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偉大なパトカー その条件とは?

偉大な警察車両の条件とは何だろう?

厳格な法の執行者としての威厳がもたらす重々しさだろうか?

それとも、誰もが夢見る合法的に最高速でスポーツカーを走らせながら、他のドライバーを指示ひとつで停止させることができるという点だろうか?

ロンドン中心部を走る環状線で犯罪者を追跡するデイムラー・ダートや、かつての英国ではそれほど珍しい光景でもなかった、M1号線の路肩でピクニックを楽しむ家族がいるとの通報に駆けつける、フォード・ゼファー・ファーンハム・エステートといった警察車両を見れば、その理由が分かるかも知れない。

それとも、TVの影響だろうか? 確かに、コンサルGTやゼファー6 マーク3が登場しない警察ドラマ、 「ロンドン特捜隊スウィーニー」など想像できない。

いずれにせよ、これからご紹介する10台が、史上もっとも偉大な警察車両であることに間違いはない。

ウーズレー6/80


最初にご紹介するのは、ピカデリーサーカスにある百貨店のスワン&エドガーや、昔懐かしい公衆電話ボックス、さらには喫茶店のライオンコーナーハウスなどと同じく、戦後ロンドンを象徴する存在と言えるパトロールカーだ。

ロンドン警視庁の6/80は、1950年からルーフアンテナと補助ミラー、そして当然の如く、ウィンクワース製のベルを備えた無線付き警察車両として任務を開始しており、交通取り締まり用車両には、さらにウインドウスクリーン上にふたつの拡声器が取付けられ、フロントとリアには警察車両であることを示す蛍光色のサインが掲げられていた。


増えた電装品に対応すべく、6/80には強化型発電機が搭載されていたが、警視庁所属のメカニックたちは、つねに2.2ℓOHCエンジンが抱えるバルブ不良にも対応する必要があった。

それでも、エンジンの不具合などものともせず、この大型ウーズレーはつねに権威を感じさせ、129km/h以上の最高速もさることながら、フロントグリルに取り付けられた蛍光色のサインは、夜になると光を放っていたのであり、これ以上警察車両であることを示すものなど、他にあるだろうか?

まさにその力を示すかのように、6/80が警察を引退したのは1963年のことであり、それはこのクルマの生産が終了した9年も後のことだった。

ヒンドゥスタン・アンバサダー


インドの自動車市場が自由化されて20年、それでも、この国以外では、英国自動車産業よりも長い歴史を誇るといっても過言ではないモーリス・オックスフォードのシリーズIIとして、1954年にデビューしたアンバサダーに対しては、多くの警官が変わらぬ愛を持ち続けている。

インドの地方では、このクルマのシンプルさが魅力であり、メーカーが「ドライバーが太り過ぎていない限り」、フロントのベンチシートには4人が乗車することができると言うクルマを、嫌いになどなれないだろう。


インド中で警察車両として活躍する一方、ヒンドゥスタン・アンバサダーはいまもタクシーや、高級官僚や政治家の移動車両としてなど、さまざまな場面で目にすることができる。

実際、2010年、インドで開催された英連邦加盟国が参加するコモンウェルスゲームズでは、約1000台のアンバサダーが、アスリートの移動用車両として活躍している。

シトロエン・トラクシオン・アバン


戦後、フランスでは、トラクシオン・アバン・バンディッツとして知られた宝石強盗団のリーダー、「狂ったピエロ」ことピエール・ロートレルの卑劣な犯罪が新聞を賑わしていた。

強盗団の名が示すとおり、ロートレルはトラクシオン・アバンのスピードとロードホールディング性能、なによりもフランス警察を振り切ることのできるパフォーマンスを高く評価していた。


