なぜ、日本人は休日の混雑する街で買い物をするのだろうか。ドイツでの生活が長い熊谷徹さんは、その理由を長時間労働で自由時間も心のゆとりも乏しく、短時間で済ませられる娯楽として消費が選ばれていると指摘する。買い物で疲れて帰り、結果的に心身ともに休まらない悪循環を、私たちはどうしたら断ち切ることができるだろうか。お金に縛られないドイツ人の生活のなかにそのヒントがある――。

※本稿は熊谷 徹『ドイツ人はなぜ、年290万円でも生活が「豊か」なのか』(青春新書)の一部を再編集しました。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/fotodelux)

■日本人はなぜショッピングが好きなのか

日本人の間には、消費を娯楽としている人が少なくない。日曜日や祝日にはほぼ全ての店が開いているので、繁華街へ出かけてショッピングを楽しむ市民が多い。日曜日や祝日には、オフィスで拘束される平日よりも自由時間があるので、売る側は店を開いて客を呼び込む。お金を稼ぐという観点からは合理的である。日本では、売り上げが平日よりも多くなる日曜日や祝日に営業しない店主は、よほどの変わり者であろう。

新しいスマホ、発売されたばかりのAIスピーカー、最新のタブレット型PC……。日本人が買い物にかける執念は、物すごい。したがって、企業もコマーシャルや電車内の広告などに多額の費用と手間をかけている。郊外から人々が流れ込むので、日曜日や祝日の繁華街の混雑は、凄(すさ)まじい。最近の東京では、新宿や銀座、原宿だけではなく、少し郊外に位置する吉祥寺や立川ですら、日曜日には大変混雑する。ちょっとひと休みと思って喫茶店に立ち寄ろうと思っても、満席であることが多い。

■買い物でかえって疲れる休日

商店街のスピーカーからは、音楽やお買い得商品についての宣伝、値引きのお知らせが切れ目なく流れる。日本で商売をする人たちは、「商店街やデパート、スーパーがシーンとしているのは辛気くさい」ため、スピーカーからの音で賑(にぎ)やかにした方が良いと考えているようだ。家族を連れてショッピングに出かける年配の市民は、この騒音と人混みだけで疲れてしまうのではないだろうか。絶え間ない音楽や宣伝文句の洪水は、神経を疲れさせる。これでは、何のための休みなのかわからない。

これは日本に限らず、香港や中国、シンガポール、タイでも見られる現象だ。香港の繁華街・銅鑼湾(コーズウェイベイ)の巨大なショッピング・モールを歩いていて、私は新宿の歌舞伎町や渋谷センター街の喧騒を思い出した。「休みの日のショッピング好き」は、アジアに共通した娯楽である。

アジアに出張や駐在で滞在しているドイツ人の中には、週末の喧騒にげんなりする人も多いようだ。多くのドイツ人は新宿や渋谷など東京の繁華街を「巨大な消費の殿堂」と見ている。

■高い日本人の“ストレス発散費用”

なぜ、日本では消費を娯楽としている人が多いのだろうか。

私は自由時間が少ないためだと考えている。会社での仕事が忙しいために、自分が自由に使える時間が少なくても、買い物ならば比較的短時間で行える。

ドイツ人のようにいつでも休みを取ることができ、しかも毎年2〜3週間の休みを取れることがわかっていれば、心のゆとりが生まれる。したがって、ドイツ人の間にはふだんの娯楽にお金をかける人、消費で心の隙間を満たそうとしている人は比較的少ない。2〜3週間の旅行にはお金もかかるので、ふだんは多額の出費を抑える必要もある。

つまり、我々日本人はまとまった休みを取れないこと、労働時間が長いことによって溜まるストレスを、パーッとお金を使うことで発散しているのではないだろうか。

■ドイツ人はお金をかけない娯楽が好き

これに対してドイツ人の娯楽は、日本人とはずいぶん異なる。彼らが余暇に最も重視しているのは都会でのショッピングではなく、海辺や山で自然を満喫すること、そして家族と一緒の時間を楽しむことだ。ドイツの公的健康保険運営組織DAKが2018年に行ったアンケートによると、「休暇の最大の魅力は、太陽の光と自然」と答えた人が最も多かった。

アルプス山脈の北側に位置するドイツでは、天気が良い日は少なく、晴天が多い時期は5月から9月までと比較的短い。1年間のうち、ほぼ半分は曇りや雨の肌寒い天気である。

つまり屋外での活動を楽しみやすい時期が、限られているのだ。ドイツの毎年の平均日照時間は約1500時間。南仏マルセイユ(2858時間)やポルトガルのリスボン(2799時間)などに比べるとはるかに短い。このためドイツ人たちは、晴れの日が多い季節にはなるべく外に出て、太陽の光を浴びようとする。

