■「申し訳なく思っている中国人はとても多い」

「ずっとマスクを拒んだり、マスクをつけている人を差別したりしてきた結果、これだけ感染が拡大した欧米に対しては同情していませんが、日本のことは心配しています」

写真=iStock.com/ooyoo
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こう語るのは上海在住の30代の女性だ。この女性は20代のときに日本に留学。上海に戻ってからは日系企業に勤務している。そうしたことから、日本に対しては特別な思いを抱いているが、日本に同情している理由は、それだけではない。

「日本の皆さんは新型コロナの問題が浮上してすぐ、マスクをしっかりつけていましたよね。もちろん、日本には花粉症もあるからでしょうけど、日本人は『他人に迷惑をかけてはいけない』という気持ちがとても強いからだと思います。だけど、それだけ注意していた日本人の間でも、感染が拡大してしまった。そして、日本は大変なマスク不足に……。そのことについて、心の中で申し訳なく思っている中国人はとても多いと思います」

昨年末以降、中国・武漢を中心に感染が拡大した新型コロナウイルス中国のマスク不足を心配し、1月下旬から日本人が中国にマスクや防護服などを送ったことは多くの中国人に感謝されたが、その影響もあってか、日本の市場からはマスクがすっかりなくなってしまった。

■日本の満員電車に「感心した!」

だが、そのお返しとして、3月下旬からは、中国のアリババを始め、在日中国領事館などから日本にマスクが送られている。双方の支援物資の段ボール箱には漢詩が書かれ、それがSNSなどで今も拡散している。

支援物資の送り合いという形で、思いがけず日中友好の輪が広がっているが、その女性は別の面からも、日本人の対応に感心していることがあるという。それは中国では見られない「満員電車に乗るときの日本人ならではの行動」だ。

「今回の件で、日本では『花粉症です』と書かれたかわいいバッジができたそうですね。中国のSNSで写真を見かけました。満員電車の中でくしゃみをしていたら周囲から白い目で見られるからと聞きましたが、これはいかにも日本らしい対策だと思いました」

■「日本の満員電車は、そこまで危険ではない」

日本人からすると、周囲の目をそこまで気にしなければいけないのか、と思うところもあるが、この女性はこう話す。「かわいいイラストのバッジにするところがアナログ好きな日本人的。でも、これは悪い意味ではなく、逆にほっこりするいい話だと思いました。しかも、言葉に出すのではなく、バッジをつけることによって、さりげなく相手に“察してほしい気持ち”を伝えるやり方ですよね。押しつけがましくないところがいい。中国人には思いつかない繊細なアイデアだな、と」。

しかし、これだけ世界中で感染が拡大している中、日本では、そもそも満員電車に乗ること自体どうなのかと是非が問われているが、その点についても、女性は意外なことを口にする。

「私は東日本大震災のときに日本に住んでいたのですが、日本人はあれほどの大震災があっても、その3日後には駅に何時間も並んで、必死になって会社に行きました。あのひたむきな姿に多くの中国人は驚き、感動したものです。しかし、今回は敵が目に見えないウイルスだけあって、濃厚接触のリスクが高い満員電車に乗るのはどうかという考え方は確かにあると思います。時差通勤をしているとも聞きました。でも、理路整然と乗車するところとか、咳エチケットを非常に気にするところを見るかぎり、日本の満員電車は、そこまで危険ではない、と個人的には思います」

■国民の意識が高い日本と中国の「単純比較は無理」

もちろん、医学的な見地からいっているわけでも何でもなく、これはあくまでも、この女性の印象論に過ぎないが、SNSで日本に行ったことがある中国人に聞いてみると、同じように感じている人は少なくない。

外出の際はマスクの着用を義務づけるなど厳しい措置を取っている中国に住む多くの人々から見れば「日本の措置は甘すぎる」となるだろう。日本人自身も「こんな生ぬるいやり方で、本当に大丈夫なのか?」と思っている人が多い。

だが、この女性や、多少日本のことを知っている中国人が「そこまで危険ではない」と思うのは、あくまでも中国の電車と比較しているからであり、国民の意識が高い日本と中国は「何事も単純には比較することができない」ということだ。

女性が暮らす上海市内には17以上もの地下鉄路線がある。新型コロナ問題が発生する以前、毎朝の通勤時間帯になると、東京ほどのひどいラッシュにはならないものの、地下鉄はほぼ満員に近い状態になる。日本と同様に係員がホームに立って整列乗車を呼び掛けているが、東京とは違い、その並び方はゆるやかだ。