当時、パリ警察ではシトロエンを採用していなかったが、増え続ける犯罪とセンセーショナルな紙面を目の当たりにして、すぐにその方針を改めている。

タンタンの冒険シリーズ以外でも、1960年から63年にかけてBBCが製作した「メグレ警視」シリーズで、2台の6気筒エンジンを搭載した15-SIXバージョンのトラクシオン・アバンが活躍しており、そのうちの1台は主演を務めた俳優のルパート・デイビスが後に買い取っている。

ジャガーSタイプ


1967年から68年にかけて、ロンドン警視庁では83台ものジャガーSタイプを採用しており(そのうち現存が確認されているのは3台のみだ)、引退した多くの警察官が、最高のパトカーだと称賛している。

交通取り締まりや巡回用のパトカーがホワイトに塗られていた一方、捜査車両のボディカラーにはブラックが採用されていたが、どちらにもクラクションとともに、エンジンルームには伝統的なベルが設置されていた。さらに、Sタイプは、ロンドン警視庁で採用された車両としては、初めてホワイトの専用カラーに塗られたパトカーでもあった。


オートマティックギアボックスの採用は、市街地での煩雑なクラッチ操作を考えれば当然の判断であり、スタンダードなSタイプと警察車両との間には、150もの違いがあった。

皮肉にも、ロンドン警視庁が採用した硬質樹脂を用いたダッシュボードとプラスチック製インテリアには、多額のコストが掛かっており、警察向けは少量生産となったことで、スタンダードのSタイプよりも高額なモデルとならざるを得なかった。

ミニクーパーS


1965年、ダラム市では、警察車両としてオースチン・ウエストミンスターに替えてモーリス・クーパーSの採用を決定しており、その3年後には、ロンドン警視庁でも、この小さな英国車2台を、通常のパトロールカーとして試験的に採用しているが、これは、この低コストで運用可能な機敏な車両であれば、標準の燃費性能に劣るモデルの2倍もの地域をカバーすることができると考えてのことだった。

警察車両としてのミニをもっとも高く評価していたのはリバプール警察であり、彼らは1966年から1971年にかけて、最終的にエスコートへと車両の入れ替えを行うまでに、総勢54台ものクーパーを採用している。


実際にはエンジンそのものはスタンダードのままだったが、大幅に改造されているのではないかとの巷の噂も、決してその評価を貶めるものではなかった。

なによりも、リバプール警察のクーパーS Mk2はすべてモーリスのバッジを纏っていたのだ。

BMW 501


グリーンのボディの501がアウトバーンで取り締まりを行う様子は、戦後復興を進めるドイツではよく目にする光景のひとつだった。

1950年代、ミュンヘン警察の警官の多くが、精鋭部隊の象徴であるレザージャケットを着て、「バロック・エンジェル」と呼ばれたこのクルマのステアリングを握ることを夢見ていたのだ。

実際、1958年登場の2.6ℓV8モデルは大変な人気となり、BMWでは51台のポリススペシャルを送り出しているが、最後の車両が生産されたのは1964年のことだった。


501のほとんどカルト的ともいえる人気は、ドイツで製作された警察ドラマシリーズ、「Isar 12」が放送されても変わることはなく、1961年に放送が始まったミュンヘン警察の活躍を描いたこのドラマでは、オープニングを飾るふたりの警官の掛け合いは、つねにBMWのパトロールカーのなかで行われていたのだ。

3シーズン、35のエピソードが放映されたことで、501はドイツのポップカルチャーに揺るぎない地位を確立するとともに、BMWの広報部門にも少なからぬ貢献をしている。

ポルシェ912


最後に生産されたポルシェ356はオランダ警察向けだったのであり、その後継モデルが、欧州中でパトロールカーを象徴する存在になったとしても、なんら不思議ではないだろう。

356のエンジンと911のボディを組み合わせたことで、911Sより約150kgもの軽量化に成功した912には、より優れた重量配分とハンドリングが備わっており、さらに、185km/hの最高速とともに、911のベースモデルよりもはるかに安価な価格まで実現していた。