■サイクリング天国・ドイツ

この国で最も人気のある余暇の過ごし方の一つは、サイクリングだ。自転車を買ってしまえば、あとはそれほど費用がかからない趣味だ。

ミュンヘンを流れるイザール川沿いのサイクリングコースは、市民の間で非常に人気がある。このコースは鬱蒼(うっそう)とした樹木に覆われている。木漏れ日を浴びながら川に沿った道を南下する。自転車をこぎ疲れたら、川に飛び込んで水浴びをしたり、河原にタオルやシートを敷いて日光浴をしたりする。一日中ここに寝転んで本を読んでいれば、お金はほとんどかからないさらに足を延ばせば、ミュンヘン郊外の教会や修道院の敷地内にあるビアガルテン(ビアガーデン)で、太陽の光を浴びながらビールを飲める。地平線のはるか彼方のアルプス山脈を見ながら飲む生ビールの味は、格別だ。

列車に自転車を積んでさらに田園地帯へ行けば、アルプス山脈の麓の湖で泳ぐこともできる。ミュンヘンから列車で1時間もかからない。ドイツ人は衛生に気を遣うので、地方自治体は湖や川の水質を厳しく監視している。汚染者に対する罰則も厳しい。このためバイエルン州の湖は、驚くほど透明であり、浅瀬では小魚が泳いでいるのが見えるほどだ。

■湖で泳ぐ爽快さ

私は日本では湖で泳いだことが一度もなかったが、この国では湖で泳ぐのは日常茶飯事である。これらの湖にはアルプス山脈の雪解け水が流れ込んでいるので、水温は夏でも低く爽快である。ドイツの湖で泳ぐと、美しい自然を守ることがいかに大切であるかが、理屈ではなく皮膚感覚で理解できる。

大自然の懐に抱かれて泳ぎ、草地に寝転んで日光浴をしていればほとんどお金はかからない。私も1990年にミュンヘンに住み始めた直後には、収入が少なかったこともあり、夏になっても飛行機などによる旅行はせずに、自転車で「市内・近郊バカンス」ばかり楽しんでいた。別に遠出をしなくても、充実した余暇を過ごすことができた。

ドイツへ旅行や出張をした経験のある読者は、この国で自転車が目立つことに気づかれたと思う。

その理由の一つは、自転車向けインフラが整っていることだ。ドイツでは、サイクリストのための自転車専用レーンが日本よりも整備されているので、走りやすい。歩道の一部に白い線が引かれて自転車専用レーンが作られているだけではなく、車道と歩道の間に自転車専用レーンがつくられている場合も多い。

■自転車での長距離旅行も

自転車道と車道、歩道の区別は、日本以上に厳格だ。市民が間違って自転車専用レーンを歩いていると、サイクリストから「ここは歩道ではない!」と怒鳴られることもある。日本では自転車専用レーンが少ないので自転車が歩道を走る風景が日常化しているが、ドイツでこれをやると通行人から白い目で見られる。この国の歩道を自転車で走るのは交通規則違反だ。時々警察官が歩道を走るサイクリストを止めて、罰金の支払いを命じているのを見かける。

自転車で小旅行をする人のためのサイクリング用地図や、サイクリスト用のナビゲーション・アプリも売られている。1週間かけてミュンヘンからウィーンへ自転車で旅行したり、自転車でアルプス山脈を越えてイタリアのヴェローナまで走った猛者もいる。途中のホテル代などはかかるが、飛行機や列車などの交通費は節約できる。

ちなみにドイツでは、毎日自転車で会社に通勤する人も少なくない。早朝、そして夕方の町は、自転車で通勤・帰宅する人であふれる。私は毎朝5時に起きるのだが、窓から外を見ると、夜明け前の暗がりの中に、自転車で職場へ向かっている人の前照灯が見える。

私の知り合いは、ミュンヘンの北西約20キロの所にあるダッハウという町に住んでいる。彼は自宅とミュンヘン市内の職場の間を、毎日自転車で往復している。気温が零度以下になる真冬でも、雪がたくさん積もっている時や道路の表面が氷で覆われてスケートリンクのようになっている時以外は、自転車で通勤する。電車代や自動車のガソリン代を節約できるだけではなく、身体を鍛えることにもなるので一石二鳥だ。