東京のように2人ないし4人ずつ横に並び、その列が入線してきた電車に乗り終わると、次の電車に乗る列が横にスライドする、というような確立したスタイルはない。「なんとなく」整列しているのが普通だ。さらに、中国では電車内の奥まで詰めて乗る人は多くなく、皆それぞれ自分が好きなところに立っているため、効率よく満席にはなりにくい、と指摘する。

中国の地下鉄マナーはまだまだ

かなり混雑してきても、ドア付近にふんばって立っている人がいると、自分が奥のほうまで入っていきづらいのだ。確かに私自身も、上海や北京の地下鉄で「もっと奥まで乗車してほしいな。奥のほうが空いているじゃない」と思ったことが何度もある。ドア付近は開閉するので奥よりも換気されているのだろうが、そこだけに人が集中していると、濃厚接触のリスクも高くなる。

それでも上海や北京などの大都市はまだ相当いいほうだ。地方都市になると、そもそも地下鉄の路線ができたのがこの10年くらいのため、「なんとなく」整列するという姿もあまり見られないし、乗り方も人それぞれ、バラバラだ。乗車率も北京や上海ほど多くないため、その乗り方でも問題になってはいないともいえるが、地下鉄内でのマナーはまだ、あまりいいとはいえない。

広東省深圳に暮らす30代の女性は、地下鉄内での様子についてこう話す。

「とにかく乗客の声が大きいんです。とくに中高年の男性の中には周辺に会話の内容がすべて聞こえるくらい大きな声でしゃべる人がいます。北京や上海ではそういう人は、もうめったに見かけなくなり、車内は静かなのですが、こちらではときどき見かけます。今は新型コロナ対策で皆マスクをしていますけど、以前はもちろんそうではなかった。今考えてみると、周囲に相当、唾が飛んでいたと思いますね」

■日本は「国民の素地が違う」

日本では地下鉄内での電話も控える人が多いが、中国ではまだ中高年を中心に、公共の場で電話を使う人がいる。また、下車する人よりも先に、乗車する人が入ってきてしまうことも少なくない。「降りる人が先」というルールは、地方都市ではまだあまり守られておらず、ドア付近で身体がぶつかることも多い。

「周囲への配慮が足りないという点では、中国は日本の比ではないと思います。それに、中国では何かを徹底しようとするとき、お上からの指示や、罰則がないと、それを実践できない人がまだ多いですが、日本では社会の暗黙のルールとしてできている人が多い。わざわざ言う必要がないんです。だから、日本では政府も強制的なことをせず、個人の判断に任せている面があるのかな、と思いました」(深圳の女性)

日本ではマスクがない場合はハンカチで口を押さえるなど、とにかく周囲の人に気を配らなければならないことが非常に多い。電車やバスなど公共の場ではとくにそうだ。

しかも、最近では、それがかなりエスカレートしてきていて、雨の日に濡れた傘がちょっとでも誰かの服に触れただけで文句をいわれることもあるし、駅のホームで口論をしている人を見かける機会は、数年前より増えた。日本に暮らしていると、ストレスを抱えている人が多いな、と感じることが多いが、全く違う環境に暮らしている中国人の目から見れば、必ずしもそういうふうには見えないらしい。

今のところ日本では、新型コロナ問題について、強制的ではなく本人や組織に任せる「要請」という段階だが、果たしてそれで大丈夫なのか、という不安を持つ人もいるだろう。だが、そんな日本人の目から見れば甘すぎると感じる日本を「国民の素地が違う」といい意味で捉えている中国人もいる。だからこそ、彼らの目には「日本の満員電車はそこまで危険ではない」と映るのだろう。

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中島 恵(なかじま・けい)
フリージャーナリスト
山梨県生まれ。主に中国、東アジアの社会事情、経済事情などを雑誌・ネット等に執筆。著書は『なぜ中国人は財布を持たないのか』(日経プレミアシリーズ)、『爆買い後、彼らはどこに向かうのか』(プレジデント社)、『なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか』(中央公論新社)、『中国人は見ている。』『日本の「中国人」社会』(ともに、日経プレミアシリーズ)など多数。
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(フリージャーナリスト 中島 恵)