「一人では何もできないくせに」「子どもに面倒を見てもらいたいのか」「親が障害者だとかかわいそう」。

 障害のある人たちが感じる、結婚、出産、そして子育てに関する不安。そして、子どもを持つということ自体への疑問の声。作家の乙武洋匡氏は、「家族や子どもを持ちたいというのは、人生や幸せに直結してくる部分だと思う。だからこそ、障害があってもそこにアクセスできる社会であって欲しいと思う反面、"現実的にどうなるの?"という疑問は、きっと多くの方が思うことだと思う」と話す。

 障害者は子どもを産むべきではないのか、子育てをすることはできないのか。16日放送のAbemaTV『AbemaPrime』が取材した。
 

■"好きな人との子どもが欲しいという気持ちに障害は関係はない"

 東京・大田区に住むシゲルさん(56)は、20代の時から手足の不調を感じるようになり、38歳の時、歩行障害や手の震えなどの症状が出る難病「脊髄小脳変性症」と診断された。当時IT関連のプログラマーとして活躍していたが、病気の進行に伴い44歳で退職。24歳のときには健常者の女性と結婚、3児の父でもあったが、55歳で離婚した。

 シゲルさんの隣で笑顔を見せるアキさん(38)は、0歳で受けた脳腫瘍手術の後、脳性麻痺と診断された。20歳ときから1人暮らしをしながらボランティア活動に従事してきた。

 キャスター付きのイスで移動するシゲルさんと、少しぎこちなさはあるものの支えがなくとも歩くことができるアキさん。半年ほど前に出会い、同棲中だ。掃除に洗濯、食事の準備などヘルパーを使うことなく、支え合っての生活を送っているが、仕事をすることは難しいため、音楽活動をしながら、障害年金で生計を立てている。

 年齢のことも考え、すぐにでも結婚し子どもが欲しいと考えている2人。しかし障害のある身体での出産のリスクには不安がつきまとう。それだけではない。シゲルさんに進行性の病気であることが分かると、アキさんの両親は激しく反対した。「籍を入れたり子どもを産んだりしたら、親子の縁を切るからと言われた」と明かす。

 「障害者を差別してはいけない」と教えてくれた両親の態度にショックを受けたアキさんだが、それでも好きな人との子どもが欲しいという気持ちに障害は関係なく、「障害者でもちゃんと子育てができることをアピールしたい」と話す。「"何でダメなの?"と思う。名前はずっと前から決めている。空が好きなので、男の子だとしても女の子だとしても"空"」。シゲルさんも、「障害があっても幸せな家庭が作れるぞという具体例を伝えたいと思う」と語る。

 障害者の結婚や出産について研究する東京家政大学の田中恵美子准教授は「自然分娩が難しかったり、早期の入院が必要になったりすることもあるし、リスクも伴なうが、今までにも出産の事例はある」とした上で、「やはり家族のサポートが必要だが、親御さんに反対されるケースは多い。それを押し切って結婚する場合は、地域のサポートや制度を使っていくということになる。結婚生活のうちにヘルパーさんとの関係を作っておくことで、育児支援について相談することも可能だと思う。重度訪問介護と居宅介護というサービス形態でも、事業者が限られてはいるが、子どもの沐浴や、場合によっては宿題などの支援もある」と話す。
 

■"相手の両親に「遺伝的なものはないのかな」と言われた"

 実際、障害がありながらも育児に奮闘する家族がいる。

 岡本幸恵さん(33)は、紘太くん(4)と結人くん(1)の2児の母親だ。生まれつき右膝から下がないため、義足を使って生活をしており、右手も小さな指が2本だけだ。

  中学生の時には同級生から嫌がらせを受け、男性不信になった。また、20歳頃、「他の人に比べて幸せになれる可能性が少ない」と父親に言われたという。「辛いというかショックというか。でも、父としても生きてきた経験や背景があって、色々な意味があるのかなと思いながら聞いた。当時、私も自分の中の気持ちと向き合っていた時期だったので、すごく悲しかったというよりは、言葉自体を受け止めたという感じだった」。



 週3日ほど、障害者の自立支援センターで働く。5年前、仕事を通して出会った雅博さんと結婚し、子どもを授かった。「妊娠した時の嬉しかった喜びの中で、これは絶対に出産したいという思いがあった」。しかし、雅博さんの両親に「遺伝的なものはないのかな」とも言われた。「そうなんだ、そう考えるんだなと、思った。でも、喜んではくれていたと思うし、私には何を言われても産みたいという強い思いがあった。子どもが障害を持って生まれてきたとしても、一緒に考えたり、伝えたりすることができるのかなっていうのが2人にあったからこそ、不安や心配はなく出産できたと思う」。生まれてきた子どもたちに、障害はなかった。

 目を赤くして岡本さんの話に耳を傾けていた乙武氏は、「実は僕も同じような経験をした。まさに20歳の誕生日に、"お前に、なんでこんな身体に産んでくれたんだ。と怒鳴られる日が来るのではないかと恐れていた"と父に言われた。僕も岡本さんと一緒で、悲しいとも悔しいとも違って、"そう思わせていたんだ"と感じた。自分ではすごく幸せに生きてきたつもりだし、親を責めるような思いを抱いたことは一度もなかった。ただ、親父がそういう思いで僕を育ててきていたと知って、申し訳なかった。当時の感覚でいえば、障害のある子どもを"産んでしまって"、その子がようやく20歳を迎えたことで、親としてのひとまずの区切りとか、これから先も試練があるだろうとか、色々なことを思っての言葉だったのだろう」と涙を流した。
 

■"どんな障害があっても子育てはできると知ってほしい"

 「細いものは掴めるが、細かい作業が苦手というか難しい部分がある」という岡本さん。しかし、「一人暮らしをした経験もあり、なんでも自分でやってきていたということがあったので、どういったところにサポートが欲しいのかを伝えることができなかった」と、人の手を借りるということに対し、なかなか踏み込めない葛藤があったと話す。

 前出の田中氏によると、日本では特に子育てについて、"親がやるもの"という考え方が根強く、親や身内の中での支援でやりくりしようとする傾向うが強いのだという。

 紘太くんが生まれて1年半くらいは介助を入れずに子育てをしてきたが、今は動き回る子どもの着替えやおむつ交換など、様々な場面でサポートを受けるようになった。ヘルパーさんは平日の朝と夕方、食事の準備や保育園の支度などを手伝ってくれるほか、片道25分かかる保育園への送迎では、岡本さんは電動車いすに乗り、ヘルパーさんがベビーカーを押してくれる。

 「親だけが抱えていくものではないと感じる。私たち夫婦がいて、両親がいて、保育園があって、友だちがいて、子育てについて相談する人がいて、生活をサポートしてくれる介助者がいる。色んなサポートを得ながら生活していっていいよねと伝えたい」。
 
 子どもが生まれ、自分が障害者であることを改めて実感することも増えた。義足ではかけ寄ることができず、泣いている我が子をすぐにあやすこともできず、いざという時に子どもの安全を確保することができないという不安。子どもの成長を嬉しく思う一方、片手では抱っこすることが難しくなっていくことへの苦しみも感じた。今まで向き合ってきたはずの、見た目に対する周りの目が気になることもある。

 それでも、子どもと一緒に親も成長しなければいけないと、母親としての階段を日々上り続けている。「障害があるから悩んだり壁にぶち当たったりすることはあるかもしれないけど、周りの人たちにもサポートをもらいながら、どんな障害があっても子育てはできるということを、私の姿を見て思ってもらえたら嬉しい」。(AbemaTV/『AbemaPrime』より)