彼のお金でハワイへ。しかし空港で驚愕の話を聞かされ…女が「帰りたい」と青ざめた理由
“インスタ映え”が流行語大賞に選ばれたのは、もう5年も前のこと。
それでもなお、映えることに全身全霊をかける女が、東京には数多く存在する。
自称モデル・エリカ(27)もそのひとり。
そんな彼女が、“映え”のために新たに欲したのは「ヨガインストラクター」という肩書だった―。
エリカは、ヨガの世界で“8つの特別なルール”と出合う。しかし、これまでの生活とは相いれないルールばかりで…。
◆これまでのあらすじ
横柄な態度を理由に、無職になった自称モデル・エリカ(27)。インスタ映えのために「ヨガ」の世界に興味を持った彼女は、経営者の彼氏・智樹(44)を頼り、ハワイ留学を企てる。
▶前回:「私に200万円投資して」交際中の彼に懇願する、自称・モデルの女。お金の使いみちは?

Vol.2 コーヒーも飲めないなんて
21時・羽田発、ホノルル行きの機内―。
ビジネスクラスの座席は、半分以上が埋まっていた。
― 隣は…よかった、空席!これなら到着まで、ゆっくりできそう。
飛行機が離陸すると、私はすぐに座席を倒した。
空いている通路側の席に、Diorのトートバッグを無造作に置く。その中からリップクリームを取り出すと、入念に保湿をしてから、手はじめに1杯―。
「白ワイン、ください」
空の上では、いつもより気楽に酔えるのがいい。
― 到着するのは朝よね。着いたら、まずはコナコーヒーでしょ?それから、夜は…。
ヨガの資格を取りに行くというのに、すっかり旅行気分で、こんなことを考えていた。
2杯目のワインで、早くも頬が上気してくる。
酔った頭で、3週間前の智樹との会話を思い返した。
「ねぇ、ともくん。私に200万、投資して!」
あのとき、一瞬彼の眉がピクリと動いたのを覚えている。
「投資って…それは、エリカが新しい事業を立ち上げるってこと?」
「じ、事業ってほどじゃ。勉強してみたいことがあって、ちょっとお金が必要なの」
嘘ではない。でも、下心があるせいで、中途半端な受け答えになってしまった。
「そっか。よかった」
「えっ、何が?」
「エリカ、やりたいことが見つかったんだね」
智樹は、滅多に見せないクシャッとした笑顔で続けた。
「したい人、10,000人。始める人、100人。続ける人、1人って聞いたことある?エリカは、“したい”から“始める”ことにしたんだね。僕でよければ、全面的に応援するよ」
― やった!ちょっと多めに見積もったんだけど、バレないでしょ?
こうして彼の援助を受けた私は、ダニエル・K・イノウエ空港に降り立ったのだった。
到着ロビーで早速コナコーヒーをゲットし、カップを片手に、颯爽と歩く。
すると―。
1人の日本人女性が、慌てた様子で駆け寄ってきた。
「あなた、エリカさんっ?」
「…はい、そうですけど」
「あー、よかった!1時間前には到着してるはずなのに、全然出てこないから。…って、それコーヒー?悪いけど、ここまで」
ヘソがチラッと覗くヨガウェアの上に、薄手のロングガーディガン。小麦色に焼けた肌と、引き締まった体を持つその女性は、インストラクターのトモコだと名乗った。
― あぁ、この人が。ていうか、いきなり何?コーヒー取られたんだけど!
私の怪訝な顔つきにも動じることなく、トモコは淡々と続ける。