■自転車通勤は「クール」

連邦制をとっているドイツでは地方分権が進んでおり、16の州政府に大きな権限が与えられている。首都ベルリンに機能が集中していないため、大企業はベルリンに本社を置く必要がなく、日本やフランスのような一極集中化現象が起きていない。このため首都ベルリンでも人口は約360万人。2位のハンブルクは約180万人、3位のミュンヘンは約150万人である。いずれも東京都の人口(2018年7月の時点で約1400万人)の足下にも及ばない。このため、大都市でも日本のような過密現象は起きておらず、都市の規模が比較的小さいので、自転車による通勤が可能なのである。

最近では、電動モーターを組み込んで、体力が弱い人でも上り坂を簡単に上れる電動自転車や、街角に設けられた駐輪場で自転車をピックアップして、使用後に乗り捨てる「自転車シェアリング」も爆発的に普及しているので、今後ドイツでは自転車を利用する人がさらに増えると予想される。

また、ドイツには環境意識が高い人が他国に比べて多い。彼らにとって、排ガスで空気を汚染しない自転車で会社に通勤することは、「クールな(かっこいい)」生き方である。

ドイツのある大手企業の社長は、運転手付きの社用車ではなく自転車で毎日自宅から本社に通っていた。毎年数億円の年収があっても、自転車で通勤する。ドイツ人らしい、環境に負荷をかけないことを良しとするシンプルなライフスタイルである。

■究極の「ケチケチ休暇」とは

究極の「ケチケチ休暇」は、旅行せずに自宅で過ごすことだ。朝は目覚まし時計をかけずに、毎日7〜8時間ぐっすり眠る。昼にはベランダに長椅子とビーチパラソルを置き、水着姿で本や雑誌を読みながら太陽の光で肌を焼く。ベランダに小さなテーブルを出して食事をしたり、ビールを飲んだりすれば、ちょっとしたリゾート気分。時々自転車に乗ったり、近くの湖へ泳ぎに行ったりするが、夜は自宅に戻る。

自宅で休暇を過ごせば、空港でのチェックインや安全検査のために待たされたり、レンタカーで見知らぬ土地を走って道に迷ったりするストレスはない。私の知り合い、特に年配の知人の中にはこうした休暇を過ごす人がいる。

熊谷 徹『ドイツ人はなぜ、年290万円でも生活が「豊か」なのか』(青春新書)

ドイツでは近年、「自宅バカンス」を楽しみやすい日が増えている。ここ数年地球温暖化の影響か、夏に晴天が続き、気温が過去に比べて高くなることも大きいようだ。

たとえば2018年の8月には、ミュンヘンで気温が30度を超える日が1週間近く続いた。1990年代には、気温が30度を超える日は8月でもせいぜい数日というのが普通だった。

だが、2018年8月には屋外へ出ると身体が熱気に包まれ、まるで南イタリアのシチリアにいるような気がした。ドイツでは珍しく夜になっても気温が下がらないので、寝苦しい日もあった。ドイツのアパートには日本のように壁に穴を開けて設置するエアコンがほとんどない。私の自宅では扇風機と、移動式の冷房機(機械の前にいると冷風が来るが、部屋全体が涼しくなることはない)をフル稼働させた。

■自宅の修理も自前で

私の知人は、「今までこんな夏はドイツで一度も経験したことがない。これならば太陽の光を求めてわざわざ南ヨーロッパへ旅行する必要はないね」と語っていた。ドイツ気象庁によると、2018年の4〜8月の降雨量は、この国で1881年に気象観測が始まって以来最も少なかった。8月の平均気温は、2003年に次いで観測史上で2番目に高かった。屋外で過ごすには、もってこいの気候である。これからは、お金を節約するために自宅バカンスを楽しむ人が増えるかもしれない。

また休暇中に、自宅の修理や模様替えをする人も少なくない。材料を買ってきて庭に東屋や池を造ったり、居間の照明設備を新しくしたり、浴室にタイルを張ったりするなどして、休暇を「自分の家族のための労働」に費やすのだ。

ドイツには19世紀末から20世紀初頭に建てられたアパートが数多く残っている。こうした歴史的建築物は天井が高く、新築のアパートに比べるとゆったりとした造りなので人気がある。老朽化したアパートの部屋を安く買い取り、修繕して付加価値を高めて自分で住んだり、他人に売ったりするドイツ人も少なくない。

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熊谷 徹(くまがい・とおる)
フリージャーナリスト
1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局勤務中に、ベルリンの壁崩壊、米ソ首脳会談などを取材。90年からはフリージャーナリストとしてドイツ・ミュンヘン市に在住。過去との対決、統一後のドイツの変化、欧州の政治・経済統合、安全保障問題、エネルギー・環境問題を中心に取材、執筆を続けている。『ドイツは過去とどう向き合ってきたか』(高文研)で2007年度平和・協同ジャーナリズム奨励賞受賞。
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(フリージャーナリスト 熊谷 徹 写真=iStock.com)