中国と北朝鮮の国境には、陸続きになっている部分がある。中国人や韓国人の団体は、そこで北朝鮮側に缶詰を投げ、農民が拾いにくるのを眺める“人間サファリツアー”を楽しんでいるという。朝日新聞国際報道部の峯村健司記者が取材した--。

※本稿は、峯村健司『潜入中国 厳戒現場に迫った特派員の2000日』(朝日新書)の一部を再編集したものです。

写真=AFP/時事通信フォト
北朝鮮と接する中国遼寧省丹東の郊外から見た、北朝鮮の水田地帯での田植え風景=2009年5月27日 - 写真=AFP/時事通信フォト

■大国・中国が「強く出られない」理由

「鴨緑江にミサイルをぶち込むぞ!」

北京で2008年初めに開かれた中朝の当局者会議で、北朝鮮代表が突然、立ち上がってこう叫んだ。

出席した中国側関係者は会議のやりとりを詳しく話してくれた。

「中朝国境を流れる鴨緑江にある、水豊水力発電所の電力の配分をめぐる会合の席でした。北朝鮮側が突然、自分たちへの供給量を増やすように求めてきました。我々が難色を示したところ、北朝鮮側が激怒したのです。結局、我が国が北朝鮮側の要求を受け入れることで妥協しました」

国家間の交渉に限らず、民間のビジネス上でも引き起こすトラブルが後を絶たなかった。

吉林省政府当局者は私にこう証言する。

「2008年だけで北朝鮮に向かった2000〜3000両の中国の貨車が返されないまま、北朝鮮国内で使われています。ただ、北朝鮮側を怒らせると何をするかわからないから抗議できないのです」

中国はなぜ圧倒的な国力の差がありながら、北朝鮮に強く出られないのだろうか。

北朝鮮に詳しい中国共産党関係者は、

「我々が最も恐れるのが、北朝鮮の体制が揺らぐことです。あまり圧力をかけ過ぎると崩壊しかねない。高いコストを払ってでも朝鮮半島の現状を維持するのが中国の国益に最もかなうからだ」

と説明する。

■2009年「北朝鮮の経済体制は全面的に崩壊しつつある」

中国当局は、中国商人による「スパイネットワーク」で集められた内部情報などを分析し、北朝鮮の経済状況に危機感を抱いていた。

「北朝鮮の経済体制は全面的に崩壊しつつあり、警戒する必要がある」

中国共産党は2009年12月16日、北京で政府系研究機関の研究者や当局者を集めた内部検討会議を開き、悪化する北朝鮮の経済状況を集中的に議論した。参加した関係者は会議の分析結果についてこう語る。

「北朝鮮は核実験による国連安全保障理事会の制裁の影響で、物資が不足して深刻なインフレに陥りました。さらに09年11月末に実施したデノミネーション(通貨単位の切り下げ)によって、リスクを恐れた外国企業が北朝鮮との貿易を取りやめたため、さらに悪化したのです。新通貨との交換に限度額が設定されたことで私財を失った富裕層からの不満も高まっており、混乱に陥る恐れがあるという判断でした」

この時、金正日は、三男の正恩への権力継承を進めていたが、会議ではこのままの経済状況がつづけば円滑に継承できない可能性についても指摘された。

中国が1970年代末から始めた改革開放政策は、ベトナムではドイモイ(刷新)として導入されたが、北朝鮮は一貫してこれに批判的だった。金正日は1983年に訪中し、その帰国後、中国の経済政策を批判していたことが知られている。

■大量の脱北者流入は社会不安につながる

中国共産党の対北朝鮮政策ブレーンの一人、張園鵝γ羆党校国際戦略研究所教授は私の取材に対して、北朝鮮の経済政策について次のように批判する。

「北朝鮮が本気で開放政策を導入する気はないでしょう。国連安保理の制裁によって足りなくなった外貨を一時的に補うのが目的です。集めた資金は新たな核兵器やミサイルの開発にあてる可能性すらあります。しかし、北朝鮮の安全を本当に保障するのは核兵器ではありません。改革開放によって自国の経済を発展させることで、国民の支持を得ることだけなのです」

