「女は所詮、金やステータスでしか男を見ていない」

ハイステータスな独身男で、女性に対する考え方をこじらせる者は多い。

誰も自分の内面は見てくれないと決めつけ、近づいてくる女性を見下しては「俺に釣り合う女はいない」と虚勢を張る。

そんなアラフォーこじらせ男が、ついに婚活を開始。

彼のひねくれた価値観ごと愛してくれる"運命の女性”は現れるのか―?

◆これまでのあらすじ

経営者の明人は婚活アプリで出会ったマイとデートをするも、彼女の予想外の反応に恥をかかされてばかり。

さらに、彼女が実は東大卒の経営者だということが判明し…。

▶前回:“会社社長”を切り札にこぎつけた憧れの美女とのデート。男が屈辱を受けた予想外の出来事とは




Vol.5 遅咲きの花


― マイが東大卒?しかも経営者、って…。

東京タワーの絶景を臨むイタリアンで美女とのデート。

浮かれ気分が、急転直下、エリートたちと席を共にすることになり、肩身の狭い思いをすることになるとは思ってもみなかった。

「まぁ。だから、3人の話しぶりに知的さを感じるわけですね」

先ほどまで自分が独占していた恭香の笑顔は、マイwithBたちに向けられている。

明人は無理やり口角を上げているが、その奥では歯ぎしりが止まらなかった。自分は早稲田卒だが、ここで主張しても惨めなだけだろう。

「いえいえ…ところで高見堂さんと恭香さんはどのようなご関係で?」

withBの片割れ・徳山は突然明人へ尋ねた。どう答えようか迷っていると、恭香が横から代わりに答える。

「昔からの知人です。先日偶然に再会したのでお食事を、となって…」

嘘はつかずとも上品な言い回し。その返答に感心していると、徳山はマイにも同じことを尋ねる。

すると彼女は平然と言ったのだった。

「私たち、婚活アプリで出会ったんですよね」

明人は心の中で奇声を上げた。


余計なことばかり口にするマイに明人は思わず…


明人は血走った目を見開き、マイに視線を向けたが、彼女は明人の心中を察することなくニコニコ笑っているだけだ。

「アプリって、ザンザincがリリースした紹介制のですか?」

「そ、そうです!社長から直々に登録依頼があり、仕方なく…」

杉本がいい助け舟を出してくれたおかげで、明人は嫌々登録したことを言い訳することができた。

「ああやはり。実は僕らにも依頼がありましたが、結婚しているので…」

徳山と杉本は互いに顔を見合わせる。正直、明人はホッとした。恭香の気持ちがこの2人に向いてしまいそうで生きた心地がしなかったのだ。

「明人さんはね、デートでとても素敵なお店に連れて行ってくれたの。行きつけの立石の飲み屋さん。ね?」

「へぇー立石。渋いね」

「あのお店、絶対ひとりじゃ入れなかったわ。行けて本当に良かった」

何を思ったか、堰を切ったようにマイは明人との親密さをアピールし始めた。withBたちも煽るように相槌を打つ。

― やめてくれ…僕は今、本命とデート中なんだ…。




「お酒もモツ焼きもビックリするくらい安くて…」

明人は、自分は高級店を普段使いする男なのだと恭香にアピールしたばかりだった。なのに、格安の大衆酒場が行きつけだと言われては面目が丸つぶれだ。

得意げに語るマイの話を震えながら聞いていたが、段々と我慢の限界に近づく。

そして、思わず声を荒げてしまう。

「あの店は大昔に行ったことがあるだけ!今は違うから」

途端、場がしんと静まり返った。

「あ…」

にわかに漂う重い空気。皆、何事かとキョトンとした顔で明人を見ている。

その雰囲気に耐え続ける自信はなかった。

「…すみません。少し酔ったみたいです。先に帰ります」

明人は1万円をテーブルに2枚置き、逃げるように店を後にする。

これ以上いても得はない。マイのせいですべてが台無しになった。

去り際、気になり一瞬振り返ると、マイの申し訳なさそうな顔が目に入った。そんな顔を見せても無駄なのに。

会話や態度に隙が無く、女性と共に過ごすときに感じる充足感が彼女にはない。マイの存在だけでイライラする。

彼女の素性が露呈されたことで、それはより一層明確になった。

― まさか、今までの非常識な行動は僕を見下していたからだったのか…?

