「有事の金」は本当か?…データで判明した“通説”の限界。惑わされずに現在の金相場を読み解くための「7つのテーマ」【コモディティアナリストが解説】
長いあいだ、「有事の金」や「株と金の逆相関」といった考え方が広く浸透し、金相場を語る際の“通説”として定着してきました。地政学リスクが高まる現在でも、「いまは有事だから金価格は上がるはずだ」と考える人は少なくないでしょう。しかし、こうした通説だけでは、もはや金相場の値動きを十分に説明できなくなっていると、コモディティアナリストの吉田哲氏は指摘します。同氏が過去の具体的な事例を踏まえながら、現在の金相場の分析に役立つ考え方について解説します。
金相場の“通説”はあてにならない?
金(ゴールド)の値動きには、「過去」と「現在」で説明の仕方に大きな違いがあります。
1970年代前半〜2000年代前半にかけては、「有事の金」や「株と金の逆相関」といったわかりやすいフレーズが広まり、金相場を語る際の“常識”として定着しました。まるで天動説のように、いまなお根強く信じられている考え方です。
しかし現在の金(ゴールド)相場は、こうした過去に形成された通説だけでは説明しきれない局面が増えています。
具体的な例で考えてみましょう。まずは、2009年3月と2011年6月の価格を比較してみます。2009年3月は、米国で大規模なQE(金融緩和)※の第1弾が始まった月、2011年6月は第2弾が終了した月にあたります。
※ QE(Quantitative Easing):FRBが米国債などを買い取り、市場に資金を供給する量的緩和政策。
それぞれの金価格とS&P500指数は下記のとおりです(いずれも月間平均)。
■2009年3月
金価格:925.13ドル
S&P500指数:756.83ポイント
■2011年6月
金価格:1,528.52ドル
S&P500指数:1,317.28ポイント
この間、金価格は65.2%、S&P500は74.1%、いずれも上昇しています。
次に、2022年2月と同年12月を比較してみましょう。2022年2月はウクライナ戦争が勃発した月であり、2022年12月はその年の最終月です。
それぞれの金価格とS&P500指数は下記のとおりです(いずれも月間平均)。
■2022年2月
金価格:1,856.30ドル
S&P500指数:4,400.87ポイント
■2022年12月
金価格:1,796.74ドル
S&P500指数:3,948.02ポイント
この間、金(ゴールド)価格は3.2%、S&P500指数は10.3%、いずれも下落しています。
この2つの例からわかることは、株と金が同時に上昇・下落する局面や、有事が発生しても金価格が下落する局面が存在するということです。1970年代前半〜2000年代前半に形成された通説は、現在の金相場の分析にそのまま当てはめることはできないことがわかります。
なぜ、そのまま当てはめることができないのでしょうか。
金相場の動きは「1つの理由」では語れない
現在の金(ゴールド)相場に、過去の経験則をそのまま当てはめることができないのは、1つの材料が単独で相場を動かしているわけではなく、複数の要因が同時に作用しているためです。
たとえば、QE(量的緩和)が実施された時期には、次のような複数の流れが同時進行していました。
・QE実施→ドルの供給増加→景気回復期待の高まり→株高
・QE実施→ドルの供給増加→ドル価値の希薄化懸念→ドル安観測→金(ゴールド)高
同じ出来事が、株にも金(ゴールド)にも、それぞれ上昇圧力を与えていたわけです。
また、ウクライナ戦争が勃発した2022年も、下記のような複数の流れが同時進行しています。
・戦争勃発→景気後退懸念→株安
・戦争勃発→エネルギー価格上昇観測→インフレ加速観測→利上げ観測→ドル高観測 →金(ゴールド)安
「有事だから金が上がる」という単純な構図ではなく、インフレ・利上げ・ドル高といった別の力が同時に働き、金価格を押し下げたのです。
現在の金相場を分析するための「7つのテーマ」
こうした事実を踏まえ、筆者は現在の金相場を分析するための考え方として、短中期・中長期・超長期の3つの時間軸からなる「7つのテーマ」を提唱しています。
従来の“天動説”的な説明から脱却し、より実態に即した“地動説”ともいえる考え方です。
■短中期
(1)伝統的な有事(戦争やテロなど)
(2)代替資産(株との逆相関)
(3)代替通貨(ドルとの逆相関)
■中長期
(4)新興国の宝飾需要
(5)鉱山会社の動向
(6)中央銀行(金保有高・通貨発行量)
■超長期
(7)非伝統的な有事(世界分断、民主主義後退、通貨の不確実性増加、長期視点のインフレなど)
これら7つのテーマは、常に“同時に”金相場へ上昇・下落の圧力を与え合い、互いに相殺しながら価格を形成していると考えられます。
現在の金相場は「1つの材料だけで動くものではない」ことが明らかです。QE実施やウクライナ戦争勃発の際に複数の流れが同時進行したことからも、「同時に作用する」という視点は不可欠です。
この7つのテーマに基づけば、QE期の値動きも、ウクライナ戦争が勃発した年の値動きも、そして足元の相場も説明できます。さらに、将来の値動きについても、より精度の高い分析が可能になると筆者は考えています。
吉田 哲
楽天証券経済研究所 コモディティアナリスト
