業界の最前線を走り続けている企業は、どこが違うのか。良品計画前会長の松井忠三さんは「トヨタやホンダのように強い企業は、確固とした企業風土を築き上げている。それは社内を見るだけで明らかだ」という――。

※本稿は、松井忠三『無印良品の教え』(角川新書)の一部を再編集したものです。

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■強い社員の条件は「締め切りを守る」「ゴミを拾う」

業界の最前線を走り続ける企業に共通していることは、非常にシンプルです。

「挨拶をきちんとする」「ゴミを見つけたら拾う」「仕事の締め切りを守る」といった、小学校で教わるような、人としての「基本のき」が社員に浸透していること。これが、強い企業に見られる共通点です。

人としての基本が組織の風土・社風をつくり、これが最後の砦になって、組織を守っていけるのです。

皆さんの会社では、これらの基本は守られているでしょうか。守られていないなら、危険信号が灯(とも)っています。

無印良品の業績が悪化したころ、「基本のき」は崩れていました。そこで、こうした基本を社員に体得させるために、月ごとの目標として掲げることにしました。

ただ目標を言い聞かせるだけではなく、実行できているかどうかを内部統制・業務標準化委員会という部門をつくって確認させました。さらに、全社員を集めた集会でその結果を報告し、達成率をアップできるように促しています。

これは現在進行形で行っている取り組みで、今後もずっと続けていくでしょう。言い続けていないと、人は忙しさにかまけて基本をおろそかにしてしまうものです。

社員からうんざりされようと、やると決めたことはやり抜く。それがリーダーに必要な実行力です。皆さんも、自分の部署やチームの指導で思い悩んでいるのなら、まずはこういった基本から徹底させてみてはいかがでしょうか。

売り上げの達成やコスト削減など、リーダーが果たさなければならない課題は数多くあります。しかし、砦がしっかりできていない場所に城をつくっても、簡単に攻め落とされてしまいます。

遠回りのように感じるかもしれませんが、まずは砦をしっかり築き、それから業績をアップさせるための戦略を積み重ねていけば、必ず足腰の強いチームができるはずです。

■役員が毎朝交代で「挨拶当番」

挨拶はコミュニケーションの基本です。

私も早朝にウオーキングに出かけたときは、近所の人と会うたびに「おはようございます」と挨拶します。そこから簡単な会話を交わす人もいれば、無視して通り過ぎる人もいます。このようなちょっとした振る舞いに、その人の人となりが出るものです。

無印良品では、店舗だけでなく、本部でも「挨拶の習慣」を徹底しています。

社内では毎月の目標を決め、掲示板やエレベーターホールに貼り出しますが、挨拶の強化を月間目標にすることもあります。そのときは、私を含めた役員が毎朝交代で「挨拶当番」としてエレベーターホールに立ち、出勤してくる社員たちに率先して挨拶をしていました。

さらに、部門長に五段階の挨拶のチェック表を渡し、毎日の終礼時に達成できたかどうかを、部下に自己申告してもらいました。

部門長が一方的に評価するのではなく、自己申告にしたのは、社員に「やらされ感」を持たせたくないからです。「やらされ感」の強い仕事は身につきません。ガチガチに縛って「やらせる」のは得策ではないと考えました。

■リーダーが率先して行動しているか

なぜ、いまさら「挨拶」の話なのか、疑問に思う読者もいるかもしれませんが、それはチームの信頼関係に影響するためです。

優秀な人材を集めたのに、結果をなかなか出せないチームがあったとしましょう。

そのチームの根本的な問題は、「能力」ではありません。社員同士のコミュニケーションや、信頼関係の希薄さが不振要因になっている場合が大半です。そのような状態では、どんな改善策を講じても、勝てるチームにはなりません。

部下に訓示を垂れるよりも、朝の「おはようございます」、退社するときの「お疲れさまでした」のたった一言を徹底する。これだけでも、信頼関係は築けるものです。

一流の企業、一流のチームをつくり上げるには、毎日の小さなこと、たとえば挨拶などを徹底して実行するしかありません。それも、部下に指示するだけではなく、まずはリーダーが率先して行動することが大事です。

