正月には「餅を喉に詰まらせる」という事故が必ずニュースになる。まわりでそんな事故が起きたらどうすればいいか。麻酔科医の筒井冨美氏は「窒息死は、高齢者だけでなく、子供にも多い。背部叩打(こうだ)法や腹部突き上げ法(ハイムリッヒ法)といった対処法を覚えておくといい」という――。
写真=iStock.com/yasuhiroamano
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/yasuhiroamano

■もし、家族が「餅を喉に詰まらせたら」どうすればいいのか

令和2(2020)年の元旦を迎えた。

この正月三が日は家族だけでなく、ふだんはあまり交流のない親戚の高齢者や子供と宴席を共にすることもあるだろう。そして、そんなおめでたい日に、こんなニュースが飛び込んでくる。「××さんが餅を喉に詰まらせて亡くなりました」。

お正月にはこうしたニュースが必ず流れる。筆者は医師として、そんな悲劇をどうか回避してほしいと思う。

人間の口は「飲食物を食道から胃」「空気を気管から肺(このルートを『気道』と呼ぶ)」に送る共通の入口であり、健康な成人ならば喉頭蓋(こうとうがい)というふたで2つのルートは交通整理されている。しかしながら、特に高齢者は喉頭蓋の反射が弱く、気道に食物を迷入(誤嚥)させて窒息しやすいのだ。

「異物による窒息」といえば高齢者のイメージが強いが、1〜14歳の日本人の死因トップは「不慮の事故」であり、そのうちトップ3は「窒息」「交通事故」「溺水」である(消費者庁「子供の事故防止に関する関係府省長会議」平成29年度)。

宴席では子供向けではない料理も並ぶだろうし、親の目の届かないところで口にする可能性も高いので、注意をしてほしい。

また2019年4月、「女性ユーチューバーが赤飯おにぎり早食いを生配信中に倒れて死亡する」という事件があった。女性は40代で、気道異物や窒息死のリスクは全世代に共通点するといっていいだろう。

では、お正月に食物を喉に詰まらせてしまった人に遭遇した時、一般人でも可能な応急処置について、日本医師会のウェブサイトなどを参考にしてまとめてみた。

■「餅で窒息したら掃除機で吸引すればよい」は本当か

1:咳をさせる

食事の最中、急に喉を抑えて苦しがる人を見かけた時、意識があるようならば「咳をして!」と声をかけてみる。強制的に咳をすることでポロッと異物が取れることがある。突然の窒息で気が動転している患者も、この声かけで冷静に対応できる可能性が高い。

2:背部叩打(こうだ)法

1と同時に、気道の異物除去法として最もポピュラーなのが「背部叩打(こうだ)法」である(図表1参照)。うつむき加減にした患者の背中を布団叩きのような勢いでバンバン叩くのである。青アザが残りかねないぐらい叩くほうが、異物がポロッと取れやすい。

背部叩打(こうだ)法と腹部突き上げ法(ハイムリッヒ法)の解説(ウェブページ「日本医師会 救急蘇生法」より)

3:腹部突き上げ法(ハイムリッヒ法)

「2」でも窒息が解除されない場合は、「腹部突き上げ法(ハイムリッヒ法)」だ(図表1参照)。ぐったりした患者の背中側に立って、ウエストあたりで両手を廻し、利き手をグーにして拳の親指側を「へその上→みぞおち」にスライドさせることで、下からの圧力で異物がポンと取れるように操作するのである。

ただし、ぐったりした大人を抱える操作は非常に力がいるので、力のありそうな男性に任せたい。理想的には複数人で交代したほうがいい。そして、この「3」以上のケースでは、並行して119番通報したほうが無難だろう。

4:「ファイブ アンド ファイブ」

「3」でもダメだった場合、「2」に戻って5回→「3」を5回……と、背部叩打法と腹部突き上げ法を繰り返す方法を、「5アンド5」と呼ぶ。ヨーロッパ蘇生評議会などが推奨している。

5:掃除機で吸引はアリ?

