ミニ唯一の商用車、そして「世界一醜いデザイン」 今も異彩を放つ個性的なクルマ 48選(後編)
ミニ・クラブバン
ミニは時折、新たな市場分野に参入するものの、予想していたほどの顧客を獲得できず、すぐに撤退することがある。短命に終わったクーペ、ロードスター、ペースマンがその好例だ。もう1つの例がクラブバンであり、これは現在に至るまでミニ唯一の商用車である。
【画像】現代では珍しいリアエンジン搭載のコンパクトカー【3代目ルノー・トゥインゴを詳しく見る】 全22枚
基本的には初代クラブマンからリアサイドウィンドウを取り除き、シートを2席だけにしたものだが、バンとしてはあまり広くない上、荷室のフロア高が高すぎて不便だった。それでも親会社BMWは、ケータリング業者やイベントプランナー、写真家など、多くの小物を運ぶ必要のある人々にアピールできると期待していた。残念ながら、採算がとれるほどには売れなかった。

ミニ・クラブバン
ナッシュ・メトロポリタン
1950年代の米国車のステレオタイプをこれほど効果的に覆すものは、ナッシュ・メトロポリタン以外にはない。ナッシュ・ケルビネーターが設計し、英国のオースチンが生産したメトロポリタンは、極めて小型のモデルである。全長は13フィート(約3.96m)未満で、エンジンの排気量も1.5L以下だった。
米国でも、他のどの市場でも、決して大きなインパクトを残したわけではないが、8年間生産される程度には人気があった。

ナッシュ・メトロポリタン
日産キューブ
キューブは、日本国内では決して奇抜なクルマではなく、むしろ好まれる傾向にあった。しかし、欧州や北米で発売された3代目モデルは、同じような人気を得ることはできなかった。
日産が期待したほどに欧米市場には受け入れられず、価格設定もやや楽観的すぎた。欧米ではすぐに生産中止となったが、その後も日本では長年にわたり好調な売れ行きを維持した。

日産キューブ
プジョー1007
一見すると、スライド式サイドドアを備えたプジョーの小型ミニバンは、少々風変わりではあるものの、非常に賢い設計に見える。残念ながら、車体は重く、2004年当時としては恐ろしく高価だった。さらに、フロントシートベルトの取り付け位置がかなり後方にあり、背の高いドライバーでも届きにくいという問題もあった。
ベルクロで固定された内装トリムは、異なる色のものに簡単に交換できるという特徴があるが、こうした問題やその他の欠点を補うには不十分だった。販売台数は低調であり(プジョーの顧客は概して、同社の一般的な小型ハッチバックを選ぶ傾向にあった)、1007は発売から5年後の2009年に生産終了となった。

プジョー1007
ポンティアック・アズテック
アズテックはクロスオーバーSUVであり、多くの点でかなり優れたクルマだった。購入した人々はおおむね気に入っていた。問題は、ほとんど誰も買わなかったことだ。その理由は、見た目が非常に奇妙だからである。大手メーカーが販売した中で「最も醜いクルマの1つ」として頻繁に取り上げられ、2005年に生産終了したにもかかわらず、今でも異質な存在として認識されている。
特筆すべきは、ほぼ同じ内容でありながらより一般的なスタイリングを採用したビュイック・ランデブーが、アズテックの約3倍の売上を記録したことだ。ランデブーの販売台数は31万6000台に対し、アズテックは12万台にとどまった。

ポンティアック・アズテック
ルノー・アヴァンタイム
マトラによって開発・生産されたアヴァンタイムは、21世紀初頭のルノーが送り出した、最も奇妙なモデルの1つだ。当時のルノーはある意味熱狂的で、ヴェルサティスや、歴代メガーヌの中でも特に奇妙な外観のモデルを販売していた。
アヴァンタイムはクーペとして販売されたが、実際にはミニバンのエスパスをベースにしている。これは運転していると否応なく気づかされる事実だ。エスパスとは異なる特徴として、矢のようなスタイリングや、重厚なダブルヒンジ式のサイドドアが挙げられる。

ルノー・アヴァンタイム
冒険的なコンセプトであることに疑いの余地はなく、おそらくルノーがこれまでに生産した中で最も風変わりなクルマと言えるだろう。それが人気につながることはなく、販売は極めて不振で、ルノーはわずか2年で生産を打ち切った。
ルノー・トゥインゴ
第二次世界大戦後の20年間に発売されたルノーの小型車はほぼすべて、エンジンを後部に搭載していたため、前輪駆動のルノー4は異例だった。しかし、現代では、3代目トゥインゴが異例の存在として扱われている。
スマート・フォーツーやフォーフォーと並行して開発された3代目モデルは、21世紀のルノー車の中で唯一、エンジンをキャビン後方に配置している。ちなみに、最近デビューした4代目トゥインゴはEVとなっている。

ルノー・トゥインゴ
ルノー・トゥイージー
本特集で取り上げているクルマの中で、トゥイージーはBMW i3やベントレー・ベンテイガと1つの共通点がある。それは、10年近くにわたって販売されていたという点だ。厳密には、欧州では乗用車ではなく電動四輪バイクという扱いだが、史上最も奇妙な外観を持つ1台と言える。
極めて小型であるにもかかわらず、身長180cmを超える大人2人が縦(タンデム方式)に並んで座れるだけのスペースはある。