にもかかわらず、中国が北朝鮮に対して強硬姿勢に出られないのは、先に述べたように、北朝鮮が不安定になることを恐れているからだ。

広がる格差や官僚の腐敗が深刻化する中国では、じつは、警察施設への襲撃や暴動が後を絶たない。隣国の経済危機が深刻になり、大量の脱北者が流入すれば、社会不安につながったり中国人の不満が爆発するきっかけにもなったりしかねない。むしろ崩壊しない程度に援助を続け、共同経済開発などを通じて、地下資源を取り込むほうが得策、と考えているようだ。

こうした北朝鮮国内の実態をこの目で見たい。その思いから私は中国側から最も北朝鮮領に接近できる、ある地点を訪問した。

■「ルールはあってないようなもの」国境を流れる川

2011年5月中旬、北朝鮮と接する遼寧省丹東市を訪れた。案内してくれた地元の中国人の船に乗せてもらい、国境を流れる鴨緑江を下った。川面をなでた涼しい風がすっと鼻先をかすめた。北京の排ガスをたっぷり含んだ空気にさらされている肺が、きれいになっていくような気がした。

最初に向かったのが、中州に浮かぶ北朝鮮領の威化島だ。12平方キロほどの小島で、中朝両国が共同開発することで合意したばかりだ。川べりには、水遊びをする子どもや髪を洗う女性らに交じって、等間隔で兵士が並んで中国側の様子を監視していた。

望遠レンズのついたカメラのファインダー越しに、自動小銃を肩にかけた2人の男性兵士と目が合った。距離はわずか十数メートル。2人とも色黒で、背は150センチちょっとに見えた。軍隊ですら栄養不足が深刻なのかもしれない。

2人の表情がこわばり、右腕が動いた。銃を構えるようなそぶりをした。夢中でシャッターを押しつつも、船頭に全速で逃げるように頼んだ。

兵士の姿が小さく見えるところまで離れ、ようやく我に返った。その前日に丹東市の当局者に聞いた忠告を思い出した。

「鴨緑江の水面は両国共用で、相手国側に上陸したりスパイ行為をしたりしなければ違法行為にはなりません。ただ、密輸や脱北のために川を越えようとした人が、北朝鮮の兵士に射殺される事件が後を絶ちません。ある意味でルールはあってないようなものです。気をつけてください」

兵士たちの表情からはただならぬ緊張感を感じた。汗が背中をしたたり落ちていくのを感じた。

■骨が浮いた牛が、土を耕す農村風景

途中で乗用車に乗り換え、鴨緑江沿いに車を南に数十分走らせると、高さ3メートルほどの鉄条網が張り巡らされているのが見えた。鴨緑江を国境線に東岸が北朝鮮、西岸が中国に分かれている。ところが、河口の西岸の一部だけ北朝鮮領となっているため、中朝が陸続きになっているのだ。

鉄条網の向こう側一面に広がる田んぼでは、ほころびた灰色の作業服を着た男女が鎌を片手に草刈りをしている。骨が浮かび上がった牛が、ゆっくりと歩きながら土を耕している。映画で見た戦前の日本の農村風景を思い出す。

とはいえ、生産性が高そうには到底見えない。北朝鮮の食糧事情は2011年春に入ってから悪化しており、穀物は必要量の半分にしか達していないという。

知人は鉄条網の脇に車を止めた。

「ここで降りて、向こう側に見えるように、煙がよく立ちのぼるようにたばこをふかしてくれ」

言われた通りに、私はたばこをゆっくりと吸い始めた。

しばらくすると、鉄条網の向こう側から濃緑の軍服を着た男性兵士がこちらに近づいてきた。丸刈りで身長150センチほど。どう見ても10代にしか見えない。左胸には金日成バッジをつけている。

