令和の若者がドン引きする…部下との距離を縮めたいあまり、中高年上司がつい発してしまう一発アウトの一言
※本稿は、尾谷昌則『その言葉の本当の思惑を見抜く 言語学』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。

■会話で人の欲求をくすぐるテクニック
人は誰しも、「他者に認めてもらいたい・よく思われたい・近づきたい」というポジティブ・フェイス(積極的な欲求)と、「自分の自由や権利を侵害されたくない」というネガティブ・フェイス(消極的な欲求)を持っています。
まずは、次の会話を見てみてください。
B:うん、おはよう。あれ、そのイヤリング、新しく買ったやつ? ピンクだけど派手すぎないし、華やかな感じで似合ってるね。
実はこの会話には、何気ないやりとりの中に、相手のポジティブ・フェイスを満たす例が隠れていました。皆さんはいくつ気づけたでしょうか。
相手のポジティブ・フェイスを満たしてあげる配慮行動のことを「ポジティブ・ポライトネス・ストラテジー(PPS)」(ポジティブ・ポライトネス行動)といい、以下の15つに分類されます。

服装や持ち物を褒めるというBの行動は、相手の「他者に認められたい」というポジティブ・フェイスを満たすベタな方略です。〈褒め〉というのは言葉をプレゼントするようなものですから、PPS−15「(物・共感・理解・協力を)相手に贈与する」に相当します。
もちろん、何かを競うような場合であれば、賞金・賞品・賞状といった具体的な「物」を贈与するのもこれに当てはまりますし、〈お手伝い/助力〉なども労働力を贈与するという意味でこれに当てはまります。
相手に何かを〈贈与〉するという行為は、相手を認めた証になるため、相手のポジティブ・フェイスを満たしてやるポジティブ・ポライトネス行動ということになるのです。
■「田中さん、おはよう」に隠された意図
しかし、それと同じくらい重要なポジティブ・ポライトネス行動が他にもあります。それは、普段のイヤリングとの違いに気づいてあげるというBの行動です。
普段との違いに気づくということは、それだけ普段からAに対して注意を払っている(=Aを重要視している)ということであり、これも相手のポジティブ・フェイスを満たす行動になるのです。こちらはPPS−1「相手に気づき、注意を向ける」に相当します。
それ以外にも、実は「おはよう」や「田中さん」といったAの発話も、PPS−1となっています。普通なら、見知らぬ人とは挨拶を交わしませんし、それがどんな人だったかなど気にもかけないでしょう。しかし、挨拶をすることによって、「あなたに気づいている、あなたを気にかけている(=無視するつもりはありません)」という思惑を伝えるポジティブ・ポライトネス行動になります。
■一言挨拶しただけで向上する「感情」
学校教育でも、部活動でも、社会人になっても、「挨拶は重要だ」とよく言われますが、それは相手のポジティブ・フェイスを満たすことで相手に近づき、人間関係をより円滑にしようという思惑があるからなのです。芸能人などが、撮影前にお互いの楽屋へ出向いて挨拶するのも、そのためです。

