『べらぼう』恋心を秘めた歌麿と決別、初めての子との別れ…どん底に落とされた蔦重の悲劇【後編】
さまざまな「裏切り」により、 “期待”や“希望”を失いどん底に落とされた人々が描かれた、大河ドラマ「べらぼう」43話『裏切りの恋歌』。
前半では、周囲の裏切りによりどん底に落ちた松平定信(井上裕貴)と、蔦重(横浜流星)。そして、歌麿(染谷将太)の間に決定的な亀裂が入るまでを振り返ってみました。
※【前編】の記事↓
【後編】では、さらに歌麿が抱いた“秘めた恋”と、蔦重が突き落とされたどん底を振り返って考察します。

NHK大河「べらぼう」公式サイトより
何気ない表情の変化に気が付く歌麿
蔦重との最後の仕事を終わらせるため、歌麿は吉原に花魁たちの大首絵を描きに行きます。
松平定信(井上裕貴)の倹約令のおかげで、花魁たちの衣装も、以前の瀬川(小芝風花)がいたときや誰袖(福原遥)がいたときに比べるとずいぶん地味になりました。以前のように見栄を張って競うように大金を払う客も少なくなったとか。
花魁たちの絵を描き終わった歌麿が、ふと目を惹かれたのは三味線の手入れをしている化粧っ気のない遣り手の女性。着物を片付ける若い男衆を、「昔はうちの人もこんなだった」と呟きながら見つめています。“うちの人の若い頃”に想いを馳せているのか、若い男衆に見惚れているのか。
そんな“恋心”を抱いた遣り手の女性に魅入られる歌麿。蔦重は、その女性の表情の変化に気づかなかったようでした。
その後、歌麿が描いた『寛政三美人』のおかげで連日大繁盛の茶屋の難波屋に訪れた二人。歌麿は看板娘のおきた(汐見まとい)より、お茶を運ぶまだ幼さの残る少女に目がいきます。
お盆に乗せたお茶を見つめながら「茶柱が立っていないから、今日は来ない」と呟き表情を曇らせている少女。ところが、ある若い侍が通りかかるとぱあっと雲の切れ目から太陽がさしたように笑顔になります。彼に恋心”を抱いているのでしょう。歌麿は、その一瞬の表情に惹かれるのでした。

NHK大河「べらぼう」公式サイトより
“恋心”を描いた大首絵で蔦重に想いを伝える
心に秘めた想いを持つ歌麿だからこそ気が付く、恋する女性の表情。その恋を可視化したのが歌麿の最高傑作ともいわれる、『歌撰恋之部』です。
実際の『歌撰恋之部』は、背景を紅雲母摺(べにきらずり)とした美人大首絵5枚揃いシリーズ。小首を傾げた女性、髪に手を当てる女性、なにげない仕草ですが、その女性の心の襞までを描き出そうとしている歌麿の観察眼や繊細さが伝わってきます。
ドラマでは、歌麿の家を訪れた蔦重に、「これは蔦重にだよ」と下絵を歌麿が差し出します。「おお、そうか」と受け取った蔦重に、「何描いたんだ」と問われて「恋心だよ」と答えます。
「すげえいい絵だけれど、こりゃ売り方が難しいな」と考え込む蔦重。「別に売って欲しいと思って描いたんじゃない」と答える歌麿に「じゃなんで描いたんだ?」と聞かれ「俺が恋をしてたから」と答えます。
「してたからさ」と過去形での答えに、「恋をしていたけれども、もうそれも終わった」という決別がこもっていました。
一瞬、沈黙した蔦重のシリアスな表情に、まさか気がついたか!?とドキッとしましたが。
しかし、みるみるうちに嬉しそうな笑顔になり「お前、おきよさんみてえな人見つけたのか!」「ここんとこのお前みて、いい人探してんじゃねえかっておもってたんだよ」とイキイキする蔦重。
全視聴者が「違う!」と突っ込んだ瞬間でしたね。(前にもありましたね、こういうこと)
歌麿の表情が露骨に険しくなり「何言ってんだ、蔦重は」「なんだまったく伝わんねえな」「勘違いも甚だしいな」と言わんばかりになったのには、ちょっと笑えてしまいました。
そんなはっきりした表情の変化にも気が付かず、「誰だよ!こん中にいんのか?んだよ、言えねえような相手か」と、女子トークの恋バナ並みに一人盛り上がる蔦重。“蔦重らしい”といえば、らしかったシーンでしたね。

