アキレス腱断裂、車椅子生活。走ることがアイデンティティだったトップアスリートにとって、それは「自分の価値がゼロになる」に等しい絶望でした。そんな絹川愛さんを救ったのは、アニメや漫画のキャラクターになりきる「コスプレ」の世界。現役引退後、元アスリートであることを隠し、没頭した世界で見つけた「新しい自分の愛し方」とは。

【写真】このクオリティはヤバっ!初めてトライしたコスプレ『弱虫ペダル』が衝撃的だった(8枚目/全14枚)

ケガでどん底の時期にコスプレに挑戦

── 10代で日本代表に選出され、陸上の長距離走で頭角を現した絹川愛さん。競技を離れた今はコスプレイヤーとして活動されていますが、そもそもコスプレに本格的にのめり込んだのは、ケガで走れなかった現役時代の「どん底期」だったそうですね。

絹川さん:23歳の頃、アキレス腱を断裂して手術をしました。でも1、2年リハビリを続けても感覚が戻らず、元のように走れない時期が続いていたんです。ひどいときは車椅子や松葉杖が必要で、近くのコンビニに行くのもひと苦労。

こんな状態でいつ復帰できるかもわからない。不安で頭が埋め尽くされ、このままではおかしくなってしまうかも…と感じていました。陸上から少しでも頭を切り離したかった。それが大きかったと思います。

── 精神的にも極限の状況だったのですね。でも、なぜ「コスプレ」だったんですか?

絹川さん:閉塞感が強かったときで「違う自分になってみたい」気持ちがありました。実は現役時代も、大きな試合のあとのオフの時期に、趣味でこっそりコスプレを楽しんでいたんです。リハビリ期間は時間に余裕ができたこともあり、本格的に取り組むことに踏み出しました。

もともと手先が器用で子どものころからモノづくりが好きでした。小中学生のとき、本当になりたかったのは、陸上選手よりもダンサーや役者のような表現者だったんです。そうした幼い頃の憧れが、役になりきって表現する「コスプレ」に自然とつながったのだと思います。ある意味、陸上にすべてを捧げていてできなかったことを、ひとつずつ回収していく感覚があります。

キャラクターにあわせて小物も自分で作る多才ぶり

── 初めて鏡でコスプレをしたご自身の姿を見たとき、どんな感覚でしたか。

絹川さん:ひと言で言うと「衝撃」でしたね。「こんな自分もいるんだ」と。衣装を型紙から起こしてミシンで縫ったり、ウィッグをカットしたりと、空いた時間に少しずつ作業をして、完成まで1年ほどかかりました。メイクもほぼ未経験だったので、動画や本を頼りに何度も練習して。

最初に挑戦したのは、『弱虫ペダル』の真波山岳です。思うように体が動かず、不安で気持ちが沈んでいた時期だったからこそ、まぶしく輝くキャラクターの姿を借りることで、自分も少しだけ強くなれた気がして本当に嬉しかった。強いキャラになりきると自然と口角が上がって背筋も伸び、陸上では怖さが勝って味わえなかった、ただ純粋に「楽しい」という感覚を、コスプレが与えてくれました。

競技で落ち込んでも私にはコスプレがある

── 自信を取り戻すきっかけになったのが競技ではなく、コスプレだったとは。 

絹川さん:当時、インターネット上のコミュニティで知り合った仲間と一緒に撮影会を開きました。そこでは私が陸上選手だなんて誰も知らない。それが心地よかったんです。

逆に陸上の現場ではコスプレの話はいっさいしませんでした。もしもコスプレの話を漏らしていたら、練習がうまくいかないときに「遊んでいるからだ」と言われかねませんから。2つの世界を相容れないものにすることで、心のバランスを保っていました。陸上で落ち込んだときも「自分には別の居場所(コスプレ)がある」と思えることで、追い詰められずにすんでいたんだと思います。

── 閉塞感のある環境で逃げ場を失う息苦しさは、アスリートに限らず、現代の多くの人が抱えている問題のようにも感じます。

絹川さん:昨年、現役の女子選手と話す機会があったのですが、いちばんの悩みが「競技のことより、チームでの人間関係」とこぼしていました。特に、共同生活などで寝食を共にする環境だと、どうしても逃げ場がなくなってしまう。 私の経験を話して、「陸上選手としてのあなたをまったく知らない関係、例えば趣味でつながる友人など、陸上競技以外の人間関係を少しでもいいから作ったほうがいいよ」と、アドバイスしました。

