■40年以上も精神科病棟に押し込まれた男性の魂の叫び

仕事をしたり、旅に出たり、恋愛したり……。結婚や子育てなどを同世代は当たり前のように経験していた。その間、伊藤時男さん(69歳)は40年以上も精神科病棟という「鳥かご」で過ごした。

伊藤時男さん。40年以上もの間を精神科病棟の中で過ごした。今は自由の鳥となった。

母を早くに亡くした時男さんは父の再婚相手と折り合いが悪く、高校を中退し親戚のもとで働き始めた。そんな矢先に妄想に襲われ、病院へ。治療のためと言われ注射を打たれ、目を覚ますと東京の精神科病棟にいた。統合失調症と診断された。自由を制限されることが苦しく、何度も病棟から脱走をしては連れ戻されるということを繰り返した。ある日、病院を訪れた父の背中が小さく感じた。

父を苦しませているのではと胸が痛んだ。早く良くなって親孝行をしたい。そう決意し、父が住む福島県の病院に転院後は、模範的な生活を送った。良くなれば退院できると信じていた。が、1年、2年と時は過ぎた。退院したいと申し出ても聞き入れられることはなく、長期間を病院内で過ごした自分が退院して外の社会で生活できるのかと、自信も失った。

自分の居場所は病院なのかもしれないと思った。これは長期入院を強いられた患者が陥る「施設症」と呼ばれるものだった。

■「鳥かご」を壊すきっかけ

しかし東日本大震災が彼の「鳥かご」を壊すきっかけとなった。福島県にあった病院から避難、転院先の病院でグループホームに通うことを勧められ、病院外での生活が始まったのだった。

61歳で完全に退院し、今では念願だった一人暮らしを送る。友人が泊まれるように布団を用意し、近所には一緒にカラオケを楽しむ仲間もいる。絵の展覧会も行ったばかりだ。時男さんの失われた青春は今、静かに営まれている。

「外に出たいかごの鳥 毎日えさをついばむ 可哀想だ しかし私もかごの鳥」。時男さんが入院していた40歳の頃に書いた「夢」という詩の一節だ。時男さんはこれまで自分の気持ちを詩や川柳にしてきた。言葉を紡ぎ発信することは入院中の時男さんと外界を結んだ。川柳は新聞にも載った。

自由に暮らす権利を侵害されたとし、時男さんは昨秋、国に3300万円の損害賠償訴訟(※)を起こした。裁判と向き合い、羽ばたきながら生きている。

※伊藤時男さんらは「call4.jp」で、この訴訟のクラウドファンディングを行っている。

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伊藤 詩織(いとう・しおり)
ジャーナリスト
1989年生まれ。フリーランスとして、エコノミスト、アルジャジーラ、ロイターなど、主に海外メディアで映像ニュースやドキュメンタリーを発信し、国際的な賞を複数受賞。著者『BlackBox』(文藝春秋)が第7回自由報道協会賞大賞を受賞した。
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(ジャーナリスト 伊藤 詩織)