そう思うとさらに腹が立つ。

明人はエレベーターを待ちながら大きなため息をついた。すると、背後から声がした。

「明人さん…」

恭香が追いかけてきてくれた可能性に賭けて振り返ったが、案の定、そこにいたのはマイだった。

「すみませんでした。デート中に」

「ああ、うん」

「お邪魔しましたよね…でも、あえてなんです。どうしても気になって話しかけてしまいました」

言葉の端々が引っかかってはいたが、明人は「いいよ、別に」と冷たく回答した。

エレベーターが到着すると明人は即座に乗り込み、ボタンを連打する。

だが、マイは扉越しに真剣な表情で彼を見つめ言ったのだった。

「あの、恭香さんとは交際されていないんですよね?ならば私にもチャンスはありますよね?」

返事の隙もなく扉は閉まり、地上50階からエレベーターは急降下していった。

落ち着いたところで、ふと気づく。

― …ん、いまの、なんだ…??


マイにはもうこりごり…決心したはずの明人の心は揺らぐ


帰宅後も、明人はマイの言葉が頭から離れなかった。

『私にもチャンスはありますよね?』

これは、まさか…。

― 困ったな…全く好みではないのに。

想いを寄せられる理由が思い当たらず頭を傾げる。今まで、彼女に対し一貫して冷たい態度を取っていたのに。

― まさか、ルックスが好み、とか…?

一度だけ、微妙に濃い顔の雰囲気が山田孝之に似ていると言われたことがある。

自分でもそこそこの見た目だとは思うが、如何せん今まで寄ってきた女性はほとんどが金目当てだった。マイは自分と同等の収入を得ているはずなのだ。

もう会うつもりはないが、その希少性からか、拒絶をする気になれなくなっていた。

自分のことを好いてくれる相手に、何かしらのファンサービス的なふるまいをしたくなってしまうのは男の性だろうか。

「でもな…」

明人はベッドに寝転がり、天井を見上げた。そこでふと我に返る。

― まぁ、いいか…。どうせアプリは削除したんだ。

明人は途中で退席したことに対する謝罪のLINEを恭香に送った。するとすぐ返信が来た。

<また皆さんでお食事したいですね♪>

ご機嫌な文面に、明人は改めて手ごたえをつかんだ。

さっそく次はどこに連れて行ってやろうかと、明人はグルメアプリを検索しだしたのだった。




「ここもいいな…」

妄想を膨らませながら、評価の高いレストランの料理を目にしていると、腹が減ってきた。

早い段階でマイたちの邪魔が入ってしまったため、先ほどの店ではアラカルトで頼んだ前菜しか口にしていなかった。

明人は近所のビストロからデリバリーでパスタと肉料理を注文する。

その店はマンションから目と鼻の先にあるが、いろいろあって疲れた中で、高層階の部屋から出て買いに行く気はおきない。

少々の出費で届けてくれるのであればその手段を選びたい。自分はもう、それができる身分なのだ。

20分ほどで美味しそうな匂いと共に配達員がやって来た。

「注文をお届けに参りました!」

「…ん?」

品物を手渡す配達員の声に聞き覚えがあった。

「もしかして、大川…」

お互いマスクを下げ、顔を見せあう。彼は、20代前半の頃、コールセンターのアルバイトで共に働いた友人・大川だった。

「大川!久しぶり。今、何しているの?」

「見ればわかるだろ…でも昼間は携帯販売会社で契約社員だから」

少々照れていたようだったが、屈託のない笑顔は昔と変わらなかった。

懐かしさのあまり、そのまま家でワインでも飲もうと提案したが、インセンティブが発生する時間帯だからと、仕事に戻られてしまう。

― 大川、副業でバイトか…。

彼は明人と同じく就職氷河期世代だ。あの頃はたとえ有名大学でも妥協しなければ就職できない現実があった。大川もまた、明治大学卒業の肩書をもってしても希望業界の企業にことごとく落ち、職にあぶれていた。

明人に大川、そして久保…。彼らは厳しい時代に20代を過ごしてきた。アラフォーになり、自分はなんとかこの地位までたどり着けたが、大川のようにいまだもがいている者もいる。

明人は、改めて決心する。

今まで苦汁をなめてきたからこそ、妥協したくない。生活も、女性も、結婚も。

マイの求愛で揺らいだ自分に喝を入れる。

自分は勝ち組として美しい女性を手に入れられる価値と資格を持っているのだ。遅咲きの春を謳歌して何が悪い。

明人は戦友が運んできてくれた熱々のラグーソースパスタとスペアリブを味わいながら、煌めく都会の景色を高い位置から眺め、キャンティ・クラシコのグラスを傾ける。

気分を持ち直し、次のデートの誘いも兼ねて恭香に返信をした。

最後はおやすみというメッセージと共に、ハートの絵文字も添えて…。

▶前回:“会社社長”を切り札にこぎつけた憧れの美女とのデート。男が屈辱を受けた予想外の出来事とは

▶1話目はこちら:年収5,000万のこじらせ男が、アプリで出会った31歳のさえない女に翻弄され…

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恭香をモノにするため、勝負をかける明人。再び彼女を食事に誘うが…。