新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行が世界規模で進行している中、感染拡大を防ごうとする各国では国境封鎖などの対策がとられていますが、パンデミックの際には人間の予期せぬ行動によって感染が拡大してしまうケースもあります。そんな新しいウイルスが広まる中で起きる人々の予測不可能な行動について、世界一プレイヤーが多いMMORPG(大規模多人数同時参加型オンラインRPG)で過去に発生した「死の伝染病のパンデミック」から、ヒントが得られるかもしれないと研究者が主張しています。

The researchers who once studied WoW's Corrupted Blood plague are now fighting the coronavirus | PC Gamer

https://www.pcgamer.com/the-researchers-who-once-studied-wows-corrupted-blood-plague-are-now-fighting-the-coronavirus/

What a WoW virtual outbreak taught us about how humans behave in epidemics | Ars Technica

https://arstechnica.com/science/2020/03/that-time-world-of-warcraft-helped-epidemiologists-model-an-outbreak/



新型コロナウイルス感染症の流行に伴って、一部の人々はマスクやトイレットペーパー、手指消毒剤、食べ物の買い占めといった行動に走りました。その一方で、「世間は新型コロナウイルスを恐れすぎている」と考え、これまで通りの生活を続けてレストランやバーに行っている人々もいます。

実際に、ヨーロッパでは新型コロナウイルスの懸念によってサッカーの無観客試合が実施されていますが、スタジアムの外に詰めかけて熱心な応援を送るサポーターも少なくありません。3月11日に行われたサッカー欧州チャンピオンズリーグ決勝トーナメントのパリ・サンジェルマン対ボルシア・ドルトムント戦でも、会場外にファンが大挙して押し寄せています。

PSGが無観客試合制し欧州CL8強、会場外に大挙したファンと喜ぶ 写真19枚 国際ニュース:AFPBB News

https://www.afpbb.com/articles/-/3272810



このように、パンデミックが発生した際の人々の行動は予測が困難です。しかし研究者らは、世界一プレイヤーが多いMMORPGとして知られるWorld of Warcraft(WoW)で発生した「Corrupted Blood incident(汚れた血事件)」という事例から、パンデミックが起きた際の行動についてのヒントが得られるかもしれないと考えています。

汚れた血事件が起きたのは2005年9月13日のこと。WoWの開発元であるブリザード・エンターテイメントはゲームに新たなダンジョンを追加し、「ハッカル」という敵をボスとして配置しました。このハッカルは血をつかさどる神であり、「Corrupted Blood(汚れた血)」という呪文を使ってプレイヤーたちに攻撃を仕掛けてくる敵だったとのこと。

ハッカルが使う「汚れた血」の効果は、「エリア内に存在するプレイヤーに対し、数秒にわたって毎秒200〜250ポイントのダメージを与える。この呪文を受けたプレイヤーは、その付近にいるプレイヤーにも『汚れた血』の効果を伝染させてしまう」というもの。「汚れた血」の効果は、「一定の時間が経過する」「プレイヤーが死亡する」「ハッカルを倒す」「ダンジョンから離脱する」などで解除され、プレイヤーがダンジョン外に汚れた血を持ち出すことはできない仕組みになっていました。



by Blizzard Entertainment

ところが、WoWではプレイヤーが「ペット」と呼ばれるNPCと一緒に戦うことが可能であり、このペットが汚れた血の「保菌者」になってしまうプログラミングの不具合があったそうです。通常通りにダンジョンを離脱すれば問題なかったものの、戦っている途中に「汚れた血」に感染したペットの召喚をプレイヤーがダンジョン内で解除し、別の場所で再びペットを召喚すると、引き続きペットが「汚れた血」に感染した状態で召喚されてしまったとのこと。

こうしてダンジョン外に持ち出された「汚れた血」は、人口が密集している大都市を中心として、ハッカルと戦っていないプレイヤーにも感染が広がってしまいました。数秒が経過すれば効果は解除されるものの、毎秒200〜250ポイントのダメージは低レベルプレイヤーにとっては致命的で、うっかり「汚れた血」に感染してそのまま死んでしまうケースが多かったそうです。

また、「汚れた血」の感染拡大には町にいるNPCプレイヤーも大きく寄与していたとのこと。町にいるNPCキャラクターは戦闘状態でない限り体力が常に回復する仕様であり、「汚れた血」をくらっても死ぬことがありませんでした。そのため、NPCキャラクターは感染しても死ぬことがない「無症候性キャリア」として、周囲に「汚れた血」を感染させ続けた模様。

ダンジョン内で「汚れた血」に感染すればダンジョンから離脱することで呪文を解除できるものの、ダンジョン外で感染してしまうと離脱による解除が使えないため、低レベルプレイヤーは「汚れた血」に感染すると死ぬことでしか状態異常を回復できませんでした。しかし、死んだ後にその場で復活しても、あっという間に近くにいる他プレイヤーやNPCから「汚れた血」をもらってしまい、「死亡→復活→即感染→死亡」のループに陥る悲惨なケースもあったそうです。



by Blizzard Entertainment

やがて「汚れた血」は制御不可能なものとなっていき、プレイヤーたちの間にパニックが広がりました。主要な町や都市は見捨てられ、プレイヤーたちは人口が少なくて比較的安全な田園地帯へと退避し始めたそうです。ところが、中にはヒーラーとして「汚れた血」に感染した人々に治癒魔法をかけ続けるプレイヤー、好奇心からあえて危険地帯へ向かって感染を広めてしまうプレイヤー、混乱を楽しんで意図的に感染を広めまくるプレイヤー、感染が拡大した町の広場に立ってゲーム内で起きた惨事を語り続け「終末の預言者」を演じるプレイヤーなど、実にさまざまな反応がみられたとのこと。

結局、「汚れた血」はWoWの複数サーバーに影響を及ぼし、2005年10月8日まで4週間近くにわたってWoWの世界を騒がせました。そんな中、タフツ大学の疫学者でありたまたまWoWの熱心なプレイヤーでもあったEric Lofgren氏は、MMORPG内で発生した「汚れた血事件」に現実との類似性を発見して魅了されたそうです。そして2007年、Lofgren氏と共著者のNina Fefferman氏は、「汚れた血」事件を扱った論文を発表しました。

記事作成時点ではテネシー大学に在籍するFefferman氏は、個人の小さな決定が巨大な母集団に大きな変化をもたらす現象について研究しています。「人々が脅威をどのように認識し、認識の違いが彼らの行動をどのように変えるのかという点について、『汚れた血』事件は私に深く考えさせました」とFefferman氏は述べ、ゲームの世界で発生したパンデミックとそれに伴うパニックが、現実世界のパンデミックに対する反応を予測する上でも役立つ可能性があると指摘。

Lofgren氏は記事作成時点でワシントン州立大学に在籍しており、パンデミックの発生が医療システムに与える負荷について研究しています。「私にとって『汚れた血』事件は、人々の行動を理解することがどれほど重要かを知るいい例でした」とLofgren氏は述べ、ウイルスは人から人へ伝染するものであり、人々の相互作用や振る舞いが感染拡大に関与すると主張しました。