メジャーで活躍を続けるイチロー

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◆ ムネリンは“薩摩のイチロー”

 プロ入りするときに、○○二世、○○のダルビッシュ、○○のイチローという触れ込みでプロ入りする選手が多い。○○のイチローがそのひとつ。俊足巧打の打者に呼ばれることが多いが、プロ入り後“イチロー”に匹敵するような活躍を見せているのだろうか…。

 鹿児島工業高時代に“薩摩のイチロー”と呼ばれた川崎宗則カブス)は、本家に成績は劣るがWBCや五輪日本代表に選出されるなど、球界を代表する選手に成長。日本で1343安打を放った安打製造機は、11年オフに海外FA権を行使して、川崎が憧れるイチローと同じメジャーに活躍の舞台を移した。

 メジャー挑戦後は、シーズン最多安打がブルージェイズ時代(14年)の62安打が最高。ソフトバンク時代のように常時スタメン出場とはいかないが、持ち前のガッツと明るさでムードメーカーとして存在感を見せる。

鉄平は“九州のイチロー”

 15年限りで現役を引退した鉄平は、津久見高時代に“九州のイチロー”と呼ばれていた。鉄平は津久見高から00年ドラフト5位で中日に入団。中日時代は一軍での出場機会に恵まれなかった。

 06年から移籍した楽天でレギュラーを掴むと同年打率.303をマーク。09年には打率.327を記録し、自身初となる首位打者のタイトルを獲得した。翌10年も打率.318をマークしたが、統一球が導入された11年から思うような結果を残すことができず、15年限りで現役を退いた。

◆ “韓国のイチロー”も…

 また日本だけでなく、助っ人外国人が日本の球団に入団する際にも“○○のイチロー”という触れ込みで入団することもあった。98年から01年途中まで中日でプレーした李鍾範は、右打者ではあるが、バットコントロールの高さと俊足であることから“韓国のイチロー”と呼ばれた。

 韓国時代4年連続打率3割を記録していた李だったが、日本初年度の98年こそ打率.283も、リーグ優勝した99年が打率.238。その後も、目立った活躍ができず、01年途中に退団した。

 その他、“上州のイチロー”こと駿太(オリックス)、“東都のイチロー”こと亀井善行(巨人)などがいる。

◆ 主な○○のイチローの通算成績

本家:イチロー(マーリンズ)

MLB通算:2500試 率.313 本114 点760

NPB通算: 951試 率.353 本118 点529

川崎宗則(カブス)

“薩摩のイチロー”

MLB通算:276試 率.237 本1 点51

NPB通算:1145試 率.294 本27 点369

鉄平

“九州のイチロー”

通算:1002試 率.278 本42 点340

亀井善行(巨人)

“東都のイチロー”

通算:907試 率.257 本64 点277

橋本到

“みちのくのイチロー”

通算:314試 率.240 本8 点73

駿太(オリックス)

“上州のイチロー”

通算:546試 率.222 本11 点83

李鍾範(元中日)

“韓国のイチロー”

日本通算:311試 率.261 本27 点99

李炳圭(元中日)

“韓国のイチロー”

日本通算:265試 率.254 本28 点119