ぬいぐるみの紛失を防げ! 「ぬい点呼」という新常識
4,000匹以上のぬいぐるみと暮らす小説家・新井素子さんの日常がここに。「ぬい活」が一般化するはるか以前、「ぬい」という呼称を生み出し、社会からずっと変人扱いされてきた新井さん。「ぬいぐるみは生きている」と本気で確信し育んだ「ぬい」たちとの生活には、ただごとではない発見と幸せのヒントが詰まっていました。
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ぬい点呼
ところで。
昨今のぬい事情を……まったく判らないままに見ている私には……実は、とても気になっていることがあります。
私はね。
うちの子をショルダーバッグにつける時、その子に気をつけているんですが……あの……今のひと、は? 特に、若い子は?
今、電車なんかに乗っている時、ぬいぐるみをやたらとつけているひと……います、よね。高校生か中学生くらいの女の子に多いんだけれど。
二、三匹ならいいんだけれど。もっとずっと。
じゃらじゃらじゃら。
ほんとに凄い数のぬいぐるみが、そのひとの鞄にはついていて……これ、見る度に、私は不安になってしまいます。
……これ、大丈夫、なの、か?
いや、だって。一匹や二匹じゃないんですよ。すんごい数のぬいを、鞄につけているひと、います。あまりにそのぬいの数が多くて、これ、鞄を床に下ろしたらぬいが床を這いずってしまうんじゃないのか、そんな数のぬいがついている鞄……電車の中で、時々見かけます。
これ、見る度に私は不安になります。
大丈夫なのか?
というのは。私には、過去、ぬいさんを見失ってしまった経験があるので……。
二度のぬいさん紛失事件
最初は、旦那でした。
うちの旦那は、私の影響もあってか、自分の大切なぬいさんを携帯する習慣がありまして……旅行に行った時、小さなカバのぬいさんを、自分のワイシャツの胸ポケットにいれていたのですね。
で。しばらく歩き回って、ふっと気がついたら。胸ポケットにいれた筈の、カバぬいさんが、いない!(これは“ぴんつま”さん、だな。)
うわあああ! 真っ青になりました。でも、旅行先でしたので、しかも、駅を出て、荷物をコインロッカーにいれ、そして街を歩きだして五、六分で、ぬいさん紛失に気がついたので……それまで自分達が歩いていたルートは、ほぼ、特定できる。
だからこの後、私も旦那も、とにかく自分が歩いたと思われる処を……必死になって、目を皿のようにして、歩きまわりました。観光も何もない。とにかく、ひたすら地面を見ながら、それまでに通った道を何往復もして……そして、やっと、なくしたぬいさんを見つけることができました。
二回目は私です。
うちには“お仕事ぬいさん”がいまして、(うちの鍵を持っている、とか、Suicaを持っている、とか、そういう子ね。お仕事としてそういうものを持ってくれているので、常時私のバッグにいてくれます)、駅まで行って、Suicaを使おうと思ったら……その子がいなかったんです。Suicaを持っているぬいさん(この子は“みにかぴ”さん)には紐がついていて、だから安心していたのですが……ふと気がついたら、この紐が切れている。そして、ぬいさんがいない!
この時は私、会社から帰ってくる筈の旦那と待ち合わせをして、一緒に御飯食べて帰るつもりだったのですが……それどころではない!
慌てて旦那に電話。(携帯電話があってよかった。)旦那もパニック。
「俺のことはいいから、とにかく“みにかぴ”さんを探せ! 俺もすぐにそっちへ行くから」
言われなくともそのつもりです。
私はこの日……家を出て、駅まで歩く……途中、お茶が切れていたんで、お茶っ葉を買った……な。その支払いをした時……ショルダーバッグのポケットからお財布を出して……あの時には、“みにかぴ”さん、いた。いたと思う。ということは、そのお店から駅までの間で、“みにかぴ”さん、落した?
とにかく道路を見ながら、お店から駅までの間を、二往復。“みにかぴ”さんはいません。オレンジ色の子だからなあ、道路に落ちていたら、結構目立つと思うんですが……いない。
もう、蛇行しながらとにかく道を歩いていたので……もし、オレンジ色のぬいさんが落ちていたら、見つからない訳がない。なのに、見つからない。ということは……。
ちょっと視点を上にあげて、同じ道を歩いてみました。そうしたら。
お茶を売っているお店から駅までの間に、ポストがありました。洋品店の前にある、普通のポスト。この上に乗っているのは……“みにかぴ”さんではありませんか!
うわあ。これ。“みにかぴ”さんを拾ってくれた誰かが、目立つようにって、ポストの上に、わざわざ“みにかぴ”さんを、置いてくれたんだ!(これ、絶対に、“思いやり”です。道路に“みにかぴ”さんが落ちていたら、踏まれてしまう可能性がある、そう思った誰かが、絶対にひとが踏まない処に“みにかぴ”さんを避難させてくれたんです!)
慌てて“みにかぴ”さんを回収して、旦那に電話。それから、その洋品店にはいって。
「あの……お店の前にあるポストに、このぬいぐるみが乗っていたんですが……誰がこれ、そこに置いたんでしょうか。あ、私は、このぬいぐるみを落した者でして、これを拾っていただいて、本当に嬉しかったんで……拾ってくださった方が判るのなら、お礼を言いたいのですが」
ただ、この洋品店は、別にポストの管理をしていた訳でも何でもないので……誰がポストの上にぬいぐるみを置いたかなんて、まったく関知していらっしゃらなかったみたいです。えっと、結局誰だか判らなかった“謎のひと”、どうもありがとうございました。
ぎょうちゃん、いるねー、うつのみや、いるねー
この二つの経験から。うちでは、“ぬい点呼”が旅行をした時のルーティンになっております。
うちでは、旅行をする際、ぬいぐるみを連れてゆくのが普通になっておりますので……そして、ぬいさんをなくしてしまった二回の経験で判る、“いつまでそのぬいさんがいたのか”“そしてその後、自分がどんな行動をとったのか”が、なくしてしまったぬいさん発見には、絶対に必要な情報なんですよね。
だから。
電車に乗る前。飛行機に乗る前。タクシーに乗る前。とにかく、うちではその時に連れていたぬいさんを、絶対に点呼します。鞄、全部開けて、とにかく中にいる筈のぬいさんを点呼します。(「はい、くろうささん、いるねー、ぎょうちゃん、いるねー、うつのみや、いるねー」って。)同じく、旅館に泊まる前、ホテルにはいる前、そこを出る時、絶対にぬい点呼をします。(まあ、鞄の中にはいっているぬいさんは、勝手にいなくなることはまずないと思うんですが、ひとが思いもよらないことをしてしまうのがぬいさんですので、必ず“ぬい点呼”やってます。)
とにかく、“いつまでうちのぬいさんがそこにいたのか”が判っていれば、最悪、ぬいさんがどっかに行ってしまった時、その発生時と発生場所がある程度は特定できると思いますので。そして、これが判らないと、旅先でぬいさんがどっかに行ってしまった場合、探しようがないと思いますので。
そういう意味で。
かなりの数のぬいを鞄につけていらっしゃる方……大丈夫、ですか?
あの、じゃらじゃらはなー、かなりの数だし……ぬいが団子みたいになっている状況を見るに……中心部にいるぬいのこと、把握、できていますか?
何か、見る度に、勝手に不安になっております。(ごめん。まったく大きなお世話かも知れない。でも、老婆心ながら――あ、本当に私は“老婆”って言える年になってしまった。おお、老婆心という言葉がそのまま使えるな――ぬい点呼、した方がいいと思います……。)