さらに、警察に採用されたのも偶然ではない。ポルシェでは912タルガを警察車両として売り込んでおり、何台かの車両に警察のマークを付けるとともに、拡声器や、なによりも重要な警告灯などの装備を設置している。

1967年4月、記念すべきポルシェ10万台目の車両として、記念のプレートが貼られた912タルガが、バーテン・ビュルテンベルク州警察に納入されている。

ドイツ以外でも、オランダ、ベルギー、さらには、なんと日本でも912は警察車両として採用されていた。

フェラーリ250 GTE


1960年代初頭、多発する犯罪に悩まされていたイタリアでは、「機動部隊」が創設されることとなった。

即応部隊として、なんとしても逃亡しようとする犯罪者に対抗するには、それなりの車両が必要だとされていたのであり、当時のジョヴァンニ・グロンキ大統領が考えた、フェラーリ250 GTE以上の選択肢などあっただろうか?

エンツォ・フェラーリは大いにこの決定を喜び、250をイタリア中の警察向けに販売しようと考えた彼は、実際、2台のパトカー仕様の250を警察へと無償で提供している。


残念ながら、そのうちの1台はあっという間に廃車の憂き目を見ている。アウトストラーダで無謀なドライバーを追跡しようとした警官、おそらくは、250 GTEの3ℓV12エンジンとその243psのパワーに慣れていなかったに違いないが、高速への入り口で道路脇に植えられていた木に激突してしまったのだ。

幸いにも、2台目のGTEは、伝説的な警察官、アルマンド・スパタフォラとともに彼が引退する1969年まで、無事に警察車両としての任務を全うしているが、スパタフォラはそのドライビングテクニックを評価したエンツォからフェラーリチームからのレース参戦をオファーされるとともに、彼の半生をもとに、「ハイウェイ・レーサー」という映画まで製作されている。

レンジローバー


43年前、SUVではない英国製の四輪駆動モデルといえば、実質的にジェンセンFFと、ファーガソン社が改造したフォード・ゼファー6しかなく、レンジローバーの登場は、まさにこれ以上ないタイミングだった。

最初の警察仕様が登場したのは1970年9月のことであり、60Ahrのオルタネーターと無線機用の分割充電システム、さらに多くの電気的な改造をほどこされるとともに、ダッシュボード中央には速度測定用のスピードメーターが設置されていた。


1971年4月、数多くの警察のなかで、チェシャー警察が最初にレンジローバーを採用すると、特に高速道路上における交通取り締まりの新時代が幕を開けることとなった。

さらに、それは英国だけの話ではなく、ロンドンのFLMパネルクラフト社では、バーレーン警察向けに何台かの4ドアバージョンを製作している。

現在も、レンジローバーの持つ多用途性は、警察向け車両としては最高の特徴であり、最近ではロンドン警視庁がヴォーグを採用している。

アルファ・ロメオ・ジュリア・スーパー


ジュリア・スーパーは1960年代と70年代を代表する偉大な警察車両の1台だ。

1963年、501台が作り出されたホモロゲーションスペシャル、ジュリアTiのうち、400台をイタリア警察が購入しており、1965年にスーパーが登場すると、最高速度185km/hを達成する1570ccエンジンと、四輪ディスクブレーキは、アウトストラーダのパトロール車両に最適のモデルだと見做されることとなった。

さらに、アルファでは自らこのクルマに「パンサー」というニックネームまで考え出している。


実際には、イタリア警察で採用されていたジュリアの多くが、スタンダードなままであり、TI風のメッシュが取付けられたフロントマスクも、サイレンをより響かせる為だったと言われている。

それでも、ジュリアは数えきれない犯罪映画に出演しており、つねに、このクルマのステアリングを握った命知らずな警官の活躍が描かれていたが、それは、金塊を満載した3台のミニクーパーを、アルファの警察車両が取り逃がすなどということよりも、よっぽどありそうな話だった……