「餅で窒息したら掃除機で吸引すればよい」とはいう人もいるが、医師として推奨はできない。「掃除機を口に入れる不衛生問題」「吸引圧で肺細胞に損傷を与える危険性大」といったリスクがあるからだ。

ただし、窒息物が取れずにドンドン顔色が悪くなる中、「1」〜「4」の効果がなく、救急車が到着していない状況であれば試す価値はあるかもしれない。具体的にはどうやればいいのか。

「1」〜「4」と並行して、掃除機と先端部に差し込む“サッシノズル”を用意する。吸引圧が低い場合には、サッシノズルの吸引口をガムテープなどで一部ふさぐことで吸引口の面積を小さくすれば、吸引圧を上げることができる。そして、舌や粘膜を吸い込まないよう、「ノズルを喉の奥に挿入してからスイッチを押す」のがコツだ。

ただし、この応急処置の目標は、呼吸であって異物除去ではない。異物除去に熱中して無呼吸状態が5分以上続くことは本末転倒である。掃除機による吸引を試しても手におえそうにない場合には、深追いせず1〜2分で中止すべきである。

■喉をのぞいてトングや箸などで引っ張り出せることも

6:直接取る

写真=筆者
筆者の筒井冨美氏がこの記事のために、長男が喉にものを詰まらせたという想定で、箸とスプーンを使用して異物除去のシミュレーションをしているところ。 - 写真=筆者

例えば、しゃぶしゃぶ肉などは、喉をのぞいてトングや箸などで引っ張り出すと、あっさり取れることがある。患者を仰向けにした時、高めの枕を入れると喉の奥が見えやすい。舌が邪魔ならば、大きなスプーンを用いて(右利きの場合)左手で左上方に圧排して、右手で箸やトングを持って操作する(写真参照)。喉の奥がよく見えない場合には、助手役の人にスマホのバッテリーライトなどで照らしてもらうと見やすくなる。

掃除機と同様に、1〜2分試しても手におえないようならば深追いせず、速やかに呼吸確保に戻るべきである。

7:心臓マッサージ(胸骨圧迫法)

「1」〜「6」を試しても窒息が解除されず、患者の顔色は悪く、意識も遠のいてきた。こんな場合は心臓マッサージである。

胸骨(両乳首の中間あたり)を1分間に100〜120回、力いっぱい圧迫するのだ。まれにマッサージで肋骨が折れることもあるが、窒息死よりはマシなので、思い切って体重を載せて圧迫すべきである。5分もやればグッタリくるので、複数名での交代が望ましい。胸骨を圧迫すれば肺も動くので、心臓マッサージ単独でも多少の酸素取り込みが期待できる。

心臓マッサージに余裕があれば、「心臓マッサージ30回→人口呼吸2回→心臓マッサージ……」と、心臓30回ごとに人口呼吸を2回挟む方法が、一般的には推奨されている。

しかし「マウス・トゥ・マウス」の人口呼吸に自信がなければ、救急車の到着まで心臓マッサージを続ければ、一般人の応急処置としては合格である。

なお、最近では掃除機に接続できる専用の吸引フラットノズルといった、喉に食物・異物が詰まって取れない時の応急処置として利用するための「専用商品」も販売されている。

本当に役立つかどうかは自己責任だが、高齢者のいる家庭では保険として1本買っておくのも悪くない。アテにはしないほうがいいだろう。

また、誤嚥対策の王道は応急処置よりも「高齢者の食材は小さく切る」 「寝転がって物を食べない」 「早食い・大食いなど食物で遊ぶのは厳禁」などの予防が重要である。子供達へもマナーのみならず、安全という意味でも食育を心がけたい。

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筒井 冨美(つつい・ふみ)
フリーランス麻酔科医、医学博士
地方の非医師家庭に生まれ、国立大学を卒業。米国留学、医大講師を経て、2007年より「特定の職場を持たないフリーランス医師」に転身。本業の傍ら、12年から「ドクターX〜外科医・大門未知子〜」など医療ドラマの制作協力や執筆活動も行う。近著に「フリーランス女医が教える「名医」と「迷医」の見分け方」(宝島社)、「フリーランス女医は見た 医者の稼ぎ方」(光文社新書)
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(フリーランス麻酔科医、医学博士 筒井 冨美)