がんを予防する方法はあるのか。放射線治療専門医であり、自身も膀胱がんを患った中川恵一さん(東京大学医学部附属病院放射線治療部門 顧問・病院診療医)は、「運動ががんの予防や再発防止に有効であることは、いまや医学界では常識です」と断言する。特別なプログラムもスポーツジムに通う必要もない、誰でもすぐに始められる運動方法を聞いた――。(聞き手・構成=ジャーナリスト・亀井洋志)

■先進国でがん死亡率が上昇しているのは日本だけ

日本人の死因のトップが、がんであることはよく知られている。男性の2人に1人、女性の3人に1人ががんに罹っている。

中川恵一さんがこう指摘する。

「実は、先進国のなかでがん死亡率が上昇しているのは日本くらいです。超高齢化社会という理由だけではなく、喫煙、アルコールなどの習慣、がん検診の受診率が低いことなどが挙げられます。そして、見落とされがちなのが運動不足なのです」

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放射線治療専門医の中川恵一さん。自身も膀胱がんの闘病経験を持つ。45歳から運動を始め、日本人の運動不足に警鐘を鳴らしている - 撮影=プレジデントオンライン編集部

日本の厚生労働省は、1回30分以上の運動を週2日以上行うことを推奨している。しかし、これではまだまだ足りないようだ。中川さんが続ける。

「あまりハードルを上げると誰も運動しなくなってしまうから、低めに設定しているのです。WHO(世界保健機構)や欧米諸国のガイドラインでは、1回30分以上、週5日以上の運動を推奨しています。これが世界標準ですから、日本は全然足りません」

このことは、大規模な研究からも明らかになっている。2016年に米国立がん研究所や米がん協会などの研究チームが、144万人を対象にした分析だ。ウォーキングやランニング、水泳などの有酸素運動を週5日以上行っている人は、ほとんど運動しない人に比べ、がんの発症リスクが平均20%低下することが明らかになった。

■運動で死亡率が40〜50%改善するがんも

がんの部位ごとの低減率は次の通り。

肝臓がん27%、肺がん26%、腎臓がん23%、胃がん(噴門部)22%、子宮体がん21%、骨髄性白血病20%、骨肉腫17%、結腸がん16%、頭頚部がん15%、直腸がん13%、膀胱がん13%、乳がん10%――などとなっている。

注目すべきなのは、運動による発がんリスクの低減効果は肥満度(BMI)や喫煙歴に関わらず認められ、運動そのものが独立してがん予防に寄与していることだ。

「この研究では、がん予防だけでなく、がん患者の生存率を改善する効果も示されました。現在は、放射線治療や薬物療法(抗がん剤治療)では通院が主流になっています。働きながら治療を続けている人も多いのです。がんになっても、積極的に運動や筋トレを行うべきです。

運動は基本的にどの部位のがんでも有効と考えられていますが、大腸がん、乳がん、前立腺がんの死亡率を40〜50%改善することがわかっています。つまり、がんの再発予防や、がんの進行を抑える効果も期待できるのです」

■がん運動療法のメカニズムはまだ解明途上

がん治療中の運動に効果があるとすれば「がん運動療法」とも呼べそうだ。ただ、運動によるがん予防・再発防止のメカニズムは、完全に解明されているわけではないという。

「大腸がんの場合は運動によって消化管の活動が活発化して便通がよくなることが考えられます。これによって、便に含まれる発がん物質が大腸にとどまる時間が短くなるのが理由の一つと考えられます」

大腸がんは現在日本で一番多いから、意義深い話だ。言うまでもなく、運動はがんだけではなく糖尿病や高血圧など生活習慣病の予防にもなる。

「私は毎朝、出勤前に有酸素運動と筋力トレーニングで汗を流しています。まず、30分間ジョギングします。私の場合は、走り(ダッシュ)と歩きを交互に行うインターバル走を取り入れていますが、ジョギングだけでもいいし、走るのがきついという人はウォーキングでも構いません」

有酸素運動だけではなく、筋力トレを併せて行うとより効果的だという。

17年にシドニー大学の研究チームが発表した研究によると、30歳以上の英国人を対象にした調査では、週2回以上の筋トレを行っている人は、全死因による死亡リスクが23%低く、がんによる死亡リスクは31%も低いことが明らかになった。

「筋肉を収縮することによって分泌されるマイオカインというホルモンに、がん予防効果があるという見方が有力になっているのです」

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毎朝、出勤前に約1時間の筋トレで汗を流す中川さん。おすすめは腕立て伏せ、スクワット、フロントブリッジで、自宅でも手軽にできる - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■有酸素運動だけでなく筋トレを組み合わせる

ここで重要なポイントは、スポーツジムの高価な器具を使わなくても、腕立て伏せやスクワットなどの自重トレーニングで十分な効果が認められたことである。

では、中川さんが実施しているトレーニングのメニューについて聞いてみよう。

「お勧めしたいのは、腕立て伏せ、スクワット、フロントブリッジです。これで、上半身と下半身、体幹部を鍛えることができます」

腕立て伏せは30回くらい、スクワットは10〜20回、フロントブリッジはうつぶせの状態で両肘とつま先を床に付き、体幹を真っ直ぐに保つトレーニングだ。この状態で30秒〜1分くらい静止するという。

