「全国24の競艇場を、100万円ずつ持って巡るのが俺の夢」。そう語る夫・梅沢富美男さんに、妻・池田明子さんは「行ったほうがいいよ!」と背中を押します。かつて父の「愛人への送金」を担い、夫の「80回の浮気」をやり過ごし、実家の巨額な負債さえも飲み込んできた。そんな激動の歳月を経て辿り着いたのは、相手を正論で裁かない「白黒つけない」という覚悟でした。終活よりも、今の雑談を。正しさよりも、自分の平穏を。波乱万丈な人生を「面白がる」ことで自分のものにしてきた池田さんが語る、熟年夫婦の「グレーを受け入れる幸せ」の正体とは。

【写真】「愛人への送金」を頼んだ父と「浮気80回」の夫…ふたりの男性と過ごした半生(全11枚)

娘の独立後、還暦で「合宿免許」へ

2006年に設立した植物療法スクールではみずから教壇に立っている

── 結婚36年目。2人の娘さんもすでに独立され、夫婦2人きりの暮らしになったそうですね。

池田さん:一昨年の5月に次女がひとり暮らしを始めてからは、私たち2人になりました。とはいえ、夫の事務所も近く、我が家にはいろんな人が訪れるので寂しくはありません。夜遅くに、ようやく2人きりになるという感じですね。

── 2人になって、生活に変化はありましたか?

池田さん:60歳を過ぎてから、若い人に混じって免許合宿に参加し、車の免許を取りました。次女がいたころは、お酒を飲む夫の送り迎えを彼女がしてくれていたんです。次女が家を出てからは「今度は私が運転をしよう」と思って。今は父のお墓参りや仕事の往復でも運転しています。

「解決策はいらない」。夫が求めていたのは雑談だった

── 2人きりの時間が増えて、あらためて感じたことはありますか?

池田さん:パートナーシップで重要なのは、「雑談」だと思っています。必要なことしか話さない関係は、どこか冷たいでしょう?夫は早く寝てしまいますが、ご飯を食べながら「あぁだ、こうだ」と他愛のない話をする。昨日も選挙の話を2人でしていました。

── 意見が合わなくてギクシャクすることはないですか?

池田さん:実は以前から、夫に「明子はすぐ人の話の腰を折る」とよく言われていました。夫が「今日は大変だった」と言うと、私も良かれと思って「じゃあ、こうすればいいじゃないの」と解決策を言ってしまう。でも夫は「大変だったね」とただ共感してほしいだけだったんですよね。

── 変わったきっかけは何だったのでしょうか?

池田さん:夫との関係や仕事のストレスを改善するために心理学を勉強するようになってからは、アドバイスを求められない限り言わないように意識しています。すると、雑談が続くようになりました。でもスキルではなく、人間性がにじみ出るものなので、これ結構難しいです。

夫の更年期に、アロマで「触れる」ケアを

池田さんの誕生日に夫の梅沢富美男さんと

── 長い夫婦生活のなかで、梅沢さんが男性更年期の症状に悩まされたこともあったそうですね。

池田さん:夫が50代のころなんですが、あの賑やかな人が、すごくイライラしてしまったり人に当たり始めて。自分でもその変化に気づき、「もしかしたら脳に問題があるのかもしれない…」と。病院が大嫌いなのに、夫みずからMRIを撮りに行っていましたが、「異常なし」。

私は夫の症状を知って、最初は「あなたの性格の問題なんじゃないの~?」と笑いながら言っていましたが、「これは更年期症状なのでは?」と次第に思いはじめました。私は植物療法の学校を運営しているので、ハーブやアロマを使ったハンドマッサージをしたりして、伝統医学の視点からケアしていましたね。

── その経験は、今のお2人の関係にも影響していますか?

池田さん:今でも夫に「触れる」というのは意識しています。年を取ってしまうと、昔みたいに触れ合うこともあまりしなくなってくるものですよね。ハンドマッサージだけでなく、「おはよう~」と言ってハグしたり、「大丈夫?」と言って肩を少しマッサージしたり。神経やホルモンの面からも、触れ合うことの効果は検証されていますからね。

「2400万円で競艇場を巡る」夫の夢を推す理由

── 熟年夫婦として、これからどのように過ごしていきたいですか?

池田さん:同居していた母の希望もあり、「近くにお墓が欲しい」と都霊園の募集に応募しました。でも、これがなかなか当たらないんですよね(笑)。懲りずに応募を続けて12年目で当選しました。夫の希望だった「五輪塔」のお墓が、もうあります。

── 終活に力を入れているんですね。

池田さん:とはいえ、まだそこまで完璧にやっているわけではありません。夫はお金の計算など経済的なことが不得意なものですから、そうした面は娘たちのために少し整えているくらいですね。

でも私は終活の前に、自分たちができるときに好きなことをやっておいたほうがいいと思っているんですよ。夫はギャンブルが好きで、「『全国に24ある競艇場すべてを、100万円ずつ持って回る』のが、俺の唯一の希望なんだ!」と言うんです。ちょうど昨日もそんな話をするものですから、「行ったほうがいいよ!」って話したんです。

── ギャンブルに2400万円を使うのにゴーサインを出されたんですか?

池田さん:もう75歳ですし、いつまで元気にいられるかわからないじゃないですか。夫は「休みは取れないし…」といざとなると腰が重いのですが、私は「一気に回らなくても1箇所ずつ予定を入れたらいいじゃない!」「行けるよ!」とプッシュし続けています(笑)。   

── 池田さんとしては、たとえそれがギャンブルだったとしても、身体が元気なうちに、やりたいことをやろうっていうスタンスなんですね。

池田さん:そうなんです。終活もそうですけど、やっぱりいつどうなるかわからない歳ですし、楽しいことは楽しいうちにやったほうがいいと思って。

── 熟年夫婦としての理想像はありますか?

池田さん:相手との生活を幸せに感じることもあれば、ムッとすることもいろいろあります。そのときにあまり我慢せず、でも相手にぶつけるよりも一拍置いて自分がどう感じているか、自分の感情をしっかりと受け入れてみながら、やっていきたいですね。

夫の女癖に悩まされたこともありましたが、浮気されたことを根に持って責め続けたり、折に触れ「あなたは間違っている!」「私は絶対に正しい!」と夫婦間で白黒つけたりするのではなく、「グレーでも、まあいいか!」とそんな気持ちでいたいです。落ち着いて考えれば、悪い面ばかりではなく、良い面もあると気づくこともありますから。

「競艇場を回るのが夢」と語る夫に、「行ったほうがいいよ!」と背中を押す。それは、波乱の歳月を共に生き抜き、相手の「業」さえも自分の人生の一部として取り込んできた、池田さんなりの覚悟の形です。

相手の非を正し、白黒つけることだけが解決ではない。あえて「グレーのまま」で自分の平穏を保ち、今日を慈しむ。そのしなやかな境界線が、人生の後半をどれほど自由にするかを、彼女の姿が教えてくれています。

取材・文:石野志帆 写真:池田明子