「挨拶は大事」「今どきの若者は礼儀を知らない」と日頃から言っている人ほど、自分から挨拶をしない例は珍しくありません。私は、挨拶をするのに年齢も立場も関係ないと考えているので、エレベーターホールに立って挨拶をしていました。

何事も、自分から実行しないとまわりは動いてくれません。まわりは意外と小さなこともしっかりと見ています。部下は自分の姿を映す鏡です。部下が動いてくれないのなら、自分自身に問題があるのだと考えたほうが問題解決の早道になるでしょう。

■半年間の不良品率をゼロにした“たった1つの方法”

ある時、社外取締役をお願いしていた酒巻久さんが社長(当時)をしているキヤノン電子の工場を見学に行きました。

埼玉県の秩父にあるのですが、チリ一つ落ちていない清潔な環境で、従業員の皆さんが生き生きと仕事をしています。工場のチーム力もすばらしく、不良品が見つかったときにはすぐに生産ラインをストップし、全員で不良品の原因を探ります。

しかし、この工場にも、過去には決して素晴らしい工場とは言えない時期があったそうです。

その当時、工場で働いていたのは海外から派遣されて来た人たちで、日本語でのコミュニケーションに不慣れな人も多かったようです。キヤノン電子は、一人または少数のチームでほぼ一つの製品をつくる体制(セル生産方式)をとっています。

コミュニケーションが上手くいかない人同士でチームを組むと、「ちょっとおかしいな」と感じてもそのまま次の人に渡してしまうため、不良品を生む温床になっていました。

ところが、ちょっとしたきっかけでコミュニケーションが密になると、問題は段々なくなったそうです。

毎朝、工場の入り口に役員全員が並び、出勤してくる従業員全員に「おはようございます」と声をかけはじめました。徐々に従業員からも明るく挨拶を返してくれるようになり、やがて従業員同士でも、声をかけあって仕事をする雰囲気が生まれたそうです。

それ以降、従業員が「おかしいな」と感じると、誰が指示するわけでもなくラインを止め、自然と従業員たちが集まって原因を調べるようになり、その結果、早い段階で不良品の発生原因を修正できるようになりました。

朝の挨拶というコミュニケーションが不良品の発生を大幅に防ぐという結果につながったのです。半年間ほど不良品率ゼロという偉業も生まれたと聞きました。

写真=iStock.com/JHVEPhoto
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■トヨタやホンダは確固とした風土を築き上げている

実行力のある会社にするにはまず何をすべきか。この問いに対する答えは、非常にシンプルで、「企業の風土を変える」という一点につきます。

松井忠三『無印良品の教え』(角川新書)

企業の風土は、無意識に従業員の思考や行動に影響を与えて伝承されていきます。

他社に真似できない風土になったとき、どのような時代でも生き残っていける企業になるのは、間違いないでしょう。強い企業のお手本とされるトヨタやホンダは、確固とした風土を築き上げているから、トラブルに巻き込まれてもすぐに立ち直る底力を持っています。

企業の風土を変えるのは、難しいことではありません。

挨拶をする、社内のゴミを拾うといった、当たり前のことを当たり前にできるようになれば、最強の企業に生まれ変わります。

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松井 忠三(まつい・ただみつ)
良品計画 前会長
松井オフィス社長。1949年、静岡県生まれ。73年、東京教育大学(現・筑波大学)体育学部卒業後、西友ストアー(現・西友)入社。92年良品計画へ。総務人事部長、無印良品事業部長を経て、初の減益となった2001年に社長に就任。08年に会長に就任。10年にT&T(現・松井オフィス)を設立したのち、15年に会長を退任。著書に『無印良品は、仕組みが9割』(KADOKAWA)など。18年2月には日本経済新聞に「私の履歴書」を掲載。
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良品計画 前会長 松井 忠三)