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※写真はイメージです。 - 写真=iStock.com/west

「運動が習慣化すると、毎日やらないと気持ちが悪くなるものです。洗顔や歯磨きをしないのと同じ感覚になります」

仕事などで忙しく、どうしても週5日以上の運動時間が取れないという人は、週1日、2日でもまったくやらないよりはいいはず。この場合、中川さんは「VILPA(強度が高い断続的な日常生活の動作)」を心がけるといいという。

例えば、通勤・通学は速足で歩く、エスカレーターやエレベーターではなく階段を使う、重い荷物を持ち歩く、拭き掃除など負荷のかかる家事をするなど、日常生活の中でややきつい身体活動を行うだけでも効果はある。

■貧乏ゆすりは「人間の本能」

中川さんが運動を始めたのは、45歳の時からだ。特にきっかけはなく、「本能的に」運動したいと思ったという。

「私は本能が大切だと思っています。例えば、日本人は世界で最も長時間座る傾向にあります。長く座っていると筋肉のエネルギー代謝や血行の低下を招き、がん死亡リスクを8割ほど増やすといわれています。ですから、実は喫煙以上に健康を害するのです。

長時間座っていると、無意識のうちに貧乏ゆすりをしてしまう人が少なくないでしょう。あれは、下半身で最も大きな筋肉である大腿四頭筋を動かして血行を改善しようとしているのです。座り過ぎの弊害を避けるために本能的に運動しているのであって、貧乏ゆすりは“健康ゆすり”なのです」

気をつけたいのは、運動のやり過ぎは逆効果だということ。

22年に発表された、早稲田大学と東北大学、九州大学の共同研究グループの分析によれば、筋トレを週30〜60分程度行っている人は、がんの予防効果や全死亡リスクが、全くしていない人に比べて10〜20%減少した。反面、筋トレの時間が長くなればなるほどいいわけではなく、週130分を超えると逆効果になることがわかった。個人差はあるだろうが、やはりオーバーワークは禁物だ。

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現代の医療では、早期のがんの9割以上が完治可能だ。だが、深刻な運動不足が日本人のがん死亡率を上げていると中川さんは指摘する - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■自ら検査して腫瘍を見つけた

また、この研究では、がんなどの死亡・疾病リスクが筋トレだけだと約15%減少、ジョギングなど有酸素運動だけだと約25%減少、筋トレ+有酸素運動を組み合わせると約40%減少することも示された。

中川さん自身も18年、早期の膀胱がんが見つかっている(何と、自らエコー検査を使って15mm程度の腫瘍を発見)。内視鏡手術で切除したが、入院期間は1週間程度で薬物療法は不要だった。入院期間中を除いて運動を欠かさず続けていることが、再発防止につながっていると実感している。

「もし発見が遅れて、がんが膀胱の筋肉層まで及んでいたら、膀胱全摘手術を受けることになっていたでしょう。リンパ節や肝臓など他臓器への転移する可能性もあるので、化学療法も組み合わせる必要があったはずです。早期のがんなら9割以上が完治します。ですから、やはり早期発見がカギになります。

例えば、乳がんはセルフチェックできます。固形がんは硬いという特徴があります。細胞分裂の速度が速いから、細胞が密になって硬くなるので、自己触診でもわかります。皮膚がんの一種であるメラノーマ(悪性黒色腫)は足の裏にできやすい。いままでなかった、ホクロのようなものを見つけたら、すぐに病院で受診すべきです」

■「要精密検査」を無視してはいけない

基本は、市区町村が実施している住民健診(特定健診・がん検診)を定期的に受けることが肝要だという。がん検診は自治体によっては無料で受けられるし、高くても数千円程度。だが、日本のがん検診の受診率は30〜40%程度で、先進国の間では最低水準だ。

中川さんが警鐘を鳴らす。

「この検診受診率の低さが、欧米では減っているがんの死亡数が、日本で増えている理由の一つです。がん検診は有効性が科学的にはっきりしているから、健康増進法に基づいて税金が投入されているのです。ぜひ、定期的に受けていただきたい。検診でわかるがんの多くは早期のものです。検診で『要精密検査』という結果が出たら、早めに見つけるためにも必ず精密検査を受けて下さい」

がんを予防し、がん死亡を減らすために何が必要なのか。日本の医療技術は飛躍的に向上しているのかもしれないが、臨床の現場だけではなく、一般の市民でもできることの周知など「啓蒙活動」はまだまだ発展途上といえそうだ。

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亀井 洋志(かめい・ひろし)
ジャーナリスト
1967年愛知県生まれ。『週刊文春』『週刊朝日』などの専属記者を経て、現在はフリーランス・ジャーナリスト。著書に『どうして私が「犯人」なのか』(宝島社新書)、『司法崩壊』(WAVE出版)など。
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(ジャーナリスト 亀井 洋志)