「出発前に送ったメール、ちゃんと読んでくれた?ここでの3週間は、“ヨギ”の食事になるからって」
「ヨギ…?」
「ヨギっていうのは、ヨガをする人って意味で…。まぁ、詳しくは講座が始まってから話すわね」
「はぁ…」
確かに出発前、彼女からは何通かメールが送られてきた。
ザッと目を通したけれど、重要だと思ったのは、“到着後の流れ”くらいだったはず。かしこまった長い文章を読むのが面倒で流し読みしたこともあり、それ以外はほとんど記憶にない。
「あの、食事って、自由にできるんですよね?」
「エリカさん、やっぱりメール読んでないわね?食事は、担当のスタッフが用意してくれて、みんなで一緒に食べるのよ」
聞けば、食事は、肉類をはじめとする動物性たんぱく質をできるだけ避けた玄米菜食。カフェインも、白砂糖も摂取禁止だという。
「出発前から、食生活を慣らしておくように」というメールが、どこかに紛れていたらしい。
耳を疑った。
― ウソでしょ?じゃあ、『レナーズ』のドバッシュを買いに行くのもダメ…?
私は、チョコクリーム入りのマラサダを思い浮かべながら、宿泊先へと向かう車の中でうなだれた。
ワイキキビーチへと差しかかっても、景色を楽しむどころではない。意気消沈する私に、トモコはさらなる追い打ちをかける。
「エリカさん、ここへはヨガの勉強にきたんでしょ?はじめに言っておくけど、休日は1日だけ。自由時間はないと思って」
― 最悪っ…!
到着からわずか2時間で「帰りたい」と思った。ハワイに来てこんなことを思ったのは、はじめてだった。
もしかすると、思い描いていたハワイ・ヨガライフとは、あまりにもかけ離れたところに来てしまったのかもしれない。
30分後―。
「ここよ!」

トモコに促されて車を降りると、そこは広い庭つきのコンドミニアムだった。
一面の青々とした芝生と、いかにも南国らしい木々。隅っこには、木製のブランコやちょっとお茶をするのによさそうなテーブルがある。
ヨガマットを敷きストレッチをしている女性たちがいて、絵になっていた。
― へぇー、そんなに悪くないじゃない。
ほんの一瞬、テンションが持ち直す。しかし、その数秒後には、ガックリと肩を落とすことになった。
「今回の参加者は、あなたを入れて10人よ。ここでは、家族のように協力し合って過ごしてね」
― 家族?そういう感じ…苦手なんだけど。私は、別に馴染まなくてもいいし。
RIMOWAのスーツケースを転がして、重い気持ちで個室に入った。
深いため息をついた途端、ドアの向こうからトモコの声が響く。
「30分後にオリエンテーションだから。ヨガはしないから、自由な服装でスタジオに来て!」
― 今のため息、聞こえてた?まぁ、いいや。
少しでも明るい気分になろうと、日本から持ってきたターコイズブルーのリゾートワンピースに着替え、CHANELのミニバッグに、スマホと財布を突っ込む。
ヨガスタジオは、宿泊先から目と鼻の先。
私にしては珍しく、集合時間の5分前に到着した。
ところが、意気揚々と扉を開けると、ほかの受講生はすでに全員揃っていたのだ。
あろうことか、私以外は示し合わせたかのようなヨガウェア姿で―。
― なんで、みんなヨガウェアなの?
愕然として、スタジオの入り口にたたずんでいると―。
「ここ、空いてるので…どうぞ!」
遠慮がちに声をかけてきたのは、20代後半くらいの女性。見るからにヨガが好きそうな、はつらつとした印象だった。
「…ありがとう」
「いいえ!」
「ねえ、このあと、ヨガはやらないって聞いたんだけど?どうしてみんなヨガウェアなんですか?」
気まずさから、ワンピースの裾に目をやった。
「あ、みんなさっきまで自主練してただけなんで、大丈夫ですよ!」
いかにも人懐っこそうな彼女は、となりに座る私のことをジロジロと見てくる。
遠慮のない視線に、ついいら立ってしまう。
「え、何?」
「えっと…キレイで、スタイルもよくて、モデルさんみたいだなーって!」
「…モデルなんですけど」
― やば…ちょっと嫌な言い方だったかも。
私のとげとげしい口調に、にぎやかだったスタジオ内がシンと静まり返った。
「はいはい、そろそろ始めますよ!」
そこへ、タイミングよくトモコがやってきた。みんなの意識が、自分からそれてホッとしたのだが、それもつかの間―。