■16歳の兵士は、たばこをうれしそうに受け取った

たばこを求めてきたので、鉄条網越しに1本手渡し、声をかけた。

--何歳ですか。

「16歳です」

--少しやせているように見えますが。

「(苦笑いしながら)毎日鍛えているからですよ」

--こちらでの食糧事情はどうですか。

「最近はだいぶ良くなってきました」

--1日何食ですか。

「2食と決まっています」

--日本から来ました。日本についてはどのような印象を持っていますか。

「(しばらく無言で)ちょっとわかりません。そろそろ持ち場に帰らないといけないので」

立ち去ろうとする兵士に、案内役の知人がたばこ1箱を渡すと、うれしそうに受け取って、足早に監視小屋の方に戻って行った。その笑顔は兵士というよりは、あどけない少年そのものだった。

「以前は、中国との国境近くには背の高い屈強な兵士を配置していたんだ。それが今ではああいう少年兵が増えた。兵士たちがダムやビルの建設にかり出されて、こちらまで回す余裕がないのだろう」

■“人間サファリツアー”をする観光客

さらに知人は続ける。

「最近、中国人や韓国人の団体がこのあたりまで来て、鉄条網越しに缶詰やインスタント食品を投げて、北朝鮮の農民たちが拾いに来るのを楽しんでいる。『人間サファリツアー』とか呼んでいる連中もいるんだ」

知人は怒りを抑えるように説明してくれた。同じ民族であり親族を北朝鮮内に残している状況を考えると、彼らが見せ物のような扱いを受けていることが許せないのだろう。

やるせない思いを抱えたまま、再び船に乗り、戦時中に日本が建設した中国と北朝鮮を結ぶ「中朝友誼橋」を目指した。

全長946メートルで鉄道と道路が並行している。金正日が訪中する際に特別列車がこの橋沿いを通る。橋のすぐ隣には半壊された「断橋」が見える。1950年に始まった朝鮮戦争で、北朝鮮を軍事支援していた中国との補給路を断つため米軍が爆撃したものだ。

残された橋げたの向こうの北朝鮮側には、不釣り合いな観覧車が見えた。川べりには遊園地のほか、ホテルや集合住宅なども見える。

■昔は中国人が「対岸」に憧れていた

不思議そうにしている私を見た知人が口を開いた。

「信じられないと思うが、昔は中国人が向こう岸を憧れのまなざしで見つめていたんだよ。1950年代から60年代にかけて起きた大飢饉(ききん)や文化大革命の影響で、中国経済は大きく混乱していたからだ。多くの中国人が川を渡って、比較的豊かだった北朝鮮側に逃げたんだ。まさに『脱中者』さ。だが、中国が1980年代に入り、改革開放政策によって急成長を遂げると、人や物の流れは逆になり、中国側に脱北者がやって来るようになり、中国が北朝鮮の地下資源も輸入するようになった。そのころから北朝鮮は遊園地やホテルを建て、わざわざ中国側に見えるように華やかな結婚式を開き、夜になると、対岸と張り合うようにライトアップするようになったというわけさ」

峯村健司『潜入中国 厳戒現場に迫った特派員の2000日』(朝日新書)

まさに中朝両国の歴史を象徴するような場所なのだ。

ところが、北朝鮮で電力不足が深刻になった最近、この状況は変わった。ネオンが鮮やかな中国側とは対照的に暗闇が広がる。

「ここ数年、国境から北朝鮮を眺めているだけでもエネルギーと食糧事情が悪くなっているのがよくわかるよ。もう虚栄を張る元気すら残っていないのだろうな。脱北者も増えるばかりだ」

こう知人はため息交じりに嘆いた。

中国との国境沿いは、平壌と同じく北朝鮮の「ショールーム」と呼ばれている。外国に見せるために豪華な建物や施設が優先的に建てられているからだ。そこですら電力不足や食糧難が深刻になっていた。

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峯村 健司(みねむら・けんじ)
朝日新聞国際報道部記者
1997年入社。中国総局員(北京勤務)、 ハーバード大学フェアバンクセンター中国研究所客員研究員などを経て、アメリカ総局員(ワシントン勤務)。優れた報道で国際理解 に貢献したジャーナリストに贈られるボーン・上田記念国際記者賞受賞(2010年度)。著書に『十三億分の一の男 中国皇帝を巡る人類最大の権力闘争』(改題した文庫『宿命 習近平闘争秘史』)など。
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(朝日新聞国際報道部記者 峯村 健司)