連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2025年5月のベスト国内ミステリ小説
今のミステリー界は幹線道路沿いのメガ・ドンキ並みになんでもあり。そこで最先端の情報を提供するためのレビューを毎月ご用意しました。
参考:【第1回創元ミステリ短編賞受賞作】小倉千明『嘘つきたちへ』は“騙しへのこだわり”に貫かれた短編集
事前打ち合わせなし、前月に出た新刊(奥付準拠)を一人一冊ずつ挙げて書評するという方式はあの「七福神の今月の一冊」(翻訳ミステリー大賞シンジケート)と一緒。原稿の掲載が到着順というのも同じです。今回は五月刊の作品から。
■若林踏の一冊:矢樹純『彼女たちの牙と舌』(幻冬舎)
日常に潜む不安を炙り出し疑心暗鬼へと陥れるサスペンスの技法と、ここぞというタイミングで不意打ちを仕掛けて驚かせるスリラーの骨法。矢樹純はその双方を巧みに使う書き手であるが、本書はまさにその力量が十分に発揮された作品だ。4人の母親と犯罪を巡る物語は視点が変わるごとに大きく様相を変え、読者を何も信用できない世界へと誘う。さらに予想の斜め上を行く展開を随所に仕込むことで、終幕直前まで一切気が抜けない小説になっているのだ。サプライズを生むためのアイディアを出し惜しみせず幾つも盛り込んでいる点も良い。
■千街晶之の一冊:小倉千明『嘘つきたちへ』(東京創元社)
五月のベストは大いに迷った。矢樹純の全く先が読めない犯罪小説『彼女たちの牙と舌』、新馬場新の近未来法廷ミステリ『歌はそこに遺された』も月間ベスト級の逸品で是非読んでほしいが、ここでは小倉千明のデビュー短篇集『嘘つきたちへ』を挙げることにした。ラジオの生放送中にリスナーから来た奇妙なメール、保健室の小学生安楽椅子探偵……等々の風変わりな設定と、読者の予想を裏切る展開、そして意表を衝く着地。それぞれ異なる印象ながら確固たる作家性で貫かれた五つの作品が並ぶ、ノン・シリーズ短篇集のお手本のような一冊だ。
■藤田香織の一冊:塩田武士『踊りつかれて』(文藝春秋)
週刊誌で不倫を報じられた新進気鋭のピン芸人が自殺した。一方、かつて一時代を築いた「スター」が捏造記事からの強烈なバッシングで姿を消していた。ふたりを心から愛していた男は、ある日ネット上に爆弾を落とす。SNSで死んだ芸人の誹謗中傷を繰り返していた<匿名で武装した卑怯者>83人の個人情報を公開したのだ。住所、氏名、職業、学校。妬み僻み我欲により、さしたる覚悟もなく撒き散らした毒に苦しむ者たち。男の真の目的は--? いやもうこれ現代の中学生以上全員読んだほうがいい。大げさでなく自分のために読んだほうがいい。考えて考えて!
■酒井貞道の一冊:矢樹純『彼女たちの牙と舌』(幻冬舎)
中学受験を控えた子を持つ母親グループ4人が織り成す、虚実が交錯するクライム・サスペンスだ。4人各員が自らの視点から自分の巻き込まれた事態を順番に語る、連作短篇集の形態をとりつつも、各エピソードは「相互に密接に関連する」どころではなく完全に一つの物語として不可分となっていて、読み終わった際の本書の印象は「長篇」に他ならない。おまけにサプライズ要素を、各エピソードにも細かく仕掛けた上で、全体通しても凝った仕掛けを施す。闇バイトを題材としたミステリとしては初の傑作として、歴史的意義も大きい。
■梅原いずみの一冊:新馬場新『歌はそこに遺された』(徳間書店)
死後に世界一の歌姫となった荒井海鈴。しかし海鈴殺害の容疑者の証言で、彼女の遺作はAIで作られたという疑惑が浮上、検事の堂崎は独自に調査を開始する。長編の法廷ものだが、構図は検事VS弁護士におさまらない。AIが存在感を強め、真偽が曖昧になり、民意が「正義」として暴走する社会で、法は何のため誰のために存在するのか。検事、弁護士、裁判官、立場は違えど法の番人たちそれぞれの矜持が、「海鈴の歌を遺す」選択をした者たちの覚悟とぶつかる。堂崎と弁護士・谷澤の緊張感漂う関係性が生み出す終盤の裁判シーンは必読!
■橋本輝幸の一冊:新馬場新『歌はそこに遺された』(徳間書店)
至近未来の日本で、法の番人たちが歌手の死の真相に迫る。遺作が大ヒットしている彼女はなぜ命を落としたのか。東京地検の公判検事・堂崎はみずから関係者への聞きこみを重ね、歌に託された想いを知る。
犯人の目星がついた後も、動機や不可能犯罪が読者の関心を引っぱる。AIがあらゆる職業や業務を変えつつある未来が舞台ならではのSFミステリだ。人間とAIの関係は物語に深くかかわるテーマだが、そのほかにも現代社会の問題がいくつも盛りこまれている。本書が面白かった人は同著者の『沈没船で眠りたい』(双葉社)もおすすめ。
■杉江松恋の一冊:五条紀夫『町内会死者蘇生事件』(新潮文庫nex)
殺したはずの男が翌朝のラジオ体操にぴんぴんして現れて、という出だしでまず興味を惹かれる。題名で明かされているので書いてしまうが、死者がどういうわけか蘇生する町が舞台なのである。この奇抜な設定に作者が甘えることなく、その仕組みをきちんと書き込んでいるのが本作の魅力だ。どうやると生き返るのか、という考察が続く中盤がいちばんおもしろいのである。題名から、ご近所の同調圧力に耐えかねて、という話かと思って読むと、どうやらこの町内会にはいろいろと裏がありそうで、設定がわかってくるとさらにおもしろくなる。
先月に続き、新鋭の躍進が目立つ月となりました。SFやライトノベルなど隣接ジャンルからの来訪もあって新鮮ですね。そろそろベテラン勢の活躍も見たいところですが、次月はいかに。