オリエンテーションがはじまってすぐに、1枚の紙が配られた。
そこには、3週間分のスケジュールが書かれている。
朝7時からヨガのプラクティスで始まり、座学や実技が終わるのは夕方。夕食のあとには、“哲学の時間”なんてものまである。
まるで、学生の時間割のように、何から何まで行動が細かく決められている。
トモコが言っていたとおり、休みは最終試験の翌日しかなかった。
― これ、まるで運動部の合宿じゃない。
朝から何回、こんなふうに心の中でボヤいただろう。初日から不満だらけだと思った、そのとき。
「エリカさん?」
「え?」
「次は、エリカさんの番よ」
どうやら、私がぼう然としているあいだに、自己紹介が始まっていたらしい。
「あ、はい。エリカです」
「じゃあ、インストラクターになろうと思った理由を教えて?」
トモコが続きを促す。
「…特に」
スタジオ内の空気が、ふたたび寒々しくなる。
受講者の中には「ヨガをはじめてから、自分のいいところも悪いところもありのまま受け入れられるようになった」と、涙を流した人もいた。
一方で、私はというと、モデル時代、ダイエット目的で何回か習いに行ったことがある程度。思い入れもなにもないのだ。
そもそも、Instagramのフォロワー増加が目的なのだから、みんなとは熱量が違う。
― 「一緒に頑張りましょう!」とか、本当に無理。
◆
こうして私は、初日から完全に孤立。
自己紹介のときの「特に」がきっかけで、ほかの受講者たちから、陰で“エリカ様”と呼ばれるようになった。
早くも、ハワイに来て2週間目。
他の9人は、毎夜リビングに集まって親睦を深めているようだが、私は、個室にこもって美容系のYouTubeチャンネルを見て時間をつぶすのが日課となっている。
滞在期間が半分を過ぎるというのに、溝が埋まる気配はない。
しかも、自習はおろか予習や復習もしない私は、連日トモコによる補習を受けていた。
― あーもうっ!カフェインが切れてるせいで、解剖学とか生理学なんてさっぱり入ってこないっ!
「トモコさん、私もう無理」
「じゃあ、休憩もかねて、5分だけヨガしようか」
こんなやり取りを何度も繰り返して、迎えた3週間目。トモコのお情けもあって、試験になんとか合格することができたのだった。
ハワイらしいことなんて何もできないまま迎えた、唯一の休日。
他の受講生は、朝からダイヤモンドヘッドへトレッキングに出かけて行ったが、私は1人で別の場所にいた。

― あった、『lululemon』!
『lululemon』は、ヨガインストラクターたちのあいだで人気のブランドだ。体にピタッとフィットするのに、着心地がよく、スタイルもうんとよく見せてくれるウェアが揃っている。
その中から、入手困難と言われているハワイ限定のウェアを見つけだすと―。
「これ、着て帰ってもいいですか?」
着替えと支払いを済ませて向かった先は、ワイキキビーチ。
持ち運び用の三脚を砂浜に立てると、スマホのカメラをタップしてタイマーをセットした。
20分かけて撮った写真は、10枚。ヨガの「木のポーズ」や「ハトのポーズ」「ダウンドッグ」は、それなりに様になっている。
ハワイの夕日の下でInstagramを開き、3週間ぶりに投稿。
『ハワイでヨガの資格を取りました!』
毎日のヨガと、玄米菜食で引き締まった体を惜しげもなく披露したのは、私をナイトブラ姿にさせた新田への当てつけもちょっとだけある。
― これで、やっと目標達成―っ!
解放感に満たされて宿泊先に戻ると、トモコに声をかけられた。
「おかえり、エリカさん!ねぇ、コーヒー飲まない?初日に没収しちゃったお詫びに」
「…いいんですかっ?」
そして、こんなことを言われた。
「エリカさんには、素敵なインストラクターになってほしいな。これからたくさんレッスンをしたり、受けたりして。資格は取った日がゴールじゃなくて、スタートだからね」
私の心の内を見透かしたかのような言葉だった。
「えー、私はひと休みしたい気分ですけど」
ひと休みどころか、レッスンなんてするつもりはない―とは、さすがに言えない。
「まぁ、それもわかる。でも、エリカさんって昔の私によく似てるのよ。きっと、ヨガがもっと好きになると思う。とにかく、何か困ったことがあったら、いつでも連絡してきてね」
トモコの言葉は、優しく響いた。
だけど、ヨガにハマる気配さえない私は、言葉に詰まるのだった。
こうして、モデル・エリカ、改め、ヨガインストラクター・エリカとして、私は日本に帰国した。
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モデルからヨガインストラクターへと肩書を変えたエリカ、念願のフォロワー増加となるのか?

