ABS秋田放送

写真拡大

“自分にしかできない取材をしたい”

秋田市出身のドキュメンタリー写真家小松由佳さんの言葉です。

そのスタイルで作り上げた『シリアの家族』は、優れたノンフィクション作品に贈られる今年度の開高健ノンフィクション賞を受賞しました。

ヒマラヤの山々に挑む日々から、なぜ、今世紀最大の人道危機といわれたシリア内戦に関わることになったのか。見つめることになったのか。

小松さんが取材したシリアの貴重な最新現地映像、10年以上に渡って続けている秋田放送の取材から、迫ります。

■恐怖政治から解放されたシリアはいま…

今年6月。

新たな国作りが始まった中東の国・シリアの地に、秋田市出身のドキュメンタリー写真家、小松由佳さんの姿がありました。

ちょうど1年前。

半世紀以上続いた独裁政権が崩壊したシリア。

2011年の民主化運動“アラブの春”以降続いた泥沼の内戦にも終止符が打たれました。

恐怖政治から解放されたシリアはいまどうなっているのか。

小松さんは、今年6月から7月にかけて、その様子を取材しました。

訪れたのは、夫の故郷でもあるシリア中部の都市・パルミラ。

多くの建物が破壊され、通りを歩く住民の姿も見られません。

小松由佳さん
アサド政権下、市民が抑圧の中を生きなければいけなかったんですね。それが昨年の12月にアサド政権が倒れたことで、いま、新しい国作りが始まっている段階です」「人々は、これで自分たちが自由に生きられる、開放感の中で生きようとはしているんですけれども」「まだまだ経済は破綻していますし、インフラも崩壊した中で、国民の9割が貧困ライン以下の生活を余儀なくされているという状況」

■内戦による“負の遺産” 現場に走る緊張

取材中、内戦による“負の遺産”を強く感じる出来事がありました。

見渡す限りの荒野で停まったバイク

小松さんのカメラが捉えたのは対戦車用の地雷の破片。

そして、50mほど離れた場所にバイクの残骸。

ウサギ狩りをしていた時に地雷を踏んだのです。

犠牲になったのは、小松さんの夫の親戚、マフムードさん。

13年ぶりに故郷に戻り、わずか3か月後の事故でした。

日本で働くために来日し、一時期、一緒に生活もした、小松さんもよく知る親戚の一人でした。

突如、上がった大きな声。

通りかかった男性たちが、破壊されたバイクに近づこうとしていました。

跡がついた道以外、立ち入ってはいけない。

現場に緊張が走りました。

■大学卒業の翌年にK2登頂 下山時に8,200m地点で…

いまから5年前の2020年に書き上げた『人間の土地へ』。

『シリアの家族』へとつながるノンフィクション作品です。

秋田北高校では登山部だった小松さん。

進学先に選んだのは、ヒマラヤでの活動実績がある東海大学です。

小松さん
「なつかしいですね」

山岳部では、女性部員で初めて主将をつとめました。

そして、大学を卒業した翌年、K2に登りました。

小松さん
「山に登っていたのも、生きるってどういうことなのかなって。人間が生きるっていうことがどういうことかを、厳しい自然の中で体感したかったんですよね。それがヒマラヤ登山にむかう原動力であって、山は生きている実感がすごくある場所だったんです」

下山の時、生死に関わる体験をします。

8,200m地点、デスゾーンと言われる高さでのビバーク、緊急の野営を余儀なくされたのです。

生と死の境で呼び戻してくれたのが、暖かな太陽の日差しでした。

小松さん
「最後にヒマラヤに登ったのが2007年。K2の翌年、シスパーレというパキスタンの山登りですが、その山から離れて段々とモンゴルの草原とか中東の砂漠を旅するようになりまして」

『人間の土地へ』より
『それまで山において、私は自分の“直観”を何よりも信頼していた。生き物としての自分が五感で感じるささいな兆しにこそ、見えないリスクへの気づきがあり、状況に対する大きな意味が含まれているからだ。このとき、“直観”が働いた。自分の視点が山の頂に向かっていない以上、もうここには身を置けない。山そのものにではなく、山が生み出す風土根ざす人間の姿に、私は心を奪われていた』

■「写真を通して人と人とを結びつけて生きたい」決めた覚悟

ヒマラヤの山々に挑む日々に区切りをつけた翌年2008年から2012年まで、小松さんは西アジアの国々を巡ります。

これまで登った山の麓で生きる遊牧民や山岳民と生活をともにし、写真を撮り始めるのです。

2012年、母校・東海大学で、写真展を開催したときのことです。

小松さん
「シリアの写真ですか。20枚くらいですかね」

足掛け4年に及ぶ旅を振り返り、こんな話をしていました。

小松さん
「これ、私が日本に帰るときに友人たちが贈ってくれた言葉なんですけど。人生は厳しいと。アルハヤート サアブ。リハーザ ジャミール ジェッタン。だからこそ美しいという意味なんですね。本当にその通りだと思う。厳しいからこそ美しい。私も自分自身の命を、強くあたたかく生きていきたい。写真を通して、人と人とを結びつけて生きたい。その覚悟が決まりました」

小松さんが決めた“覚悟”は、フリーランスとして活動するいまも大事な支えになっています。

小松さん
「報道の中で零れ落ちやすい、現場を生きる市井の人々の物語だったり、小さなエピソードだったり。時の流れの中で埋もれていくような、そういう小さいけれど、でも見つめているとものすごく価値あるもの。そういうものをしっかりと捉えて伝えていくということを意識していましたね。それがやっぱりフリーランスの役割かなと思います」

小松さん
「出発しまーす」

今月、故郷のパルミラに帰ることになった夫のラドワンさん。

家族にとっても新たな生活が始まります。

この内容は午後6時15分から「ABS news every.」でお伝えします