日本は原発を手放さなくてよかった…36年前に全原発を閉鎖したイタリアが、いま支払っている"大きな代償"
■原発回帰に向けた動きを加速するメローニ政権
イラン発のエネルギーショックを受けて、イタリアでも原発回帰に向けた動きが加速している。イタリアは1986年に当時のソ連(現ウクライナ)に発生したチェルノブイリ原発事故を受けて、国内に4基あった原発を1990年までに閉鎖した経緯がある。いわば脱原発の先進国だが、右派の政治家にとっては、その再稼働が長年の悲願だった。
その理由は、脱原発の直後からイタリアは慢性的な電力不足に苛まれることになったからだ。イタリア経済が低迷した大きな要因の一つが不安定な電力事情にあるという認識から、産業界寄りの立場を取る右派の政治家は、原発の再稼働を模索し続けた。中道右派の重鎮であったシルヴィオ・ベルルスコーニ元首相も、その一人だった。
ベルルスコーニ元首相は、第4次政権の末期に当たる2011年6月に原発の再稼働の是非を問う国民投票を実施した。しかし、福島第1原発事故の直後だったため、94%の投票者が再開に反対票を投じた。その後、イタリアは本格的に再エネ発電の普及に舵を切った結果、再エネ発電が電源構成に占める割合は2024年時点で50%に達した(図表1)。

ただし、2022年10月に就任したジョルジャ・メローニ首相は、原発の再稼働の是非を国民に問う姿勢を強めている。背景には、イタリアが属する欧州連合(EU)で原発の活用の機運が高まっていたことがある。首相が就任する直前の2022年2月に生じたロシア発のエネルギーショックを受け、イタリアのエネルギー価格も高騰した(図表2)。

EUは原発を、脱炭素化にも脱ロシアにも適う電源であるとして、その利用を推進する姿勢を鮮明にした。ドイツやスペインなど一部の国は反対に回ったが、多くの国が原発の利用の推進に賛同した。長年、原発の再稼働を模索してきたイタリアの右派政治家にとってはまさに“渡りに船”となり、メローニ首相もこの流れに乗ったのである。
■立ちはだかる老朽化の壁
その後、メローニ首相らは原発の再稼働に向けた動きを徐々に進めていたが、今年2月にイラン発のエネルギーショックが生じたことで、この動きに弾みがついた。3月にはイタリアの当局者がカナダを訪問し、フランスの当局者と原発に関する協議を重ねたと報じられている。原発の利用に際して、フランス側に協力を要請したようだ。

また4月22日には、ジャンカルロ・ジョルジェッティ財務相が記者団に対して、外生的なエネルギーショックに伴う悪影響を和らげるためには、原発の再稼働が重要な選択肢となると述べている。イタリアは再エネのみならず天然ガスへの依存度が高いため、今般のエネルギーショックの悪影響を強く受けたことが発言の背景にあるらしい。
ただし、イタリアでは、原発の稼働が止まってすでに40年近い歳月が経過している。設備は相応に老朽化しているため、それを再稼働するにしても細心の注意を要する。それに、40年近くも稼働を停止していれば、原発を稼働するためのノウハウも失われている。国内に技術者がいないのだから、イタリアは国外の人材に頼らざるを得ない。
設備が老朽化しているのだから、新型の原発を設置した方がいいとも言える。イタリアの場合、フランスが推す大型のEPR2(改良型欧州加圧水型炉)というよりも、世界的に期待が高まるSMR(小型モジュール炉)やAMR(新型モジュール炉)の導入を優先する方針のようだ。とはいえ、SMRやAMRは実用化にはまだまだ至らない。
そもそも、原発を新設すること自体が10年がかりのプロジェクトだ。それに欧州のみならず、世界中で原発に対するニーズは高まっており、原発に要するヒト・モノ・カネは逼迫している。これは各国に共通した悩みといえよう。そうなると、無理を承知で、40年使くも不稼働のままである原発の再稼働にトライせざるを得なくなる。
■依然として不足するグリッド
では、肝心のイタリア国民はどう考えているのか。少し古いデータとなるが、イタリアの調査会社SWGが2024年11月に発表した原発に対する国民の関心を尋ねた世論調査が参考になる。これによると、回答者の48%が原発の新設に賛成している一方、反対しているのは24%だった。浮動票もあるが、世論は概ね原発に好意的のようだ。
ただし、これはあくまで新設であり、再稼働を尋ねたわけではない。再稼働となると、施設が老朽化しているため、やはりハードルが高くなる。同時に、回答者の80%以上が、電力価格の高騰に対する不満を述べている。電力価格が低下するなら、新型の原発であれば容認できるというのがイタリア国民の概ね半数の意見というところだろう。
原発に対する態度には地域差もある。要するに、北部の産業地帯ほど原発に対する態度が寛容であるが、南部の農業地帯ほど態度が不寛容になる。同時に、これは南北を貫く送電網(グリッド)が存在しないという、構造的な問題を浮き彫りにするものでもある。南部の農村地帯では、太陽光や風力を中心とする再エネ発電が普及している。
その余剰電力を北部の産業地帯に送電できればいいのだが、そのための送電網の整備が遅れている。いくつかのメガプロジェクトがスタートしているが、本格的な稼働にはまだまだ時間がかかる。それまでの間、他の電源に拠らなければ北部の電力供給は安定しない。この点、南北の事情が逆転するものの、ドイツでも同じ状況となっている。
そもそも再エネは、天候や地形に対する脆弱性が強い。一方、ガス火力は外生的なショックに弱いことが、今回のイラン発のエネルギーショックでも再認識された。となると原発、それもSMRやAMRのような小型原発の新設が望ましい。ただし実用化の目途が立たないため、老朽施設の再稼働が消去法的に選択肢として浮かび上がる。


■再稼働したくても、できない
イタリアは2027年12月までに次期の総選挙を控えている。稼働を停止した原発の再稼働は、間違いなくその争点の一つとなるだろう。有権者がメローニ政権を信託した場合、イタリアの原発再稼働は政治的に進みやすくなる。ただし、それを許すだけの経済的・技術的な環境が揃うかはまた別の問題だという、厳しい現実もある。
ドイツも同様だが、イタリアもまた急進的な脱原発の問題点を浮き彫りにする。つまるところ、それは帰還不能点へ早く到達してしまうことに尽きる。ノウハウが失われるため、見直しが利かないのである。脱原発を図るにしても、漸進的に進めていたのであれば、原発を再稼働することもまだ容易だったろう。急進主義は問題点が多い。
原発を再稼働しても、将来を見越した取り組みは必要となる。今後も原発を使うなら小型原発の新設に向けた取り組みが必要となるし、原発を使う、使わないは問わず、再エネの送電網の整備は急務である。イタリアのケースもまた、政治的な決断で脱原発を先行した国ほど、その“揺り戻し”に窮するという厳しい現実を浮き彫りにする。
(寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です)
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土田 陽介(つちだ・ようすけ)
三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 主任研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。
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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 主任研究員 土田 陽介)
