「日本にも難民がいる」大手法律事務所から国連へ 弁護士が挑む「生きる可能性を狭められない世界」
国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)に所属する鈴木(田代)夕貴氏(BUSINESS LAWYERS AWARD 2025 次世代選抜、主催:弁護士ドットコム)。弁護士1年目から難民支援に携わる。個別救済と制度改善の両輪で人権課題に向き合う姿勢と、国際機関で働く意義を聞いた。
●日本にも難民がいる 初めて知った海外
あるイラン人男性が「日本での新しい人生への道を開いてくれてありがとう」と泣いて喜んだ。難民認定の通知まで要した時間は8年。国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)に所属し、スイス・ジュネーブで働く鈴木(田代)夕貴氏は、弁護士1年目から彼の申請手続きを支援してきた。世界を見渡す場所にいながらも「一人一人の個人救済の積み重ねこそが社会を変える」と信じ、地道に、愚直に、難民に向き合い続けている。
福岡県久留米市出身で、外国人にはほとんど会ったことがなかった。東京大学に進学し、寮で購読していた新聞記事に目が止まった。「日本にも難民がいるんだ」。難民の人はどこで、どんな環境で暮らしているんだろう。ロースクールに進み、ヨルダンでシリア人を支援するNGO「サダーカ」で2カ月間インターンした。
現地では、自分の無力さ・やるせなさを突きつけられた。シリア内戦で傷ついた人々が共助する姿がある一方で、就労資格がなく働きたくても働けない、衣食住が満たされないなどのストレスから起きるDVや性暴力があった。せめて日本へ逃れて来た人を支援しようと、帰国後、シリアや他国籍の庇護申請者らの在留資格取得支援を通じ、生活再建を手助けできる法律家の力を感じた。
「個人が自分の力ではどうしようもない事情で、人生の可能性を著しく制約されてしまう。そんな状況を少しでも解決したいと思いました。国際人権法を勉強し、弁護士になろうと決めた大きなきっかけです」。資格として得られればと考えていた「弁護士」の輪郭が見え始めた。
●「制度改善」も「個別救済」も両輪で
西村あさひ法律事務所に入所した後も、イランの政治活動家やジンバブエの野党政治家など個人の難民支援案件を引き受けた。年100時間までのプロボノを勤務時間と認定する同所の制度をフルに活用した。メインの担当業務は、国際通商法や国際公法関連案件で、日本の国内法が条約に合致しているかのチェックや、WTOの紛争解決手続き(パネル手続き)で提出する書面作成などだった。
このとき、事務所の先輩が委員となった経済産業省の「ビジネスと人権」のガイドライン草案づくりに関わったり、「ビジネスと人権」分野の海外法制の調査を行ったりする中で、国連がどういう視点で人権に関する基準を設定しているのか知りたいと外務省派遣事業(JPO)に応募した。
現在、OHCHRでは「現代的形態の奴隷制に関する特別報告者」である小保方智也氏の元で働いている。特別報告者は、各国の人権状況を調査し、国や企業に対して勧告や助言を行う独立した存在だ。2024年から赴任した鈴木氏は、ブラジル現地調査にも同行。同チームのスイス人上司と共に、調査レポートや改善を求める書簡を作るなどの業務に携わる。
大局的な視点で制度を見ていけば「抽象的な理論」になりがちだが、同僚たちは「具体的に人を救う」という視点を忘れず、真摯に被害者に向き合う。鈴木氏の「個別救済を大事にしたい」という考えと重なる。鳥の目と、虫の目。2つの視点を持って職務に当たれている。
●生きる可能性を狭められない世界へ
国際機関に転身したのは、第1子出産もきっかけだった。スイス人の上司も2人の子育て中で働きやすい環境だと感じている。また、スイスで難民認定された南アジア出身の人など、同僚は中東・アフリカ・南米など各国から集まる。「さまざまな背景を有する人と『人権』の話を真正面からできるのは、やはりすごく面白い」といい、日々学びを深めている。
現在、国連で働く日本人は1000人弱で、より多くの人材が求められている。後進の弁護士に向け「準備が完璧になってからなどと躊躇せず、トライしながら経験を積めばいい。本業の外での経験も整理して書けば職務要件に当てはまります」とエールを送る。また、「弁護士は、自分で仕事の機会を開拓し、経験を積んでいける立場」だと説明。単なる資格ではない、自由に自分の道を決められる職業だと感じている。
現在の業務では、母国における虐殺など凄惨な迫害を逃れる中で、強制労働や人身取引の被害者となるケースを多く目にした。政府や他の国連機関と連携し救出に力を入れる一方、難民条約未締結国の事案などで、深刻な迫害の危険がある国へ戻らざるを得ない被害者もおり、忸怩たる思いを抱いた。
「国際人権法に関わる法律家として、できることは本当に少しですが、せめて最低限の人権、そして生きる可能性を狭められない社会の設計に尽力したい」。人が人として尊重される世界の実現を目指して、鈴木氏は一人一人、一つ一つの仕事と向き合い続ける。
【プロフィール】 すずき(たしろ)・ゆき 東京大学法科大学院修了。在学中、NGOで難民支援に従事。2017年弁護士登録後、西村あさひ法律事務所で国際公法関連分野(通商業務、ビジネスと人権分野等)を担当し、プロボノとして難民申請支援を行う。現在は外務省のJPOプログラムで、OHCHRのアソシエイトエキスパートとして働く。