美形が際立つさわやかな男装コスプレ

── 24歳で選手生活にピリオドを打ちます。陸上を離れ、アイデンティティを失う怖さはありませんでしたか。

絹川さん:10年間、それだけに没頭してきたので、「絹川愛」が消えてしまう感覚はありました。でもいっぽうで、蓮弥(れんや)という名前で活動しているコスプレのコミュニティは、陸上を引退しても途切れないので、絶望的な気持ちにはなりませんでした。逆にいえば、もしコスプレがなかったら立ち直るのに相当な時間がかかったはずです。

引退後はリアル脱出ゲームの運営会社に就職して、MCをしたり、物語のキャラクターを演じたりする仕事をしていました。小さい頃になりたかった「表現する側」の仕事でしたし、コスプレと同じように「自分ではない何者かを演じる」ことは、陸上を手放した私にとって純粋に楽しく、自分に合っていたんです。

6年ほど正社員として働き、休日はコスプレに没頭する生活を続けていましたが、元アスリートであることは周りには伏せていました。「陸上選手だった絹川愛」という色眼鏡なしで、見てほしかったからです。

「実は陸上選手」公表すると意外な依頼が

── とはいえ、元トップアスリートだと、動きや体力面などでうっかりボロが出そうなものですが…。

絹川さん:あるとき、コスプレ仲間とディズニーシーで待ち合わせをしていて、私が遅刻してしまったんです。「舞浜駅にいるから今から行くね」と、ダッシュで向かったら、5分後には到着して。息ひとつ切らさずに現れた私を見て、「えっ、早くない?絶対タクシーを使ったよね?」と、怪しまれました(笑)。後になって陸上選手だったことを伝えたら、「妙に体力あるな、と思ってたんだよね」と納得されましたね。

── さすがにそこは隠しきれませんでしたか(笑)。ちなみに、絹川さんのコスプレは男装オンリーなんですよね。

絹川さん:はい。ただ、男性になりたいわけではなく、カッコいい男性像を演じたいという変身願望ですね。自分を別のキャラクターにどれだけ変えられるのかが醍醐味なので。

── 現在は、インフルエンサーやコスプレイヤーとして精力的に活動されています。陸上競技の引退後に勤めた謎解き施設の正社員から、コスプレの世界に舵を切ったのはなぜだったのでしょう。

絹川さん:コロナ禍で謎解き店舗の営業が難しくなった時期、趣味で毎日SNSにアップしていた男装コスプレが、思いがけず注目されるようになったんです。コスプレ専門誌の賞をいただいたり、中国の人気ゲーム『第五人格』から、公式コンパニオンの依頼をいただいたりと、コスプレの仕事が徐々に増えていって。趣味が仕事として成立する方向性が見えてきたのがその頃です。今はインフルエンサーやコスプレイヤーがイベントを開けるカフェ&バーの正社員として働きながら、活動も続けています。

── そして2024年には、人気コスプレイヤーの「蓮弥」が、実は元陸上選手の「絹川愛」という事実を公表されました。ずっと伏せてきた過去を打ち明けるときは、かなり迷いもあったそうですね。

絹川さん:コスプレ仕事の打合せの雑談で自分のこれまでの陸上時代の人生も話したら、「その経験、すごく面白いから絶対に出したほうがいいよ」と、背中を押してもらって。自分をすべて見せてしまったほうが、新しい縁や可能性が広がるのではないかと感じました。 

ただ、選手時代のイメージと違うとがっかりされたり、奇異な目で見られたりするんじゃないかと、すごく怖かった。でも、いざ公表してみたら否定的な声はひとつもなく、それどころか、「コスプレ姿でマラソンのイベントに出てほしい」といったユニークな仕事の依頼までいただいて。交わるはずのなかった陸上とコスプレの人生が思いがけず、つながり始め、「人生って何が起こるかわからないし、面白い」と、今の自分を楽しんでいます。

取材・文:西尾英子 写真:絹川愛