挨拶の効果は、心理学的にも多方面から研究されています。最近の研究でも、それほど親しくない人、もしくは知らない人と「挨拶をする」「感謝を述べる」「短い会話をする」といった最小限の社会的相互行為(minimal social interactions)を行う効果について大規模データに基づいた調査を行ったところ、「挨拶」や「感謝」といったほんの一言の発話であっても、会話ほど負担が大きくないにもかかわらず、主観的幸福感の向上に寄与することが示されています(Ascigil, Günaydin, Selcuk, Sandstrom & Aydin 2023)。
さて、話を戻しましょう。ここでAさんが「田中さん」と名前で呼んでいるのもPPS−1になります。「あなたが田中という名の人物であることを知っている(気づいている)」ということをただ言語化しているわけですが、名前を呼ぶという言語行動は、それ以外にも大切な思惑を伝えます。
■名前を呼ぶ行為に秘められた思惑
例えば、次のa〜eのような挨拶をされた場合、あなたはどのくらい相手との距離を感じるでしょうか。言い換えるならば、「相手に近づきたい」というポジティブ・フェイスをどれだけ実現できているでしょうか。
b.部長、おはようございます。
c.田中さん、おはようございます。
d.賢治さん、おはよう。
e.ケンちゃん、おはよう。
名前を呼ばずにただ挨拶だけをしているaは、この中では最も距離を感じさせます。一方、役職名ではありますが、「部長」を呼称に用いているbは、やや距離感が縮まったと感じるでしょう。役職名を言語化することで、2人をつなぐ関係性をアピールしているからです。
その関係性を名字で言語化したcはもっと距離感が縮まりますし、ファーストネームで呼んでいるdはさらにグッと距離感が縮まります。
そしてニックネーム呼びになったeは、この中では最も近しい距離感だといえるでしょう。ポライトネス理論で提唱されているストラテジーの1つにPPS−4「内輪である標(しる)しを用いる」というものがあり、特定の近しい人しか使用が許されないニックネームは、まさにその典型です。
このように、呼び方1つでも、「あなたをどこまで認めているか」「あなたをどれだけ(私に)近づけているか」ということが表せるのです。
■名前呼びで注意したいマナー
「名前を呼ぶ」という行為は、文化人類学的に考えれば、「人の身体(からだ)に触れる」のと同じ行為だそうです。身体に触れてもよい相手はごく近しい人のみですよね。

それと同じで、dやeのような呼称が許されるのも、限られた近しい人間のみです。アメリカなどでは、職場の同僚同士でもdまでは広く許されるようですが、日本文化ではdの敷居はかなり高く、よほど親密にならなければ許されない雰囲気があります。
しかし、そういった空気を読めずに、中高年男性上司の中には職場の若い女性に対して、「○○ちゃん」呼びをする人が(令和のこの時代でも)まれにいるらしいです。相手を励ます際にそっと肩に手を置いたりするような接触行為と同じで、ファーストネーム呼びは言葉で相手の身体に触れる行為と同等であることを自覚しなければなりません。
■相手との仲を深めたいときのルール
ちなみに、ファーストネームで相手を呼ぶ「名前呼び」は、男女の仲が深まる上ではかなり重要な通過点になっています。付き合い始めてから呼称を変える場合もありますが、付き合う前段階として互いの距離を近づけるために名前呼びをする(もしくは、したがる)ケースもあります。
出会ったときの名字呼びが定着してしまうと、その距離感で固定されてしまう危険性もあるため、「気になる相手はなるべく早い段階で名前呼びに移行させたい」と考えるのも仕方のないことです。
そんなときは、いくつか方法がないわけではありません。最も正攻法といえるのは、「名前呼びをしてよいか」と素直に聞くことです。ただし、そんなことをすればあなたの好意も思惑もバレバレになります。私はこれを、最近よく小学4年次にやる「1/2成人式」になぞらえて、「1/2告白」と勝手に呼んでいます(笑)。
ストレートに「付き合ってくれ」と依頼するわけではないので、断られてもダメージが少ない(本書の言い方では、自分のポジティブ・フェイスを損なう危険性が少ない)のが利点です。
とはいえ、あまりにストレートすぎると相手も迷惑でしょうから、そう呼ぶ(=近づく)だけの理由を添えておくのが良いかもしれません。そうすることで接近しやすくなるからです。これはPPS−13「理由を言う」に相当します。ただし、相手に断られることもありますので、そのときは諦めてください。他人の心を都合よく操る魔法はありませんので。
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尾谷 昌則(おだに・まさのり)
法政大学文学部教授
専門は言語学。特に若者言葉・新語・ネット語に代表されるような現代日本語の変化や、それらの表現が持つコミュニケーション上の機能・役割について研究。近年ではYouTubeチャンネル「ReHacQ−リハック−」、毎日新聞などで石丸構文や進次郎構文に代表される政治家の発言を分析し、親子の言語コミュニケーションについて取材を受け、上司とのコミュニケーションを扱ったネット番組(ABEMA)でも専門家として出演。共著書に『構文ネットワークと文法』(研究社)、『−最新の理論で考える−』(朝倉書店)、『はじめて学ぶ認知言語学 ことばの世界をイメージする14章』(ミネルヴァ書房)などがある。
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(法政大学文学部教授 尾谷 昌則)
