"半沢直樹"になれなかった住友銀行の伝説
■“半沢直樹”になれなかった住友銀行の伝説
「タガが外れた男だった」
誰もが熱狂し、身の丈に合わない熱量で突き進んだバブル期、國重惇史は住友銀行の一サラリーマンでありながら、大蔵省や政界、裏社会に深く食い込み、銀行にとっての重要情報を入手する「MOF担」として伝説的存在となった。

イトマン事件では、そのパイプを用いバブル期に溜まった銀行の膿を絞り出し、住銀を闇社会から救った。まさに時代の寵児。自他ともに認める「将来の頭取候補」だった。しかし、女性問題がそのキャリアに終止符を打ち、國重の周りから人が離れていく。バブルの崩壊とともに國重の人生は暗転していった。
「あの國重が失禁するとは」
難病になり1人で暮らすことも困難になった國重の自宅に、20年来付き合いのある著者・児玉博が掃除に通うようになったある日、住銀と平和相互銀行合併の舞台裏を詳述したノートを渡されたことをきっかけに本書は生まれる。
「驚愕の一言だった。金屏風事件とか、合併劇の中での断片的な情報は出ていたが、全体像はずっと闇の中だった」
■「平和相互銀行事件」の姿をなまなましく描く
本書は、そのメモを基にイトマン事件前夜ともいえる「平和相互銀行事件」の姿をなまなましく描く。

「39歳の國重がときに脅し、ときにハッタリをかましながら、大蔵省の事務次官、銀行局長、さらには大臣・竹下登をも動かし、日銀総裁、副総裁、あろうことか検事総長、東京地検特捜部まで動かす。それがすべて住銀のためだった。國重のバンカーとしての記録を残さねばと思った」
児玉はそのメモの丁寧で繊細な筆致を見せながら語る。
「不倫だとか、國重は大胆なエピソードが先行するが、本質は几帳面で真面目な男だ」
それだけに、イトマン事件の決着ともいうべき、イトマンへの「会社更生法」申請を、住銀上層部が土壇場で覆すシーンは、児玉自身、涙なしに書けなかったという。頭取の結論に「不愉快だ」と告げ部屋を飛び出したとき、國重のバンカー人生は終わった。
その後、女性問題を理由に國重は頭取への道を絶たれる。銀行にとって國重の持つ「パイプ」は「たかがそんなもの」。必要ないものだった。
「当時、國重は“半沢直樹”になれなかった。だが今の企業にも國重のような異分子を受け入れる寛容さがあるか。コロナの時代に企業と働く者の関係が改めて問われている。國重のような存在が深呼吸できない社会はとてもさみしい」
バブルの熱狂で輝き、その終焉とともに凋落した國重の物語は、決して懐かしさを掻き立てるだけのものではない。今を生きるわれわれの姿をも映し出す。(文中敬称略)
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1959年生まれ。早稲田大学卒業後、フリーランスとして取材、執筆活動を行う。2016年、第47回大宅壮一ノンフィクション賞(雑誌部門)を受賞(『堤清二 罪と業 最後の「告白」』として単行本化)。
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(プレジデント編集部 田中 健介 撮影=石橋素幸)
