅行を我慢し、交通費を捻出する」日々だそう。きれいごとだけではない移住のリアルと街への愛を語ります。

【写真】会津移住のきっかけ「新撰組推し!?」歴史好きな大林素子さんの剣さばきが「カッコよ!」(5枚目/全12枚)

交通費だけで数万円「優雅」とは程遠い二拠点生活の現実

── 現在、福島県会津若松市と東京の「二拠点生活」を送る大林さん。ただ、二拠点生活への憧れはあっても、金銭面でなかなか踏み出せない人は多いですよね。

大林さん:私の場合も決して資金に余裕がある、「優雅な別荘暮らし」ではないんです。洋服代や旅行代を削って、二拠点を行き来する交通費や家賃に回し、なんとかやりくりしているのが現実です。

東京と会津を往復するだけで数万円かかるので、仕事のタイミングに合わせて帰省して交通費を抑えたり、その合間に会津でできる仕事を探したりと居場所づくりに励んでおります。

── 金銭的に余裕がないなかで、なぜ会津に住もうと思われたのでしょう。

大林さん:子どもの頃から歴史が好きだったんです。出身の東京都多摩地区といえば、新撰組副長・土方歳三の故郷です。ゆかりのある人物から歴史に興味をいだき、新撰組を名付け、作った、会津藩にも次第に関心が広がりました。     

実は10年ほど前から年50泊以上も会津に通っていたんです。ただ、観光のハイシーズンになると一番高い温泉宿しか空いていないこともあって。「これなら安いアパートを借りたほうがお得だな」と、部屋を借りました。今年で8年目になります。東京と比べて物価は安く、今借りているマンションも、オートロック付きで家賃は3万円台。この安さには本当に助けられています。

福島県飯館村でトークショー。伝統行事の田植踊の見学も

── 年間50泊の「推し活」から始まった二拠点生活だったのですね。

大林さん:会津は歴史の宝庫。どれだけいてもまったく飽きないんです。市内にはもともとお城の一部だった場所があちこちに残っていたり、老舗のお店に行くと壁に刀傷が残っていて、「これ、戊辰戦争のときのものだよ」と教えてもらうことも。日々歴史に触れながら暮らしているような感覚ですね。

私の「歴史好き」が浸透してきたおかげで人脈もどんどん広がって、今では会津松平家の14代当主とも大親友になりました(笑)。土方歳三が入った東山温泉やお城がある街を歩くだけで、心が癒やされたり、満たされた気持ちになります。とはいえ、「好き」という気持ちだけでは食べていけないのが現実です。「会津での生活費は、会津で働いて稼ぐ」を目標に頑張っているところです。

バレーボール選手時代にはなかった「ホーム」を見つけて

── 実際、どのようにして会津での生活費を稼いで、二拠点生活を成り立たせているのですか。

大林さん:福島のメディアや自治体、企業に足を運んで「(仕事があれば)ぜひやらせてください」と、営業して回りました。地道な活動から仕事の幅が少しずつ広がり、会津大学でバレーボールの非常勤講師を務めさせていただいたり、会津伝統のまつり「会津まつり」の藩公行列では、司会を務めさせていただくようにもなりました。ただ、観光大使の役割を含め、ボランティアの活動が多いのが実情です。

収入源のベースは圧倒的に東京です。会津での生活を成り立たせるために、大げさに言えば「東京へ出稼ぎに行っている」というのが、今のリアルな感覚ですね。

── 自ら営業に回り、東京へは「出稼ぎ」に行く。そこまでして大林さんを惹きつけてやまない会津の魅力とはなんでしょう。

大林さん:なんといっても、人と人との距離の近さと温かさですね。東京だと、みんな目的地に向かって黙々と早歩きしていて、すれ違う人と挨拶を交わすこともほとんどないですよね。でも、会津では、行き交う方が声をかけてくださったりして、気づいたら立ち止まっておしゃべりしているのが日常なんです。

会津若松はもともと歴史と観光の街なので、外から来る人を受け入れる土壌があります。福島は広く、地域によって文化も違いますが、どこへ行っても「福島のためにありがとう」と声をかけていただける。私のほうこそ好きで住ませていただいているのに、福島のことを発信していることに感謝を伝えてくださる。その温かさに触れるなかで、私自身、ここで初めて「ふるさと」というものを味わえた気がしているんです。

バレーボール選手時代は各地に遠征する日々だったので、自分の部屋で眠れるのは年間のわずか3分の1ほど。自宅が「ホーム」だと思える感覚がなかったんです。だから、福島で「おかえり」と言ってもらえる、そのひと言がこんなにも心休まるものなんだと、しみじみ感じました。

「仕事はあるか?」きれいごとではできない移住に

── 現在は、移住を考える方々へ向けた活動もされています。

大林さん:移住を考える皆さんが一番不安に思うのはやはり「仕事があるか」という点なので、移住セミナーなどに参加させていただき、市の窓口の方々への橋渡し役としても活動しています。会津若松の中心地でもシャッター街といった現実はありますが、そうした地域の過疎化も自分なりのやり方で応援していきたいですね。

私自身もそうでしたが、実際に生活するとなれば、この地域で自分に何ができるのか、何が求められているのかを考えなければなりません。心安らぐ居場所を作っていくためには、いかに会津で仕事を作ってつなげ、地盤を築いていくかが何より重要になります。

会津の小学校PTAで講演会を行った際の様子

── 二拠点生活を維持していくことは、決してきれいごとだけではないと。

大林さん:今は圧倒的に東京のほうが多い仕事の比重を、将来的に半々くらいに持っていければいいなと。きれいごとではなく、自ら稼ぐ仕組みを作り、自分のやりがいが生活費にちゃんと結びつけていくことが、これからの私の人生のテーマだと思っています。

取材・文:西尾英子 写真:大林素子