ルノー・トゥイージー
ルノー・ヴェルサティス
ルノーは、高級セダンのサフランの販売について、フランスとドイツ以外では大失敗に終わったことを認めている。当時の社長ルイ・シュヴァイツァー氏は、「我々は教訓を得た。今後は独自性を重視し、従来のセダンとは一線を画す際立ったデザインを打ち出していく」と述べていた。
これがヴェルサティスの背後にある理念であり、アウディA6、BMW 5シリーズ、メルセデス・ベンツEクラスなどに対抗する個性的な高級セダンとして打ち出された。しかし、この路線はうまくいかなかった。ヴェルサティスはサフランと同様に、ドイツ車に対するライバルとはなり得なかったのだ。2001年から2009年の生産期間の半ば、ルノーは右ハンドル車の生産を断念した。英国人がまったく興味を示さなかったためだ。

ルノー・ヴェルサティス
スマート・フォーツー
スマート(初期の頃はフォーツーとは呼ばれていなかった)は、ダイムラー傘下のスマートブランド史上最も奇抜なクルマでありながら、同時に最も成功したモデルでもある。スマートはこれまで、ロードスターやロードスター・クーペ、三菱コルトをベースにしたフォーフォー、そして未発売に終わったSUVのフォーモアなど、さまざまなセグメントへの進出を試みたが、いずれも失敗に終わっている。
直近の3代目フォーツー(および、以前のモデルとは無関係のロングホイールベース版であるフォーフォー)は、初代モデルの基本コンセプトを継承している。自動車メーカーの中でもほぼ唯一無二と言えるが、スマートは初代モデルで完璧な成功を収めていたのだ。

スマート・フォーツー
2026年現在、スマートは高級志向のEVブランドとして再編され、比較的大型のモデルを複数展開している。そして最小モデルとして、フォーツーの後継となる#2がまもなく登場予定だ。
サンヨン・ロディウス
本国である韓国市場では理にかなっていたとしても、初代サンヨン・ロディウスのデザインは欧州に大きな衝撃を与えた。誰もが、極めて風変わりなクルマだと認めていた。ポンティアック・アズテックほどではないにせよ、それに近いものがあった。
実際のことろ、ロディウスは驚くほど広い室内空間を備え、価格も非常に安かったため、ミニバンとしてはかなり賢明な選択肢だった。しかし、やはり奇妙な見た目ゆえに強烈な印象を残している。

サンヨン・ロディウス
2026年現在、サンヨンはKGMへと社名変更している。欧州ではヒョンデ、キアと並ぶ第3の韓国ブランドとして事業拡大を図っている。
スズキ・ジムニー
3代目ジムニーの20年に及ぶ生産が終了したのは、2018年のこと。それよりも前から、すでに旧式化は否めなかった。古いボディ・オン・フレーム構造を採用し、車内は狭く、高速道路も積極的に走りたい場所ではない。
一方で、非常に安価で、乗り降りも容易であり、市街地走行には最適だ。おまけに、オフロード性能も驚くほど優れている。直接的なライバルが少ない変わり者ではあるが、ニーズは確実に存在していた。現行の4代目ジムニーは2018年に登場し、生産が追い付かないほどの人気を博している。

スズキ・ジムニー
トヨタ・エスティマ
初代プレビア(日本名:エスティマ)の外観は、その本質をまさに体現している。つまり、4本の車輪の上に載った巨大な空間だ。ミニバンとしては非常に実用的で、メカニズム面でも大きな特徴がある。エンジンは前部座席の下に大きく傾けて搭載され、後輪駆動または四輪駆動が用意されていたのだ。
初代プレビアは20世紀最後の10年間に販売されていた。2代目モデルでは見た目がより魅力的になったと言えるが、初代モデルと比べると、やや平凡な印象を受ける。

トヨタ・エスティマ
トヨタ・ヤリス・ヴァーソ
初代ヤリス(日本名:ヴィッツ)のフロアパンをベースに開発された小型ミニバン。しかし、車体の拡張には限界があり、ヤリス・ヴァーソ(日本名:ファンカーゴ)のデザインに優雅さを持たせることは難しかった(トヨタ以外のメーカーでも困難だっただろう)。これが、生産期間がわずか6年にとどまった理由の一端かもしれない。
ただ、デザインには多少のぎこちなさがあったものの、コンパクトなボディサイズの中に広い室内空間を確保しており、欧州では一定の成功を収めることができた。

トヨタ・ヤリス・ヴァーソ
フォルクスワーゲン・フェートン
フォルクスワーゲン(Volkswagen)はドイツ語で「国民車」を意味するが、フェートンを発売した際にはこの言葉は皮肉に聞こえた。デザインは非常に控えめであったものの、優れた高級車として高く評価された。
問題は、高級車を購入できる層が必ずしもフォルクスワーゲンのエンブレムを望んでいたわけではないということだ。そもそも同社は、そのニーズに対応するためにアウディを傘下に抱えている。フェートンの生産期間は2002年から2016年と長かったが、販売実績は常に振るわなかった。

フォルクスワーゲン・フェートン
皮肉なことに、同じプラットフォームをベースにしたベントレー・コンチネンタルGTは、(フェートンと同様に)6.0L W12エンジンをオプションで選択でき、価格もはるかに高かったにもかかわらず、フェートンよりも大きな成功を収めている。
フォルクスワーゲン・ポロ・ハーレクイン
1990年代半ばのポロ・ハーレクインは、工場から出荷されるまでは、まったく奇抜なところなどなかった。しかし、赤、黄、緑、青に塗装された各車両とボディパネルを入れ替えることで、比較的少ない労力で奇抜なクルマを作り上げたのだ。
ポロ・ハーレクインの本来のボディカラーは、ルーフ、Cピラー、ドアシルに現れている(画像の車両でいうと赤)。これらは、簡単に変更できない唯一のボディパーツだからだ。

フォルクスワーゲン・ポロ・ハーレクイン
