今夏にR・マドリーに入団したロドリゴ。久保のライバルになるのか、それとも名コンビを結成するのか。注目が集まる。(c)Getty Images

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 久保建英と同じタイミングでレアル・マドリーに入団したブラジル産の超逸材がいる。2001年生まれのアタッカー、ロドリゴだ。トップチーム登録になるか、久保と同様Bチームのカスティージャでプレーすることになるかは、今夏のプレシーズンの活躍次第だろう。
 
 入団会見では「カスティージャでプレーする用意がある」と謙虚な姿勢を示していたロドリゴがBチームを主戦場にするならば、久保にとっては定位置を争う強力なライバルになりうる存在であると同時に、強力なパートナーになる可能性も秘める。同じにピッチに立ったとき、ふたりはどんな化学反応を見せるのか、新シーズンの注目のひとつだろう。
 
 では、ロドリゴとは、どんなタレントなのか。
 ロドリゴの父エリッキは、国内中堅クラブで右SBとして活躍したプロ選手だった。ロドは歩けるようになると、その父からフットボールの手ほどきを受けて育つ。父親が出場する公式戦は、よく手を繋いでピッチに入ったものだった。
 
 サンパウロ郊外の出身で、6歳になると地元のアマチュアクラブの下部組織に加わり、8歳でサンパウロFCのフットサルチームに入団。その2年後だった。10歳のときに宿敵サントスの関係者の目に留まり、勧誘を受ける。当時はネイマールがまさにブレイクしていた時期で、「サントスに入ればネイマールに会えるかもしれない」、「彼のようになりたい」と思い至ったロドリゴは、その誘いを受け入れた。以来、フットサルと並行してサントスのU-11の練習にも参加した。
 
 とにかく、ネイマールのプレーを試合会場で、映像で繰り返し研究し、徹底的に模倣した。結果、トラップもドリブルも、パスもシュートも本人そっくり。プレーだけでなくヘアスタイルまで真似て、ネイマールが髪型を変えればすぐそれに追従した。
 
 ほどなくサンパウロ界隈で「ノーボ・ネイマール」(新しいネイマール)と呼ばれるようになり、わずか11歳にしてナイキと契約。ピッチ上では常に年齢より上のカテゴリーで抜群のスピード、テクニック、創造性を発揮した。
 
 17年、U-17サンパウロ州選手権に出場すると驚異的なペースで得点を重ね、22試合で24得点を記録。この年にプロ契約も結ぶ。当時、父エリッキは33歳の現役選手で、「いつか息子と同じチームでプレーするか、対戦したい」と熱く語ると、「もし対戦したら、(左ウイングでプレーすることが多い)息子は自分がマークすることになるはず。完璧に抑えてやる」と宣戦布告。これを聞いたロドリゴは、「冗談じゃない。僕が親父をチンチンにするよ」と笑顔で言い返した。
 
 その後、ネイマールより3か月早い16歳10か月でトップデビュー。18年3月のコパ・リベルタドーレスのナシオナル(ウルグアイ)戦で初ゴールを挙げる。当時17歳2か月。同大会におけるブラジル人選手の最年少記録を更新する得点だった。
 面白いエピソードがある。この頃、夜間高校に通っていたロドリゴは、ナシオナル戦に出場するため授業を欠席せざるをえなかった。すると試合後、自身のSNSで「先生、今日は授業に出られなくてすみません。でも、すごくいい仕事ができたので、勘弁してください」という犒臉米〞を提出。それが大きな話題となった。
 
 まもなく欧州のメガクラブからオファーが殺到。最終的にR・マドリーとバルセロナに絞り込まれた争奪戦は、18年6月に決着を見る。4500万ユーロ(約56億円)の移籍金を投じたR・マドリーが、19年1月以降に加入する契約でこの新星を獲得したのである。
 
 その2か月後、父エリッキは「息子は神様から自分とは比べものにならない才能を授かっている。今後は、彼のキャリアをサポートする側に回る」と現役引退を表明した。
 
 右利きながら左サイドが主戦場で、スピードとテクニックを活かした縦への突破から中へ切れ込んでシュートを放つプレースタイルは、ネイマールと瓜二つ。18歳時点の到達レベルも遜色ない。しばしば簡単なシュートを外しがちで、左足のクオリティーにやや改善の余地を残し、ヘディングが苦手といった欠点も同じ。ネイマールは18歳になった年に急成長を遂げたが、はたして今年、同じように殻を突き破りさらなる高みに到達できるか。
 
 ブラジル代表のチッチ監督は、「技術とスピードは申し分ない。若さに似合わず、プレーの選択も的確だ」と高く評価する。
 
 久保のスルーパスを受けたロドリゴがネットを揺らす――。新シーズンのR・マドリーで、そんなシーンを目撃する瞬間ははたして訪れるか。
 
 
文●沢田啓明
 
※『ワールドサッカーダイジェスト』2019年3月7日号より加筆・修正