歌撰戀之部・深く忍恋 喜多川歌麿筆 文化遺産オンライン https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/459194
「俺、蔦重とはもう組まない」
蔦重の鈍感さに呆れる視聴者の声も多いのですが、ドラマを観ているほうは俯瞰してずっと両方を観てきたからこそ分かるもの。兄弟でかつ大切な仕事の相棒同士なのに、恋心があると勘づくのは無理でしょう。歌麿もそれらしいことは何ひとつ言ってませんでしたし。
「俺に好きな女ができるのがそんなに嬉しいのか」と聞く歌麿に「あたり前だろ。おきよさんと一緒になったときのお前、そりゃ楽しそうでよ。またそうなってくれねえかと思っていた」
確かに蔦重は、鈍感は鈍感なのですが、これは“兄として”妻を失い苦しんでいた弟に新しいパートナーができることは喜ぶのは当たり前でしょう。「誰だよ」と聞かれても、「言えねえな。俺が好きなだけで向こうには脈はなさそうだし」と答える歌麿。
言ったところで、蔦重が困るだけで自分の想いが成就するわけでもありません。
かえって、蔦重に気を遣わせて、今までの“兄弟として遠慮なく何でも話ができる間柄”まで壊れてしまうでしょう。自分でも持て余していた“恋心”に、自ら決別をつけた瞬間だったと思います。
「うまくいったら教えてくれ」という蔦重に「俺、蔦重にはいわねえよ」と返事をする歌麿に、「好きな女の話」ではない不穏なニュアンスを感じ、はじめて蔦重の顔が不審そうな表情に変わります。
「は?」と顔をしかめる彼に「俺、蔦重とはもう組まない」と最後通告をする歌麿。
その決別の理由を、自分の名前と蔦屋の印の配置のことや、西村屋の跡取りに「そうきたか!」と思わせるような面白い提案をされたことなどをぶつけましたが。自分の想いをはっきりと告げなかったのは、歌麿なりの「打ち明けたところでどうにもならない」「蔦重を困らせるだけ」という思いやりもあったでしょう。
懸命に引き留め「なんでもする」という蔦重に「じゃあ俺をあの店の跡取りにしてくれ。あの店を俺にくれ。」と、本当は店など欲しいわけでもないのに無理難題をふっかけます。
それは無理だという蔦重に、「蔦重はいつもそうなんだ。お前のためお前のためって言いながら、俺の欲しいものなんて何一つくんねぇんだ」
歌麿が一番欲しいのは、蔦重にとって「唯一無二の存在」「一番の存在」であることなのに。ていと結婚し子供ができ、絶対にそうはなれない歌麿の最後のわがままでした。
そんな歌麿も切ないのですが、自分では大切にしてきたつもりの弟歌麿からの突然の別れに呆然とする蔦重も切ないものがありました。

NHK大河「べらぼう」公式サイトより
蔦重に訪れた歌麿との決別と初めての子との別れ
蔦重は、「申し訳ないことに、知らぬ間に、不快な思いをさせた。いつの間にか籠の鳥を扱うにしていた。自分に長年付き合ってくれてありがたい。極上の夢を見せてくれてありがとう」というような内容の手紙を渡します。
歌麿の秘めた“恋心”には気が付かなかったけれども、兄としてプロデューサーとしては悪止めせずに、さっと身を引いて歌麿のこれからの活躍と幸せを願う内容でした。
これには、ネットでも批判する声が多かったよう。というのも、歌麿にとっては「こんなにあっさりと俺を諦められる程度の付き合いだったんだな」と思うに違いない文面だったからです。
けれど、筆者としては批判に対して「蔦重に分かれってほうが無理。ずっと弟だった存在なんだから。すぐに内省して相手の成功を願うしかない」という意見のほうに同感です。
前項でも書きましたが、視聴者は俯瞰して同時に歌麿と蔦重を見ていられた立場だから、歌麿の気持ちに寄り添いたくなるもの。けれど、蔦重にしてみれば、今まで徹底して弟、いい相棒としか見てなかった相手に、急に「恋心を抱いてるのかも?!」と気づくほうが難しい。
昔、瀬川が急に置き手紙をして去ったときもそうですが、蔦重は去っていく人間関係に対してどこか早く諦めるところがあります。子供時代に突然親捨てられたという思い、吉原でさんざん見てきた男女の別れ、女郎の死etc……人との関係に執着し過ぎると突然訪れる「別れに苦しむ」ことに対する、自己防衛なのでしょうか。
てい(橋本愛)の「旦那様に子を育てる喜びを差し上げたい」という言葉を聞くと、彼女はそんな蔦重に“執着するほど人を愛する”という気持ちを持たせたいと思っていたのではないかと感じました。

NHK大河「べらぼう」公式サイトより
店に戻った蔦重は、歌麿に「蔦屋ではもう描かない」といわれたことを告げ、もらった大首絵をていやみの吉(中川 翼)、滝沢瑣吉(曲亭馬琴/津田健次郎)に見せます。
「これは何を描いたので?」という質問に「“恋を描いた”って言ってたなあ」と呟く蔦重。ていは、以前から感じていた歌麿の恋心を、絵を見て確信したよう。「お主は男色か」といったデリカシーのない瑣吉も、絵を観て秘めたる恋心を察したことでしょう。
その直後にていが急に早産になり、子を諦めざる終えない切迫した状況で幕切れとなりました。
失意の底に落とされた松平定信と蔦重。そんな定信の前に、江戸城を去った高岳(冨永愛)が亡くなった将軍・家基の死の原因となった手袋を持って現れます。
そして、蔦重の前には巨大なタコを背負った十返舎一九が。(テロップでは「旅がらす」となっていましたが)。いずれも、二人にとって光明となるのでしょうか。

NHK大河「べらぼう」公式サイトより
さらに、ていは無事だったのか、ちらっと街中に見えた平賀源内らしき人物は誰なのか、絵らしきものを引きちぎって怒っているようにみえた歌麿に何が起きたのか、次回はまた一波乱起きそうな気配を漂わせて終わりました。
残り少なくなって最終回が近づきつつある「べらぼう」。最後までじっくりと観たいと思います。

