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スマートフォンの普及とSNSの浸透により、子どものネット利用をめぐる問題は複雑さを増している。20年以上にわたり青少年のネット環境整備に取り組んできた上沼紫野氏(BUSINESS LAWYERS AWARD 2025 プロボノ・社会貢献部門賞、主催:弁護士ドットコム)は、自身もパソコン通信時代に匿名空間に救われた経験を持つ。規制と自由のバランスをどう取るべきか、その知見を聞いた。

●父から受け継いだ技術者マインド

テレビゲームやビデオ、漫画は禁止。でも、上沼紫野氏の千葉県茂原市の実家には友達の家にないものがたくさんあった。屋根には大きな無線のアンテナ、NECのマイコンTK80BS、無線機器…。父は捕鯨船の元無線通信士で、電子機器メーカーの技術者だった。部屋を覗くと「いまロシアの人とつながっている」なんて言っていることもあった。遊び道具は父自作のゲームや機械類。高校の理数科に進むのは自然な流れだった。

「コマンドを入れる」「遠隔通信する」は身近なことで、中学1年で取ったアマチュア無線の資格で、別の高校の友達とやりとりすることもあった。ただ、サラリーマンだった父は、娘には自由に羽ばたいてほしかったのかもしれない。「資格を取れ」が口癖だった。東大法学部に進んだ。

しかし同級生の意識の高さに気後れした。同級生は制定されたばかりの労働者派遣法について語ったり、留学や官僚への進路を見据えて授業に真面目に出たり。やっと解禁されたファミコンや漫画にはまる自分とは違うと思い、なじめなかった。「大所帯でクラスもない東大法学部では、居場所がないような気持ちでした」。

そんなとき、国際私法を専門とする道垣内正人教授が言った。「法学を暗記だと思っていませんか? 違います。“説得する技術”を学ぶことです」。1964(昭和39)年の利息制限法に関する最高裁判例(法定利率を超えた超過利息を、元本に充当することを認めた)を引き合いに、条文すらも骨抜きにしてしまう強さを知った。司法試験への挑戦を決め、7年間の試験勉強の末、合格を手にした。

●孤独を救ってくれた「匿名空間」

居場所のない感覚は続いた。孤独な勉強期間や、修習生・新人弁護士時代に鬱屈とした思いを抱えたとき、匿名の空間では楽に話ができた。パソコン通信が隆盛だった1990年代後半。特に父が薦めてくれたニフティサーブでの交流が多く、現在のパートナーと出会ったのも趣味のコミュニティだった。

「いま悩んでいる子どもたちがSNSで楽になる感覚っていうのは、やっぱり私自身が知っているんです」。子どもからインターネットを排除するだけでは根本的な解決にならないという信念は、実体験から生まれていた。

弁護士として、青少年のネット環境整備に取り組むようになったのは数年後のことだ。企業法務に携わるなかで、ブランド管理について担当。ドメイン名を不正な目的で登録・使用する「サイバースクワッティング」などネットの仕組みやサイバー犯罪に詳しくなっていた。

子どもの権利委員会にも属していたため、総務官僚だった瀬戸隆一氏(現衆院議員)から声がかかり、ネット問題を扱うNPOに参加。同NPO主催のパネル・ディスカッションでは映画監督やヤフーの法務部長らが並んだが、有害な情報を除去するフィルタリングの仕組みについては認識が薄く、自由すぎる状態に危機感を覚えた。

しかし、その2年後の2005年に留学先の米国から帰国すると、今度はフィルタリング一辺倒になっていた。ドコモのi-modeが爆発的に広がり、女子中高生の援助交際が社会問題化したためだ。社会の趨勢が、子どもをネットから遮断する方向に進もうとしていた。「極端なんです。なんでもかんでも規制すればいいわけではないと説明するのは大変だった」。

基準を満たすサイトを認定し、フィルタリングサービスから除外する第三者機関「モバイルコンテンツ審査・運用監視機構(EMA)」の記者会見では、規制反対派のようにとられ、メディアにたたかれた。適正なバランスをもって功罪を語るのは、今も難しい課題だ。

●低年齢のSNS利用は対策急務

この20年間でスマートフォンが普及し、青少年への対応は後手に回っている。上沼氏はグリーやミクシィなど国内のSNS事業者が消えて自主規制できなくなったことも背景で、GAFAが中心となっている今、日本のSNS対策は滞っているという。

特に急務だと訴えるのが、低年齢層のSNS利用で送信時のトラブルだ。誹謗中傷の加害者になったり、悪ふざけのつもりの行為が一生ウェブ上に残るデジタルタトゥーになったりと常にリスクがある。「もう長い間、送信系の技術的コントロールが必要と言い続けています。啓発だけでは厳しいかもしれません」。

親世代が技術を理解できないなかで、子ども同士がSNS上のモラルやルールを教え合うなど市民総がかりの取り組みが必要だと訴える。通信の歴史を肌で感じ、功罪を知る上沼氏だからこそ、伝えられることがある。かつての同期が多くいる「霞が関」に向けて、外部から働きかけ続ける。

【プロフィール】
うえぬま・しの 東京大学法学部卒、セントルイス・ワシントン大学でLL.M取得。IT・サイバー法務を中心に活動し、政府の有識者委員や安心ネットづくり促進協議会の創立時からのメンバーとして青少年のネット利用環境の整備に注力。『子どもとケータイ』(共著、リックテレコム)など著作を通じた啓発活動にも取り組む。