歩くことの効果は何か。長尾クリニック院長の長尾和宏さんは「歩くときは複数のタスクが脳の中で同時に行なわれ、脳の中でさまざまな回路が活性化されている。創造性が必要な仕事や判断で行き詰まったら歩くといい」という――。

※本稿は、長尾和宏『歩く人はボケない 町医者30年の結論』(PHP新書)の一部を再編集したものです。

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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/gbh007

■移動することは生物にとって本能であり快楽

歩かない人の中には、「いや、もう年だから、そんな苦しいことはできない」と言う人がたくさんいます。ただ、その人たちが思っているよりも、実際にやってみると意外に楽しいものです。歩行は本能です。

北海道を旅行したとき、道路を歩き回る野生動物をたくさん見ました。鹿が出てきたり、野犬が歩き回ったりしていました。彼らは移動することが本能です。

動物はずっと同じ場所にとどまるほうが苦痛で、移動するほうが楽しいのでしょう。

地上の動物だけでなく、海では魚が泳ぎ回り、空には鳥が楽しそうに飛んでいます。移動することは、生物にとっては本能で、おそらく快楽です。人間も、同じ場所にずっと居続けることは苦痛で、時に刑罰となります。

歩くうちに脳の中にエンドルフィンという神経伝達物質が出てきます。これは脳内麻薬と言われる快楽物質です。マラソン中にエンドルフィンが分泌されると、脳が「ランナーズハイ」になります。これは有名な言葉ですね。

また、歩行時に脳内でセロトニンという神経伝達物質が分泌されることもわかっています。セロトニンは「幸せホルモン」と呼ばれ、脳に幸福感をもたらします。また、セロトニンはドーパミンやノルアドレナリンの分泌を抑制します。

■歩き始めは少しつらいが段々気分がよくなる

ドーパミンは、予想外の報酬が得られたときに分泌される物質です。ドーパミンが過剰に出てくると、さらなる報酬への欲望が強くなります。それを抑える役割をしているのがセロトニンです。

一方、ノルアドレナリンは強いストレス状態のときに分泌されます。戦闘時に多く分泌されるもので、ノルアドレナリンが過剰に分泌されると暴走してしまうので、それを解除するのもセロトニンの役割です。

つまり、セロトニンは過剰な欲望を抑え、過剰な戦闘態勢を解除するので、幸せを感じやすくなるのです。

歩行は苦行のように思われがちですが、実際には、脳内に快楽物質のエンドルフィンや、幸せホルモンのセロトニンが出るので、気分がよくなる行為です。歩き始めは少しつらいかもしれませんが、途中から次第に気分がよくなってくるはずです。

■歌いながらリズムに乗って歩く楽しさ

トレーニングジムに行けば、必ずウォーキングマシンが置いてあります。

ウォーキングマシンに乗って歩き始めると、初めは「しんどいな」と思っても、30分も歩いているうちに「もうちょっと歩いていたいな」という気持ちになります。ランナーズハイと同じように、ウォーカーズハイの状態になるのです。

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周囲の状況が許すならば、歌いながら歩くことをお勧めします。歩行は、トン、トン、トンというリズムを刻んでいます。音楽もリズムです。好きな歌を歌いながら歩けば、歩行のリズムと音楽のリズムの両方を楽しめます。

小鳥はさえずり、動物は鳴き声を上げますが、声を上げることは動物にとって本能です。人間にとって歌うことも本能です。

歌いながら歩くことは、人間にとって最高の贅沢と言えるかもしれません。もちろん、歌いながらといっても、小さく口ずさんだり、鼻歌を歌ったりという程度で充分です。

■1000日間毎日30km歩き回る修行僧の幸福感

天台宗の修行の中に千日回峰行というものがあります。7年をかけて延べ1000日間、毎日30キロメートル以上を歩き回る厳しい修行です。比叡山の山中や山から下りて京都の街中を歩き回ります。かなりの勾配がある山道をやや早足で歩きます。

千日回峰行を2回達成された酒井雄哉さんの本を読むと、歩いているうちに頭の中が一種の幻覚状態になるそうです。歩行でエンドルフィンなどの脳内麻薬が産生されると考えられています。

ただ一般の人にこのような歩行はお勧めしません。疲労や怪我や骨折が心配です。

1日20〜30分も歩けば充分です。

20〜30分歩くだけでも、脳の中にエンドルフィンやセロトニンが出てもう少し歩きたくなります。気がついたら1時間歩いていた、なんてことになれば最高です。

なお、千日回峰行で幸福感に包まれる理由はもう一つあります。

食事の回数が少なくなることで、脳細胞のエネルギー源がブドウ糖からケトン体(体内で脂肪が分解されて生成される物質)になるからです。あまり眠らなくても修行を続けられる理由もそこにありそうです。

■歩くと創造性が高まる理由

歩いていると、ふといいアイデアが浮かんできたという経験は、誰にでもあるでしょう。

長尾和宏『歩く人はボケない 町医者30年の結論』(PHP新書)

私も、歩いているときにいろいろな考えが浮かんできて、帰宅後、それらをパソコンに入力しています。

デュアルタスク、マルチタスクと呼ばれますが、歩くときは複数のタスクが脳の中で同時に行なわれています。何もしていないように見えても、脳の中でさまざまな回路が活性化されているのです。

作曲家や作詞家が歩いているときにヒット曲が思い浮かんだ、という話はよく聞きます。どんなに優秀なヒットメーカーでも百発百中というわけにはいかず、曲作りに行き詰まります。

一晩中考えてもメロディが思い浮かばないときに、外に出て10分歩くうちにふといいメロディが浮かび始めるそうです。

昔から多くのクリエイティブな作品が歩行中に生まれてきたのは、歩行で脳が活性化し、活性化した脳の中で次々と新しい組み合わせが生まれるためでしょう。無から有が湧き出してくるようなイメージです。

スタンフォード大学が2014年に行なった「創造性と脳」の研究によると、48名の学生に、創造性を求める課題について、まず白い壁しかない屋内でじっと座った状態で回答してもらい、次に屋内でウォーキングしながら(ルームランナーを使用)回答してもらった結果、前者より後者のほうが、81%の学生でスコアが上昇し、平均60%上がっていたそうです(※1)。

※1 Oppezzo M et al. Give your ideas some legs: the positive effect of walking on creative thinking. J Exp Psychol Learn Mem Cogn 2014 Jul;40(4):1142-52.doi: 10.1037/a0036577. Epub 2014 Apr 21.

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長尾 和宏(ながお・かずひろ)
長尾クリニック名誉院長
1984年、東京医科大学卒業。複数医師による365日無休の外来診療と24時間体制での在宅医療に従事。近著に『ひとりも、死なせへん』『ひとりも、死なせへん2』など。
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(長尾クリニック名誉院長 長尾 和宏)