普通の小学生だった加藤清史郎(撮影:石井隼人)

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テレビCM“こども店長”から早10年。立派に成長した俳優の加藤清史郎(18)は、高校3年間をイギリス・ロンドンで過ごし、今年4月から日本の大学に進学した。仕事と学業の両立を選んだ理由とともに、一躍ブレイクした“こども店長”時代を振り返る。

【写真】7年ぶり主演映画 「#ハンド全力」のワンシーン

大学では芸術系の分野を学ぶ。「大学進学を選んだ理由も、今後自分が俳優として生きていくために必要な知識や知恵を蓄えて、何かしらの形で仕事に活かすことができればと思ったからです」と俳優としての修業期間と捉えている。

大学進学を後押ししたのは、高校3年間のロンドン語学留学での経験だ。実際に見て触れることで異文化理解も深まり、体験して学ぶことの大切さを知った。「多くのことを知っておくのはすごく大事なこと。知っていれば知識を出す、出さないという選択ができるけれど、知らなければその選択さえできません。知らないものを想像する力も必要だけれど、お芝居や役に対する理解や質も、知識のあるなしで大きく変わってくる」。

“こども店長”で一躍注目を集めたのは、子役時代の8歳のとき。街中で「店長!」と声をかけられることもあったという。しかし本人としては「大ブレイクしたという感覚はあまりなくて。当時から『ブレイクしてどうなりましたか?』『周りの友達の反応は?』と聞いていただくこともありましたが、学校にも普通に通っていましたし、みんなと同じように学校生活を送っていました」と振り返る。

多忙に浮足立たなかったのは周囲の理解も大きい。「僕が仕事に行くのは、放課後にみんなが野球チームに行くのと一緒。テレビに出るという特殊な面はあるけれど、習い事としてやりたいことをやっているだけ。クラスメートはそんな感覚で理解してくれていたので、僕としても本当にごく普通の小学生という感覚でした」と特別視されることはなかった。

芸能デビューは1歳1ヶ月というベテランの域。思い出作りから始めた俳優業も今では天職だ。7年ぶりの主演映画『#ハンド全力』が7月31日に全国公開される。「子供の頃の夢は忍者かプロ野球選手か警察官。役者をやっていたらそれが全部できる。『忍たま』で早々に忍者の夢も叶えられました。朝も早くて辛い撮影もありますが、それを優に超える面白味がある。俳優として仕事は『楽しい!』の一言です」。“こども店長”も今は昔。しかし新鮮な気持ちは今も変わらない。

(まいどなニュース特約・石井 隼人)