なぜロシアの暴走を止められないのか?…「大国の特権」に異を唱えたウェナウェザーが仕掛けた「一計」

写真拡大 (全2枚)

ロシアによるウクライナ侵攻、世界的な移民排斥運動、権威主義的国家の台頭、トランプ2.0、そして民主主義制度基盤の崩壊……。

「なぜ世界はここまで急に揺らぎはじめたのか?」。

発売からたちまち重版が決定した話題書、『新書 世界現代史 なぜ「力こそ正義」はよみがえったのか』(川北省吾 著)では、共同通信社の国際ジャーナリストが、混迷する国際政治の謎を解き明かすために、国際政治学者や評論家、政治家や現場を知る実務家へのインタビューを敢行。辿り着いた答とは?

本記事では、〈ロシアがウクライナを攻撃しても、国連が「手出しできない」よう設計されている〉に引き続き、リヒテンシュタインの国連大使・ウェナウェザーが挑んだ拒否権説明決議の採択までの舞台裏を詳しくみていく。

※本記事は、川北省吾『新書 世界現代史 なぜ「力こそ正義」はよみがえったのか』より抜粋・編集したものです。

中小国の反乱

転機となったのはシリア内戦だ。毒ガスがまかれ、数十万の民衆が殺され、1千万人以上が家を追われた。だが、アサド政権の後ろ盾だったロシアは、欧米が支持するシリア関連の安保理決議案に15回以上も拒否権を発動した。

中国もロシアと共同戦線を張った。内戦下の残虐行為を国際刑事裁判所(ICC)に付託し、責任を追及する決議案が2014年に採決された時も、ロシアと共に拒否権を行使し、安保理で葬り去った。

ウェナウェザーが振り返る。「(14年の決議案は60ヵ国以上の共同提案だったが)採決の結果は『無』だった。拒否権(という荒涼とした現実)だけが残った。戦争犯罪に何の手も打つことができず、やり切れない思いが渦巻いた」

その悔しさがバネになった。周到に準備を重ね、20年春の決起を目指す。ところが、予想外の事態が持ち上がった。新型コロナウイルスの大流行である。国連本部のあるニューヨーク市は感染の中心となり、ロックダウン(都市封鎖)の憂き目に遭った。

決議案作りはオンラインでやれるような仕事ではない。実際に顔を合わせ、何度も膝詰めで話し合い、案文を練り上げていく必要がある。当初のスケジュールは変更を余儀なくされた。

コロナの猛威が和らぎ、ウェナウェザーは作業再開へ動き出す。時を同じくしてロシアがウクライナへ侵攻した。22年3月3日、拒否権説明決議の草案を関係国に回し、意見を仰ぐ。侵攻開始から1週間後のことだった。

「世界の各地域に同志がいた」とウェナウェザーは振り返る。「欧州のアイルランドやブルガリア、スウェーデン、中米のコスタリカ、アフリカのケニアなどの国々だ。リヒテンシュタインだけの取り組みではない」

特筆すべきは、いずれも中小国だということだ。国連安全保障理事会を牛耳る5常任理事国(米英仏ロ中)のような大国ではない。中小の同志国が手を携え、決議化の構想を前に進めた。

──西側の常任理事国である米英仏には事前に伝えたのか。

「もちろんだ。最初に英国に伝え、次いで米国に持ちかけ、フランスにも通知した。もっとも、最初は賛否がはっきりせず、煮え切らない対応だった。自分たちも拒否権を持っているから(国連総会という"お白州"に引きずり出され、説明を求められることへの)不安があったのだろう。大使は出先の政府代表だから、本国の指示を仰ぐ必要もある。説得交渉は行きつ戻りつし、なかなか前に進まなかった」

そこでウェナウェザーは一計を案じた。「『総会への"出頭"を求められるのは、あなた方だけではない。拒否権を行使した者は誰であれ、同じように理由の説明を求められることになる』と説得したんだ」

この論法は大いに効いたという。ウクライナ侵攻を非難する安保理決議案がロシアの拒否権で葬られた直後だったからだ。まずアメリカが拒否権説明決議案を支持し、それが決め手となって物事が動き出した。

アメリカの"翻意"について、ウェナウェザーはこう推察する。「プーチンが命じたむき出しの侵略行為を目の当たりにして、『ロシアを孤立させる道具として使える』と思ったのではないか」

決議案は4月26日に総会に上程され、圧倒的多数の支持を得て無投票で採択される。ロシアの拒否権で袋小路に陥った安保理に代わり、中小国が大多数を占める総会が声を上げたのだ。

すくむ安保理、動く総会

とはいえ、総会決議に法的拘束力はない。加盟国を拘束し、順守義務を課し得る安保理決議と異なり、政治意思の表明に過ぎない。拒否権行使の理由説明を求めることはできても強制はできないし、行使を阻止することも不可能だ。

「むろん、決議に限界があることは承知している」とウェナウェザーは認める。それでも特権乱用に異を唱え、説明責任を果たすよう粘り強く働きかけることで、「拒否権の正当性や影響力を削ぐことはできるのではないか」。

ウェナウェザーはそう言ってから、ズバリ核心に切り込んだ。「そもそも普通の人にとっては、安保理の決議か総会の決議かなんて、大した問題ではない。大切なことは、巨大な危機を前にして誰かが何かを決めるかどうかなんだ」

彼の言う通りだろう。ウクライナ侵攻を目の当たりにしながら、安保理はロシアの拒否権で立ちすくんでいた。最大の任務である「国際の平和と安全の維持」を全うできず、凍り付いていた。

そこで総会が打開へ動いた。安保理から付託を受け、危機に対処することになったのだ。本来任務である平和の問題に関し、安保理が総会に委ねるという非常手段に出たのは1982年以来、40年ぶりのことである。

先述の通り、議事手続きに関する決定であれば、常任理事国といえども拒否権を行使できない。ロシアは総会への付託に反対したが、安保理は15理事国中11ヵ国の賛成で総会に委ねることを決めた。

総会は2022年3月2日のロシア非難決議を皮切りに、ウクライナ関連決議の採択を重ね、侵略行為に声を上げ続ける。拒否権を行使するロシアに理由説明を求めるウェナウェザーのイニシアチブと併せ、平和の旗手として行動した。

「国連は憲章の起草者たちが夢見た姿に一歩近づいた」とウェナウェザーは言う。「大国が牛耳る安保理が動けないのなら、中小国が大多数を占める総会が行動する。われわれの取り組みは国連機関のバランスを大きく変えた」と胸を張った。

さらに〈「世界の警察官」の座を降りたアメリカの「ギブアップ宣言」がもたらしたもの…なぜアメリカは「唯一の超大国」ではなくなったのか〉では、アメリカが「世界の警察官」を辞めることになった経緯や、それによる国際秩序の混乱について詳しく見ていく。

【つづきを読む】「世界の警察官」の座を降りたアメリカの「ギブアップ宣言」がもたらしたもの…なぜアメリカは「唯一の超大国」ではなくなったのか