漢字一文字の迫力、「雷」バス停
今回は、東京都心では珍しい、漢字一文字のバス停「雷」をご紹介します。江戸川区は、鉄道路線が東西方向に並行していることもあり、それぞれをつなぐ交通手段として、南北方向に都営バスの路線網が充実していますが、なかでも葛西駅は大バスターミナルとして多数の路線が発着し、活気があります。主に環七通りを行き交う幹線系統の大型車両が主役ですが、そのなかで、ひとまわり小さな中型車両がひっそりと発車していくローカル線のような路線が、一之江駅行きの〔葛西22〕系統です。

雷は、一文字バス停として珍しいだけでなく、雷という字そのものが地名に使う漢字としては馴染みが薄いせいか、妙にインパクトがあります。バス停をカメラに収め、まずは旧江戸川の土手に上ってみようと思い、住宅街の裏道を抜けていくと、すぐに護岸が現れ、その向こうには草生した河川敷が爽やかな風と共に眼前に広がります。
私が雷を訪ねたのは今回で3度目で、およそ4年ぶりですが、その間に随分と区画整理や宅地化が進んだように見えます。新築の家やマンションが目立ち、街路もあちこちで整備が進んでいますが、よく見れば昔ながらの重厚な旧家もちらほら見られ、かつて水運で栄えた街の歴史の一端を垣間見ることができます。


旧江戸川の護岸を上流方向へしばらく歩いた後、雷様のイラストがユーモラスな消防訓練場の看板などを見ながら再びバス通りへ戻ると、目の前に雷不動こと真蔵院が見えてきます。天文年間(1532〜54)の創建と伝えられる古刹で、葛西沖で時化にあった漁師をこの寺の松にいた竜が光を発して助けたと伝えられ、そこから波切不動の異名がある他、その不動が雷を退治したことから雷不動と呼ばれるようになったといいます。波切不動は、海難から漁師を守るお不動様として、古くからの漁師町に多く見られるそうなので、この付近の街並みにも、そうした歴史が刻まれていることを実証しているといえるでしょう。
真蔵院境内には、力強く「雷不動明王」と彫られた文政元年(1818)建立の大きな道標が保存されています。これは、東葛西1丁目の新川河口部にあったものを、平成3年に修復して移設したものとのこと。雷不動が広く人々の信仰を集めていたことを物語っています。

ところで、先ほど私は雷の読み仮名を「いかづち」と書きましたが、バス停のローマ字表記は「Ikazuchi」で、「いかずち」となっています。「づ」と「ず」、どちらが正解か、難しいところですが、真蔵院にあった江戸川区教育委員会の説明板に「づ」の振り仮名があった他、付近を歩いていると「いかづち堂」という煎餅屋さんなどもあり、ここはひとまず「づ」とさせていただきました。
真蔵院の近くには、雷上組というバス停もあります。葛西駅からの途中にも、仲町西組、仲町東組というバス停がありました。「組」とは、かつてのその地域の小集落単位を指す呼称と思われますが、現在の街並みの中にこうしたバス停がいくつも存在することも、文化財と同等ランクの大切な街の財産といっていいのではないでしょうか。
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