阿部慎之助前監督

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 阿部慎之助・前巨人監督の暴行事件をめぐり警察批判が絶えない。家族間トラブルに過ぎなかったのに、警察が不必要な逮捕をしたから阿部氏が退任せざるを得なくなったという声だ。いったい現場はどのような判断で逮捕に踏み切ったのだろうか。現場経験が豊富な“元ハコヅメ女性警官”に見解を聞いた。

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“ハコヅメ”が真っ先に臨場する

「報道に出ている情報は限られていて、断定的なことは言えません。ただ、このような現場は何度も経験しているのでこういう状況だったのではないかという推測はお話しできます」

 こう語るのは、2020年に警視庁を退職し、現在は防犯コンサルタントとして活動している石川美希さん。石川さんは今回の舞台である渋谷署の隣にある代々木署の地域課に所属し、ハコヅメと呼ばれる交番勤務やパトカー巡回を8年間経験した。

阿部慎之助前監督

 警察官の中で110番通報からの現行犯に対応する場面が最も多いのは地域課署員である。110番通報が入ると通信指令室から現場に急行するよう指示を受け、真っ先に現場に駆けつける。今回の事件も児童相談所からの110番通報からで、阿部氏を現行犯逮捕したのは渋谷署の地域課署員だったとみられる。

「不審者、窃盗、ケンカ、虐待…、さまざまな内容があります。地域課にいた頃は月に1〜2件は現行犯逮捕していたと思います」(石川さん、以下同)

現場は緊迫していたはず

 それでは石川さんと阿部氏の事件を振り返っていこう。発生は5月25日夕刻、現場は渋谷区内の阿部氏の自宅だった。暴行が起きたきっかけは18歳の長女と15歳の次女のきょうだい喧嘩。阿部氏は仲裁に入ったものの、言い返してきた長女に激昂、胸ぐらを掴み突き飛ばしたとされる。

 長女が児相に電話したのが午後7時10分頃。この際、長女は「父親から首を絞められた」と実際にあった被害より過大な申告をしてしまい、後に「過度な説明をしてしまった」と公表した手紙の中で後悔している。児相は7時15分頃に110番通報し、その数分後、渋谷署員は自宅に臨場した。

「児相からの通報かつ首を絞められたという被害内容は極めて深刻です。しかも被疑者は著名人。対応した署員たちは相当緊迫していたと思われます。スタートは地域課署員だけだったと思いますが、事件になった場合は業務を引き継ぐことになる刑事課や青少年の事案なので生活安全課からの応援も続々と入ったのでは。最終的には10人くらいの警官が現場に集まっていたと思います」

 そして午後8時頃、阿部氏は暴行容疑で現行犯逮捕されるのだが、この間、自宅内で家族がどのような状況にあり、署員たちとの間でどのようなやり取りを交わされていたかの詳細はわかっていない。判明しているのは以下の3点だ。

1、 阿部氏は酒を飲んでいた
2、 娘にケガはなかった
3、 阿部氏は暴行を認めた
 
 実際、これだけの状況で現行犯逮捕はできるものなのだろうか。

なぜ署員たちは“微妙な判断”を下したのか

「非常に微妙なところです。通常、暴行や傷害容疑での現行犯逮捕をする時は、血が流れていたり、衣服が破けていたりするなど、明確に犯行の証拠が残されているケースがほとんどです」

 ならば、なぜ署員たちは“微妙な判断”を下しただろうか。

「『人身安全関連事案』だったからだと思われます。警察用語で、虐待、ストーカー被害、DVなどで、被害者の生命や身体の安全を早急に確保する必要がある事案を指します。『首を絞められた』という深刻な被害を考えれば、被疑者と被害者を同じ家に残して帰るわけにはいきません。しかも、家の中にいるのは酒を飲んでいる体躯が大きい阿部さんと女性3人。警察が帰った後で『なんで通報したんだ』などと暴れるようなことがあっては大変です。被疑者は罪を認め、被害者らの証言と一致していることも鑑み、逮捕に踏み切ったのだと思います」

 逮捕要件は満たしていたと言えるのか。ここが警察批判のポイントになっている。

 現行犯逮捕を定めているのは刑事訴訟法第212条。同条は2項あり、第1項は現行犯、第2項は準現行犯を規定している。準現行犯とは、犯行から一定時間が経過している場合でも、被疑者が凶器を所持していたり、被害者の服が破けていたりする証拠があるなどの4つの要件を満たしていれば、現行犯とみなせるとの規定だ。

現場だけの判断で逮捕することはほぼない

 ネットなどで不当逮捕と主張している識者の多くは、警察が駆けつけた時は犯行時刻からかなり時間が経った後だから準現行犯が適用されたはずで、準現行犯ならば上記した逮捕要件を満たしていないとしている。しかし、石川さんは第1項の現行犯を適用したのではないかと考えている。

「第1項の条文には〈現に罪を行い、又は現に罪を行い終った者を現行犯人とする〉としか書かれていません。大抵の現場において警察官が臨場した時にはすでに犯行は終わっているものです。現行犯と準現行犯の違いは『時間の経過』で、現場では『犯行直後』であれば現行犯とみなされるとして運用しています。先輩たちからは、現行犯で行けるのは30分程度、準現行犯は1時間程度と教えられてきました。それ以上時間が経過していたら現行犯逮捕はできず、令状が必要になります」

 なお、現場だけの判断で逮捕することはほぼないと言う。

「現場にいる警官は被害状況を確認してから必ず署にいる警部補や宿直責任者に報告を入れ、判断を仰ぎます。今回は大きく報道されることが予想される事案であり、もっと上の幹部クラスが判断を下した可能性があります」

被害者を優しい気持ちで見守ってほしい

 石川さんは長女が被害を“盛った”気持ちはよくわかると話す。

「『夫に暴力を振るわれた』と感情的になって110番通報したものの、いざ逮捕して連行する場面になると『ちょっと待ってください』と急に慌て出す奥さんを何人も見てきました。被害者は被害にあった直後、ショック状態に陥り冷静に判断できなくなるものです。ましてや阿部さんの長女はまだ18歳という若さです。怖い思いをして混乱してしまったのでしょう。世間にはもっと優しい気持ちで見守ってほしいと思います。併せて、警察官たちも市民の安全を守るために頑張っていることを理解していただけたらと思います」

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石川 美希(いしかわ みき)
2010年、警視庁に入庁し地域警察部門を約8年経験。その後、生活安全課や交通課に従事し2020年に退職。現在は株式会社Private Police警察担当部長。企業向けの防犯講話、個別の護身術教室の講師やカスタマーハラスメントの対策・研修講師として活動中。2児のシングルマザー。

デイリー新潮編集部